最恐魔女の姉に溺愛されている追放令嬢はどん底から成り上がる

ダニエラの気持ち2

　ダニエラの近頃の恐怖は、毎週届く花が無くなる事だ。もしかするとイヴァンが心変わりしてしまうかもしれない。

　イヴァンにはありえない事だと思うかが、美しいプリシラが毎月のようにイヴァンとお茶をしているのも気にかかった。

　ダニエラはプリシラが大好きだ。だがもしも、イヴァンがプリシラを見初めてしまえば、ダニエラに勝ち目はないだろう。ダニエラは月日とともに若々しい美しさを失ってしまっていた。

　イヴァンの考えが正しいのかもしれない。イヴァンが年老いたダニエラに会えば、きっと失望するだろう。会わなければ良かったと思うかもしれない。

　イヴァンの中のダニエラは、若く美しいままでいるほうが良いのかもしれない。

　ダニエラが堂々めぐりの物思いにふけっていると、ドアがノックされた。ダニエラは駆け寄りたい気持ちにかられながらも、深呼吸をして、ゆっくりとイスから立ち上がりドアを開けた。

　そこにはモルモットのタップを抱っこしたプリシラが立っていた。彼女は何故か花を持っていなかった。プリシラは少し寂しそうな笑顔を浮かべて言った。

「ダニエラさん。寂しいですが、私たちが花を運んでくるのは今日で最後になります」

　ついにこの日が来た。イヴァンの心がダニエラから完全に離れてしまう日が。ダニエラは泣き出さないように、グッと奥歯を噛みしめながら笑顔で言った。

「そうなの。私も寂しいわ？プリシラとタップとトビーの都合がいい時、ぜひ遊びに来てね？」
「！。はい！今度は仕事ではなく遊びにうかがいます。あ、今日は最後だから、お花の量がとても多いので、お手伝いをお願いしたんです」

　プリシラは笑顔になってから、ドアの外を振り向いた。最後だからトビーも来てくれているのだろうか。

　ダニエラは鋭い刃を刺されたようなズキズキとする心の痛みに耐えていた。プリシラたちとのお茶会が終わるまで、泣くのを耐えなければならない。

　ダニエラはトビーを出迎えようと外に出て、息を飲んだ。

　そこには会いたいと夢にまで見たイヴァンが両手いっぱいの花を抱えて立っていた。

「ダニエラ、元気そうだな」
「イヴァンさま？」
「ああ、私はだいぶ年をとってしまった」

　ダニエラの思い出の中のイヴァンは、優しげな青年だった。目の前のイヴァンは、ヒゲをたくわえ堂々とした姿になっていた。だが優しげな瞳は昔と変わっていなかった。

　イヴァンはダニエラの事を驚いた表情で見つめていた。きっとダニエラの変わり果てた姿に失望しているのだろう。

「イヴァンさまはとても立派になられました。私は見ての通り年老いてしまいました」
「そんな事はない！私はそなたの美しさに驚いていたのだ。ダニエラ、そなたは昔も美しかった。だが今はもっと美しい！」
「イヴァンさま。そんなに必死になって。そんなお世辞はいりません」
「む、お世辞ではない。私は嘘がつけない、それはそなたもよく知っているだろう」

　そうなのだ。イヴァンは生真面目の正直者で、表裏がなく嘘がつけない。どうやらイヴァンは本心からダニエラの事を美しいと言ってくれているのだ。

　イヴァンは急に言葉にきゅうしたようで、モゴモゴと口を開いた。

「ダニエラ。私は、伯爵の位を捨てて、出て来てしまった。ここに住まわせてもらうわけにいかないだろうか？」

　イヴァンがダニエラのあばら屋に一緒に住む。それはダニエラが、そうなればいいと心から願っていた事だ。ダニエラは我知らず、涙をハラハラと流していた。イヴァンは慌てて言った。

「ダ、ダニエラ！私と一緒にいる事が泣くほど嫌か？！」
「いいえ、いいえ。違います。嬉しすぎて涙がでたのです」
「ダニエラ。私は何の仕事もできない一文なしのただの男だ。それでも良いのか？」
「ええ、ええ。イヴァンさまは、私がイヴァンさまの真面目で優しいお心に惹かれている事をご存知でしょう？お金の事なら心配しないでください。私がお針子の仕事をして稼ぎます」
「すまない、ダニエラ。ならばダニエラがたくさん働けるよう、私が家事をする事にしよう」
「イヴァンさまが家事をなさるのですか？！」
「ああ、人間やろうと思えばできない事などないのだ。ダニエラ、私に家事を教えてくれぬか？」
「はい。ではイヴァンさま。最初のお仕事に、白いアマリリスの球根を植えてくださいませんか？」
「ああ、よいとも。この庭を白いアマリリスでいっぱいにしよう」

　ダニエラは笑ってイヴァンが抱えている花を半分持った。早く花びんにいけてあげなければ。

　ふと辺りを見回すと、すでにプリシラとタップはいなかった。きっとダニエラとイヴァンの二人っきりにしてくれたのだろう。

　今度あらためてプリシラとタップとトビーにお礼をしなければ。その時のお菓子作りはイヴァンにも手伝ってもらおうとダニエラは考えた。