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デムーロ伯爵と妻
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デムーロが自室への入室の許可を出すと、珍しい事に、息子のリベリオが入って来た。
リベリオはデムーロが伯爵についての勉強をさせようとすると、のらりくらりと逃げるのだ。このようなバカ息子が跡取りだとは、実になげかわしいと常々考えている。
「何だリベリオ。私に何か用か?」
デムーロの言葉もついぶっきらぼうになってしまう。リベリオは無言で三冊の本をデムーロの鼻先に突きつけた。
「何だ?この本は?」
「プリシラが探し出したんだ。母上の本当の気持ちを。父上はこれを読まなければいけない。母上のためにも、プリシラのためにも、そして父上の愛する人のためにも」
デムーロはギクリと身体を震わせた。リベリオはそれだけ言うとさっさと部屋を出て行ってしまった。
デムーロは日記の表紙を撫でた。ざらりとしている。だいぶ昔に書かれたものだからだろう。
この日記の中には、亡き妻の恨み言が書かれているだろう。デムーロは恐ろしくて仕方なかった。しかしこれはデムーロの罪の証しなのだ。デムーロはどんなに辛くとも苦しくとも、この日記を読まなければいけないのだ。
デムーロはゴクリとツバを飲み込んで最初の日記のページを開いた。
日記の中の妻は若々しく、夢と不安と希望にあふれていた。旦那さまとはつまりデムーロの事だ。
妻はデムーロの事を旦那さまと呼んでいた。妻の日記はデムーロの事がぎっしり書かれていた。
デムーロは、不安がる新妻をおもんばかって、なにくれと世話を焼いた。当の妻はつっけんどんでつまらなそうだった。
しかし日記の中での妻は、デムーロのした一つ一つの事を喜んでくれていたのだ。今日はこのような言葉をかけてくださった。今日はお花をプレゼンしてくださった。
妻の日記は、デムーロにとっては驚きだった。リベリオが生まれてから、妻は良い母親になった。その時の事を思い出すと、デムーロは暖かい気持ちに満ちあふれ、やがて鋭い刃で切り裂かれるような苦痛を感じるのだ。
日記が二冊目の終わり頃に到達し、いよいよダニエラの手紙の事件が起こる。
妻は手紙を焼けばデムーロを許そうと思っていたのだ。この事にデムーロはがく然とした。デムーロはこの時、妻と息子を心から愛していたのだ。だがそれでは、捨てたダニエラがあまりにもふびんだった。
デムーロは妻に哀願してしまった。どうかこの手紙だけは燃やさないでほしい、と。それきり妻の心は凍りついてしまった。
その後はどんなにデムーロが謝っても、答えてくれる事はなかった。
妻はあれだけ可愛がっていた息子のリベリオにも辛く当たるようになった。リベリオからしたらとんだとばっちりだ。夫婦間のいざこざに巻き込まれたのだから。
妻はやがて重い病気にかかった。国中の名医を呼んで治療をさせたが、改善する事はなかった。
デムーロが病床の妻を見舞うと、妻は痩せた身体で、ギョロリとした目でデムーロを恨みがましくにらみながら、汚い言葉をののしるのが常だった。
やがて妻は苦しみの中で息絶えた。その時デムーロは公務に出ていて、リベリオは魔法学校にいたため、妻を看取ったのは医者とメイドだけだった。
デムーロは妻の後悔の日記を涙ながらに読んだ。息子に当たってしまった事。夫の心が離れている寂しさ。妻の苦悩と葛藤が切々と書かれていた。
最後の方の妻の日記は、字を書くのもおっくうだったようで、力無い弱々しい文字がつづられていた。
旦那さまは私が死んだ後、あの女を後添いにめとるだろう。私のいた場所に、あの平民の女が居るわるのだ。何と恨めしい事だ。
せめて、五年いや、一年でいい。旦那さまは死んだ私の事を思ってくれないだろうか。もし私の事を思ってくれたら、後添いをめとるのを許してあげる。
妻の血を吐くような最後の言葉を読んで、デムーロは耐えられなくなり号泣した。妻は確かにデムーロを愛してくれていたのだ。そしてデムーロも、自分では気づかないうちに妻を深く愛していたのだ。
「フローラ、フローラ。すまない、すまない。私はそなたを心から愛していたのだ。そんな事にも気づけないとは、私は何と愚かな人間なのだろうか」
デムーロは実直を常としていた。物事は全て白と黒に分けていた。だから、ダニエラと別れた時、愛する女性は生涯ダニエラだけと決めていた。
だが妻に娶ったフローラを、デムーロは心から愛するようになった。その事がダニエラへの裏切りに感じられ、認める事ができなかった。
妻のフローラを深い苦しみに追いやったのはデムーロ自身だったのだ。デムーロが妻を愛している事に気づきさえすれば、もっと違った結果になっていたかもしれない。デムーロは泣き崩れた。
リベリオはデムーロが伯爵についての勉強をさせようとすると、のらりくらりと逃げるのだ。このようなバカ息子が跡取りだとは、実になげかわしいと常々考えている。
「何だリベリオ。私に何か用か?」
デムーロの言葉もついぶっきらぼうになってしまう。リベリオは無言で三冊の本をデムーロの鼻先に突きつけた。
「何だ?この本は?」
「プリシラが探し出したんだ。母上の本当の気持ちを。父上はこれを読まなければいけない。母上のためにも、プリシラのためにも、そして父上の愛する人のためにも」
デムーロはギクリと身体を震わせた。リベリオはそれだけ言うとさっさと部屋を出て行ってしまった。
デムーロは日記の表紙を撫でた。ざらりとしている。だいぶ昔に書かれたものだからだろう。
この日記の中には、亡き妻の恨み言が書かれているだろう。デムーロは恐ろしくて仕方なかった。しかしこれはデムーロの罪の証しなのだ。デムーロはどんなに辛くとも苦しくとも、この日記を読まなければいけないのだ。
デムーロはゴクリとツバを飲み込んで最初の日記のページを開いた。
日記の中の妻は若々しく、夢と不安と希望にあふれていた。旦那さまとはつまりデムーロの事だ。
妻はデムーロの事を旦那さまと呼んでいた。妻の日記はデムーロの事がぎっしり書かれていた。
デムーロは、不安がる新妻をおもんばかって、なにくれと世話を焼いた。当の妻はつっけんどんでつまらなそうだった。
しかし日記の中での妻は、デムーロのした一つ一つの事を喜んでくれていたのだ。今日はこのような言葉をかけてくださった。今日はお花をプレゼンしてくださった。
妻の日記は、デムーロにとっては驚きだった。リベリオが生まれてから、妻は良い母親になった。その時の事を思い出すと、デムーロは暖かい気持ちに満ちあふれ、やがて鋭い刃で切り裂かれるような苦痛を感じるのだ。
日記が二冊目の終わり頃に到達し、いよいよダニエラの手紙の事件が起こる。
妻は手紙を焼けばデムーロを許そうと思っていたのだ。この事にデムーロはがく然とした。デムーロはこの時、妻と息子を心から愛していたのだ。だがそれでは、捨てたダニエラがあまりにもふびんだった。
デムーロは妻に哀願してしまった。どうかこの手紙だけは燃やさないでほしい、と。それきり妻の心は凍りついてしまった。
その後はどんなにデムーロが謝っても、答えてくれる事はなかった。
妻はあれだけ可愛がっていた息子のリベリオにも辛く当たるようになった。リベリオからしたらとんだとばっちりだ。夫婦間のいざこざに巻き込まれたのだから。
妻はやがて重い病気にかかった。国中の名医を呼んで治療をさせたが、改善する事はなかった。
デムーロが病床の妻を見舞うと、妻は痩せた身体で、ギョロリとした目でデムーロを恨みがましくにらみながら、汚い言葉をののしるのが常だった。
やがて妻は苦しみの中で息絶えた。その時デムーロは公務に出ていて、リベリオは魔法学校にいたため、妻を看取ったのは医者とメイドだけだった。
デムーロは妻の後悔の日記を涙ながらに読んだ。息子に当たってしまった事。夫の心が離れている寂しさ。妻の苦悩と葛藤が切々と書かれていた。
最後の方の妻の日記は、字を書くのもおっくうだったようで、力無い弱々しい文字がつづられていた。
旦那さまは私が死んだ後、あの女を後添いにめとるだろう。私のいた場所に、あの平民の女が居るわるのだ。何と恨めしい事だ。
せめて、五年いや、一年でいい。旦那さまは死んだ私の事を思ってくれないだろうか。もし私の事を思ってくれたら、後添いをめとるのを許してあげる。
妻の血を吐くような最後の言葉を読んで、デムーロは耐えられなくなり号泣した。妻は確かにデムーロを愛してくれていたのだ。そしてデムーロも、自分では気づかないうちに妻を深く愛していたのだ。
「フローラ、フローラ。すまない、すまない。私はそなたを心から愛していたのだ。そんな事にも気づけないとは、私は何と愚かな人間なのだろうか」
デムーロは実直を常としていた。物事は全て白と黒に分けていた。だから、ダニエラと別れた時、愛する女性は生涯ダニエラだけと決めていた。
だが妻に娶ったフローラを、デムーロは心から愛するようになった。その事がダニエラへの裏切りに感じられ、認める事ができなかった。
妻のフローラを深い苦しみに追いやったのはデムーロ自身だったのだ。デムーロが妻を愛している事に気づきさえすれば、もっと違った結果になっていたかもしれない。デムーロは泣き崩れた。
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