上 下
33 / 175

デムーロ伯爵の思い

しおりを挟む
 プリシラとタップは、再びデムーロ伯爵の屋敷でお茶をご馳走になっていた。目的は集金と、デムーロ伯爵に依頼の物を渡すためだ。

 デムーロ伯爵は、プリシラにダニエラの日常を聞きたがった。プリシラはできる限りダニエラの近況を話して聞かせた。そして頼まれていたハンカチをポシェットから出した。

 ダニエラには、デムーロ伯爵の事を話さず、社長のマージも刺繍のハンカチが欲しいと言っていたので、仕事として依頼したいと話すと、ダニエラはこころよく、無料でハンカチをプレゼントしてくれたのだ。

 ハンカチをうやうやしく受け取ったデムーロ伯爵は、息を飲んで固まった。プリシラはデムーロ伯爵の変化に驚いたが黙っていた。

 デムーロ伯爵は気を落ち着けてからプリシラに質問した。

「プリシラ、刺繍のがらはそなたが指定したのか?」
「いいえ。刺繍のがらはダニエラさんにお任せしました。どうかしましたか?」

 ダニエラが刺繍してくれたハンカチは、水色のハンカチに白いアマリリスが刺繍されていた。

「白いアマリリスはダニエラの好きな花だ。私は昔ダニエラに言ったのだ。二人で暮らしたら、庭に白いアマリリスを植えようと」

 もしかするとダニエラは、ハンカチを求めているのは、マージではなくデムーロ伯爵だと気づいて、アマリリスを刺繍してくれたのかもしれない。

 プリシラはガマンできずにデムーロ伯爵に言った。

「伯爵さま、恐れながら申し上げます。どうしてダニエラさんと一緒になられないのですか?聞けば奥さまはすでに他界されていると」 

 デムーロ伯爵は小さくうなってから口を開いた。

「リベリオの奴だな?あのおしゃべりめ。ダニエラとは、別れる時に固く約束したのだ。もう二度と会わないと」
「・・・。それは、亡くなった奥さまを愛しているからという事ですか?」
「愛?私は妻を愛してはいなかった。別れたダニエラの事が頭から離れず、妻には申し訳ない事をしてしまった」

 プリシラはデムーロ伯爵の本心が知りたくて、時間をかけて彼の話しを聞き出した。

 デムーロ伯爵は次男で、本来ならばデムーロ伯爵家を継がない立場にいた。兄は将来を有望視されていた優秀な魔法使いだった。

 その頃のデムーロ伯爵は恋をしていた。屋敷で働いている、美しく優しいメイドのダニエラに。デムーロ伯爵は、伯爵家の将来は兄に任せて、自分は貴族の地位を捨て、ダニエラと平民として暮らす事を望んでいた。

 だが兄が事故で死んでしまい、デムーロ伯爵は兄の後を継いで伯爵にならなければならなかった。デムーロ伯爵は泣く泣くダニエラと別れ、兄の婚約者と結婚する事になった。ダニエラは身を引く事に同意し、屋敷を去って行った。

 デムーロ伯爵の妻になった女性は、ごう慢でワガママな女性だった。デムーロ伯爵の心の中にはダニエラが居続けているので、妻を愛する事はできなかったが、妻を大切にしようと誓った。

 息子のリベリオも生まれ、デムーロ伯爵はそれなりに幸せに暮らしていた。だがある時事件が起きた。デムーロ伯爵が捨てられないでいたダニエラの手紙を妻が見つけてしまったのだ。

 プライドの高い妻はこれに激怒した。デムーロ伯爵は、ダニエラとは結婚前に別れてから、一度も会ってはいないと弁解したが、妻の怒りはおさまらなかった。

 妻はデムーロ伯爵に辛く当たるようになり、愛していた我が子をうとましがるようになった。デムーロ伯爵家はとても辛い空気に包まれた。

 だがその苦しみも終えんを迎えた。妻の死と共に。妻は流行り病にかかり、苦しみながら死んで行った。デムーロ伯爵を呪う言葉を言いながら。

「妻は私を憎悪の眼差しで見ながら言ったのだ。私を永遠に許さないと。私が後添いをもらおうものなら呪ってやると」

 デムーロ伯爵は深いため息をはきながら、暗い過去を話してくれた。プリシラは注意深く話しを聞きながら、よく考えて質問した。

「伯爵さまは、奥さまの呪いを恐れているから、ダニエラさんと一緒にならないのですか?」
「いや、そうではない。私は妻に辛い思いをさせてしまった事を後悔しているのだ。妻が不幸のまま亡くなったのに、私だけが幸せになる事など、許されない事だ」

 デムーロ伯爵はとても自身に対して厳しい人間のようだ。プリシラは考えた。デムーロ伯爵はそれでいいのかもしれない。だがダニエラはデムーロ伯爵の事をずっと愛しているのだ。プリシラはデムーロ伯爵の妻の気持ちもよく分ったので、つぶやくように言った。

「奥さまは伯爵さまを最期まで愛してらしたのですね」
「妻が私を愛しているだって?!そんなはずはない。妻は私を憎んでいるのだ」
「伯爵さま。私はまだ恋をした事がありません。ですが誰かを愛する気持ちは知っています。私の姉、友達、そして相棒のタップ」

 プリシラはひざの上のタップの背中を愛おしげに撫でてから言葉を続けた。

「私は彼らを自分の事以上に愛しています。彼らのためなら自分の命をかけてもいい。奥さまは伯爵さまを心から愛しています。だから、奥さまは伯爵さまが幸せになる事を心の底では望んでいるのです」

 デムーロ伯爵はプリシラを見つめ、苦い物が口に入ったような表情になって答えた。

「プリシラ、それは違う。妻は、私を愛してはいない。私の不幸を望んでいるのだ」
「・・・。では、奥さまが伯爵さまを愛している証拠が見つかれば、ダニエラさんと一緒になってくれますか?」
 
 デムーロ伯爵は顔をしかめたまま、勝手にしてくれと小声でつぶやいた。
 



 
 

 

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話

此寺 美津己
ファンタジー
祖国が田舎だってわかってた。 電車もねえ、駅もねえ、騎士さま馬でぐーるぐる。 信号ねえ、あるわけねえ、おらの国には電気がねえ。 そうだ。西へ行こう。 西域の大国、別名冒険者の国ランゴバルドへ、ぼくらはやってきた。迷宮内で知り合った仲間は強者ぞろい。 ここで、ぼくらは名をあげる! ランゴバルドを皮切りに世界中を冒険してまわるんだ。 と、思ってた時期がぼくにもありました…

42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。

町島航太
ファンタジー
 かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。  しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。  失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。  だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

転生5回目!? こ、今世は楽しく長生きします! 

実川えむ
ファンタジー
猫獣人のロジータ、10歳。 冒険者登録して初めての仕事で、ダンジョンのポーターを務めることになったのに、 なぜか同行したパーティーメンバーによって、ダンジョンの中の真っ暗闇の竪穴に落とされてしまった。 「なーんーでーっ!」 落下しながら、ロジータは前世の記憶というのを思い出した。 ただそれが……前世だけではなく、前々々々世……4回前? の記憶までも思い出してしまった。 ここから、ロジータのスローなライフを目指す、波乱万丈な冒険が始まります。 ご都合主義なので、スルーと流して読んで頂ければありがたいです。 セルフレイティングは念のため。

どこかで見たような異世界物語

PIAS
ファンタジー
現代日本で暮らす特に共通点を持たない者達が、突如として異世界「ティルリンティ」へと飛ばされてしまう。 飛ばされた先はダンジョン内と思しき部屋の一室。 互いの思惑も分からぬまま協力体制を取ることになった彼らは、一先ずダンジョンからの脱出を目指す。 これは、右も左も分からない異世界に飛ばされ「異邦人」となってしまった彼らの織り成す物語。

金貨増殖バグが止まらないので、そのまま快適なスローライフを送ります

桜井正宗
ファンタジー
 無能の落ちこぼれと認定された『ギルド職員』兼『ぷちドラゴン』使いの『ぷちテイマー』のヘンリーは、職員をクビとなり、国さえも追放されてしまう。  突然、空から女の子が降ってくると、キャッチしきれず女の子を地面へ激突させてしまう。それが聖女との出会いだった。  銀髪の自称聖女から『ギフト』を貰い、ヘンリーは、両手に持てない程の金貨を大量に手に入れた。これで一生遊んで暮らせると思いきや、金貨はどんどん増えていく。増殖が止まらない金貨。どんどん増えていってしまった。  聖女によれば“金貨増殖バグ”だという。幸い、元ギルド職員の権限でアイテムボックス量は無駄に多く持っていたので、そこへ保管しまくった。  大金持ちになったヘンリーは、とりあえず念願だった屋敷を買い……スローライフを始めていく!?

職種がら目立つの自重してた幕末の人斬りが、異世界行ったらとんでもない事となりました

飼猫タマ
ファンタジー
幕末最強の人斬りが、異世界転移。 令和日本人なら、誰しも知ってる異世界お約束を何も知らなくて、毎度、悪戦苦闘。 しかし、並々ならぬ人斬りスキルで、逆境を力技で捩じ伏せちゃう物語。 『骨から始まる異世界転生』の続き。

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

処理中です...