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ジュリアの視線

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 新しい家に引っ越して、しばらく経った頃だろうか。響はジュリアのある変化に気づいた。ふとジュリアを見ると、彼女がジッと響の事を見ているのだ。

 響は何?と聞くが、ジュリアはううん、何でもないと返すのが常だった。

 ジュリアはこんな質問もよくした。

「響はお酒飲まないの?」
「?。別に飲まないわけじゃないけど。ジュリア、お酒が飲みたいのか?苦手だったじやないか」

 響はたまにビールや酎ハイは飲むが、酒が好きというわけではなかった。自分の中に、酒に酔って暴力を振るう男の血が流れているのかと思うと、酒を好きにはなれなかった。

 ジュリアは酒はあまり飲めないようだった。響がたまに缶ビールを飲んでいると、勝手に缶ビールを飲んで、ウェって顔をする。ビールは苦いのだそうだ。

 ジュリアが好きでもないものを、食卓に置くのは気が引けて、あまり酒は飲まなかった。だがジュリアが酒を飲みたいというなら、響も一緒になって酒を飲めると思って言った。

「ジュリアはどんな酒なら飲めるんだ?」

 ジュリアは少し考えるそぶりをしてから、日本酒と答えた。響からすると意外な答えだった。ジュリアはどこの国かは知らないが、少なくともアジアではなさそうだったからだ。
 
 外国人のジュリアなら、ワインか洋酒を飲みたいと言うかと思ったのだ。響はどんな日本酒がよいのかたずねた。

 日本酒は苦味の強いものから、女性向けの甘い口当たりの日本酒もある。だがジュリアはおかしな事を言った。

「亀のお酒」
「?、何だ?その酒」

 響はスマートホンの検索画面に日本酒、亀と入力して検索してみた。酒造に亀の文字が入っているもの、酒の名前に亀が入っているもの、日本酒のラベルに亀のイラストが描かれているものが出てきた。

 響はジュリアにこの中にあるのかとたずねると、ジュリアは響からスマートホンをひったくって真剣な表情で見つめた。

 どれほど時間が経っただろうか、ジュリアは悲しそうにスマートホンの画面から顔をあげた。どうやら探している日本酒はなかったようだ。

 ジュリアは落ち込んでしまったようで、ベッドに潜って眠ってしまった。ジュリアの眷属としては、ご主人に喜んでほしい。響はジュリアが飲みたがっている日本酒を探そうと心に決めた。

 ジュリアが探している日本酒は亀しか手がかりがなかった。ジュリアは日本に来て百年だと言っていた。その過程の中で亀の日本酒を飲んだのだろう。

 響はジュリアに詳しく情報を聞こうとした。だがジュリアはあまり話したがらなかった。ジュリアは約百年前に日本にやって来た。ヨーロッパの貿易船に忍び込んでいたそうだ。ジュリアは吸血鬼なので船員の血を吸い、食料にしていたようだ。

 ジュリアは日本の港に到着した。右も左もわからずうろうろしていた所に、夫になる男と出会ったのだという。

 何の事はない。ジュリアが亀のつく酒が飲みたいというのは、愛した男が作った酒だからだ。響の胸の奥に、ちろりと嫉妬の炎が燃えた。

 響は頭を振った。これは思い上がった感情だ。響はジュリアの恋人でも夫でもない。ジュリアは響の主人だ。響はジュリアのために生きなければいけないのだ。これは響が吸血鬼になって常に自戒していた事だ。

 だがたまに考えてしまうのだ。ジュリアが愛して結婚した男は、吸血鬼でもない人間だったのだ。ジュリアからの再三の願いをはねのけ、人間としてこの世を去った。ジュリアは百年経った今でもその男を愛しているのだ。

 響は吸血鬼になった。永遠の命を持つジュリアの側にずっといられるのに、響はジュリアから愛される事はないのだ。

 

 

 

 
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