俺が初めて好きになったひとは吸血鬼でした

盛平

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辰治

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 辰治はゆっくりと腕を回した。ようやくケガが回復したようだ。辰治はこの間、同族との戦いになった。結果はコテンパンに負けた。

 辰治は吸血鬼だった。正確には元人間の吸血鬼だ。人間で三十年ほど生きてから、吸血鬼になって三十年になる。

 辰治が小さい頃に父親がじょう発した。母親は尻の軽い女で、家にはいつも知らない男がいた。男の機嫌をそこねると、辰治はいつもてひどく殴られていた。

 そのような生活を続けていたからか、大人になった辰治は暴力団の下っぱになっていた。辰治の仕事は貧乏人をおどして金をしぼり取る事だったり、人に暴力をふるう事だった。

 ある時敵対している暴力団との抗争が起こり、辰治は刃物で刺されて深手を負った。仲間は逃げてしまい、辰治はふらふらとビルのはざまのゴミ置き場に倒れ込んだ。これで自分の人生が終わるのかと思うと、あまりのみじめさに笑いがこみ上げてきた。

 すると頭の上で声がした。

「何がおかしいのだ?」

 辰治がかすむ目で見上げると、そこには美しい外国人の男が立っていた。男はなんの感情のこもらない声で言った。

「お前はこれから死ぬのだぞ?怖くないのか?」
「・・・。俺が行く所は、きっと地獄ってところだろう。この世も地獄みてぇなもんだ。ちょっとのぞいてくらぁ」
「・・・。お前、まだこの世で生きたいとは思わないのか?」
「・・・。そうだな、ホントの事言ったら、もうちょっと生きたかったな」
「ならばお前にやろう。永遠の命を」

 美しい男はおもむろに自分の指を噛み切った。男の指から真っ赤な血がしたたり落ちる。その血は、辰治の口にポトリと落ちた。

 とても甘い血だった。辰治がゴクリと飲み込んだ途端、心臓が握りつぶされるような痛みを感じた。辰治は苦しさにのたうちまわっていたが、やがて潮が引くように痛みが落ち着いた。

 違和感に気づき、刺された傷痕に手で触れると、傷が完治していた。辰治は驚きながら立ち上がった。

 美しい男は辰治に言った。お前は吸血鬼になったのだ、と。にわかには信じられなかったが、げんに辰治は死ぬほどのケガを負ったのに生きている。

 美しい男は辰治に簡単な吸血鬼の説明をして去っていった。吸血鬼の吸血行為は週に一回程度に抑える事。人間を殺す事なく血を吸う事。人間に吸血鬼であるのを知られないようにする事。ただそれだけだった。

 辰治は最初、吸血をする際になんぎした。吸血衝動は、気が狂いそうになるくらい苦しいものであったし、人間がどれだけ血を吸うと失血死してしまうのかわからなかったので、何人かの人間は失血死させてしまった。

 だが辰治はできるだけ、世の中の害になる悪人の血を吸っていたので、罪悪感はあまりなかった。

 辰治は三日に一回の割合で吸血を行うようにした。そうでもしないと、あたりかまわず人間を襲ってしまいそうだったからだ。

 辰治は吸血鬼として暮らしていく中で、数人の同族に出会った。おそらく辰治を吸血鬼にした、美しい男が作った吸血鬼だろう。

 同族たちは皆男で、何というか世の中のはみ出し者のような奴らばかりだった。早い話しが、辰治を含めて人間のクズばかりなのだ。

 これは美しい男が、いざ辰治たちを処分する時心が痛まないようにするためではないかと思った。

 辰治が出会った同族の中には、とんでもない輩もいた。その吸血鬼は、美しい女を乱暴してから血を吸い、殺してしまうのだ。

 しばらくしてその吸血鬼を見なくなったので、他の同族に聞くと、ご主人さまに処分されたのだと言われた。
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