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修行

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 その日からフィンの修行が始まった。フィンはバレットから体術を学んだ。バレットは剣だけではなく体術もずば抜けて強かった。フィンはバレットに何度もこぶしを打ち込むが、一手も打ち込む事ができなかった。バレットは鎧を脱いでくれているので、フィンのこぶしとけりがバレットの身体に当たっても、フィンのこぶしが砕ける事は無い。だがバレットの鍛え上げられた身体は鉄のように硬く、たまにフィンのこぶしがバレットの腹に当たっても、フィンの手首の方が変な方向に捻られてしまってとても痛かった。

 体術の稽古の次は何本もの木の丸太を立てて、その丸太を人に見立ててこぶしとけりを打ち込む練習だ。バレットが言うには、フィンの手と足は、まだ人を殴ったりけったりするようになっていないのだそうだ。先ずはこぶしを作らなければいけない。丸太を叩くたび、フィンのこぶしは血で赤くなった。フィンは激しい手の痛みでくちびるを噛みしめた。

 何故自分はこんなにも強くなりたいと思ったのだろうか。それは、自分を罰したかったからに他ならない。フィンはグッチの事が大嫌いだった。しつように自分に暴力をふるい、ぐろうした。グッチが召喚の儀で精霊とも霊獣とも契約できなかったと知った時、フィンはいい気味だと思った。ごう慢なグッチがもっと苦しめばいいとさえ思った。

 だが死んでしまえばいい、とまでは思わなかったはずだ。だがグッチは死んだ。魔物との契約という最悪の選択をして。グッチの死を目の当たりにしてフィンは激しくうろたえた。そして後悔の念にさいなまれた。フィンはグッチを倒す事ができたはずだった。それなのにフィンはグッチを逃してしまった。もしもグッチを負かした時にしっかりと捕縛して騎士団に送り届けていれば、グッチは死ななかったはずだ。

 フィンは自分を傷つける事でしょく罪をしたかったのだ。フィンはひたすら丸太を叩き続けた。もはや痛みも感じなくなっている。フィンの手からはボタボタと鮮血がしたたった。

『フィン。それくらいにしたら?』

 柔らかな声にフィンはハッとして足元を見ると、フィンの契約霊獣のブランが優しげな瞳で見上げていた。フィンは身体の力が抜けて、その場に座りこんだ。ブランはフィンのひざに前足を乗せて、フィンの手を見せろとうながす。フィンはその通りにした。ブランは治癒魔法でフィンの血まみれの手を治してくれた。フィンは微笑んでブランに礼を言った。

「ありがとうブラン」

 ブランは慈愛に満ちた表情を崩さず言った。

『グチャグチャにからまった思考の糸をほぐすのに、がむしゃらになるのも悪い事じゃないわ。でも、でもね。フィンもアタシもまだまだヒヨッコなのよ?失敗して、挫折して、絶望するのは当たり前なのよ?これからゆっくりと進んで行けばいいじゃないのさ』

 ブランの柔らかな声は、フィンの耳に心地よかった。フィンとブランは真の名の契約をした事により心がつながっている。そのためフィンの気持ちはブランに伝わるのだ。フィンの焦りとしょうそう感はブランには痛いほどわかるのだろう。

 フィンにはまだ時間がある。霊獣のブランと契約した事により普通の人間よりもゆっくりと歳を取るだろう。だがグッチは死んでしまった。フィンと同い年のグッチは生き急いで死んでしまったのだ。フィンはこれまで生きてきて初めて近しい人間の死に直面したのだ。

 人は必ず死ぬ。それはフィンだとて充分わかっている事だ。だがフィンは、グッチの死にとてもショックを受けていた。死とは、突然今いる世界から切り離されるという事だ。フィンは死というものを恐怖した。それは自身が死ぬという恐怖ももちろんある。しかしそれよりも怖い事は、フィンの大切な人たちが死んでしまったらという恐怖だった。

 
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