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リリーの初恋

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 まさにこの世の春なのだとリリーは思った。リリーは身体の中に満ちあふれる幸福を噛みしめていた。幼い頃から父親に、お金持ちの貴族に嫁ぐ事を決められていた。リリーは暗たんたる気持ちで日々を生きていたのだ。だが召喚士になり、火の精霊フレイヤと契約して、父親の本心を知りリリーは晴れて冒険者の道を歩み出したのだ。

 リリーはほのかに頬を染めてとなりに視線を向けた。そこには元クラスメイトであり、リリーが学生の時からずっと気になっていた男の子フィンがいるのだ。現在リリーとフィンは、二人で乗合馬車にゆられている。リリーはフィンと共に初めての冒険者の依頼を遂行しに行くのだ。その依頼は霊獣を捕らえる霊獣ハンターの討伐だった。依頼者である霊獣保護団体への道のりは、王都から乗合馬車で一日、それから山を二つ越えた町まで行かなければならないのだ。とても長い道のりだったがリリーはちっとも苦にはならなかった。何故なら横を向いて話しかければ、フィンはにこやかに返事を返してくれるからだ。だがフィンの胸元には白猫の霊獣ブランがギロリとリリーをにらんでいた。リリーはあからさまにブランの視線を無視した。

 元クラスメイトのフィンと会うのは約1ヶ月ぶりだが、わずかな期間の間にフィンは男らしくなったようだった。そんなフィンの横顔を、リリーはほれぼれと見つめていた。一体リリーはいつからフィンの事が特別になったのだったか。リリーは長い乗合馬車の中過去の記憶に思いをはせた。

 リリーは十三歳で召喚士養成学校に入学した。父親に学校に行く事をせがんだのは、少しでも貴族の元に嫁ぐ事を遅らせたいがためだった。召喚士養成学校に入学しても、必ずしも全員が召喚士になれるわけではない。召喚士になるには、知識と体力。そして何より精霊や霊獣に好まれる清い心を持ち続けなければいけないのだ。リリーは父親の束縛からわずかだけでも逃れるために召喚士養成学校に入学した。つまりとても動機が不純だったのだ。そんなリリーは自分は召喚士にはなれないと思っていた。ただクラスメイトと、つかの間の触れ合いを楽しみ思い出を作れればと思っていたのだ。

 リリーのクラスに一人の少年がいた、名前はフィン。いつも一人でいて休み時間や放課後は教室からすぐに出ていってしまう少年だった。リリーはそんなフィンに興味を持った。リリーが放課後フィンの後をつけると、彼は食堂の裏にいた。そして子供のフィンには大きすぎる斧を振り上げて、黙々と薪を割っていたのだ。フィンはクラスメイトの男子の中で一番背が低かった。だがフィンの振り上げた斧は、重みにゆらぐでもなく、足元の木をひたすら割っていた。ようやく薪割りが終わったかと思うと、次にフィンは井戸から水汲みをしだした。大きなバケツ二つに並々と水を入れ、井戸から食堂の裏えと何度も往復した。リリーはフィンのその姿をただあ然と見つめていた。

 フィンは学校の授業が終わってから、学校の仕事をしているのだ。リリーは興味が抑えられず、忙しく働いているフィンに声をかけた。

「ねぇフィン。あなたは何故こんな事をしているの?」

 フィンは斧を振り下ろし薪を割っている時に、急にリリーが話しかけたのでびっくりしたようだった。フィンは嫌な顔一つせず、リリーに笑顔で答えてくれた。

「僕は足りない学費をまかなうために学校の仕事をさせてもらっているんだ」

 リリーは驚いてしまった。学校の入学金や学費は親から出してもらうのが当たり前だと思っていたからだ。リリーがその事をたずねると、フィンは大人びた苦笑をして答えた。

「僕は孤児だから親がいないんだ。だから皆に助けてもらいながら学校に通わせてもらっているんだ」

 リリーは雷にうたれたような衝撃を覚えた。かたやリリーは父親の決めた運命から目を背けるために学校に入ったというのに。フィンは幼いながら自分の道をしっかりと見すえて生きているのだ。リリーはフィンの事を尊敬した。そしてフィンの手助けをしたいと強く思った。リリーがフィンに何か手伝える事がないかたずねると、フィンは頭をかいて答えた、勉強を教えてほしいと。リリーは喜んで承諾した。リリーは勉強は得意な方だ。リリーはその日からフィンの勉強を教えてあげるようになった。

 リリーが友達のフィンに、特別な感情を抱くようになったきっかけは今でもはっきりと覚えている。あれはリリーが十五歳の冬だった。他のクラスメイトたちは皆家元に帰ったのに、いつも通りリリーとフィンは学校の寮にいた。学生寮は男女別れているが、寮の談話室は共有だった。だからリリーとフィンはいつも談話室で時間を潰していた。その時フィンが言いにくそうに聞いたのだ。リリーは何故家に帰らないのかと。フィンは孤児だから帰る家が無いのだ。だがフィンはずっと疑問に思っていたのだろう。リリーは苦笑しながら話し出した。あまり自身の家庭の事は話したくなかったが、友達のフィンなら聞いてほしいと思った。

「あのね、私のお母さん小さい頃に死んじゃって、今のお母さんは後妻なの。私はお義母さんが大嫌いなの!だから家には帰らないの」

 フィンは困ったような顔をしてからためらいがちに言った。

「でもお父さんは寂しがるでしょ?」
「ううん。パパはね、私の事なんてどうでもいいのよ。いえ、私はこれからパパの金もうけの道具になるの」

 この時リリーは口を開いたら止まらなくなっていた。今までずっと心の中でせき止めていたドロドロしたものがあふれ出したようだった。リリーは父親が、リリーを貴族の嫁にしようとしている事。そして平民のリリーは年寄りの貴族の後添いか、愛人にされるだろうと。リリーは自分の置かれている状況が、惨めで悔しくて涙が出てきた。その涙を止めようとするのだが、後から後からボロボロと涙があふれて止める事ができなかった。フィンは何も言わず、ただリリーの背中を撫でてくれていた。

 やっとリリーの涙が落ち着いた頃、フィンは意を決したような真剣な表情でリリーに言った。

「ねぇリリー、僕の話を聞いてくれるかい?僕は孤児だから父親がどんなものかは知らない。だからこれは僕の想像だと思って聞いてくれる?」

 リリーはハンカチでズルズルと鼻をふきながらうなずいた。フィンは微笑んで話を続ける。

「あのね、僕はリリーのパパはリリーの事をとっても大切に思っているんだと思う。だってリリーはとっても優しくて綺麗な心を持った女の子だもの。君のパパが愛情を注がなければ今のリリーのようにはならないと思う」

 リリーは泣きすぎて腫れて熱を持ったまぶたにハンカチを押し付けながら父親の事を思い出した。リリーが小さい頃、父親はいつもリリーを抱き上げて頬ずりをしてくれた。可愛い可愛い、私のリリー。それが父親の口グセだった。本当にそうだろうか、リリーは自問する。フィンはリリーの様子を見ながら話しを続けた。

「ねぇリリー。君のパパは君のためを思って貴族と結婚させようとしているんじゃないかな?それがリリーの幸せだと強く信じてるんだ。だからね、リリー。君はパパとよく話し合ったほうがいいよ。パパはリリーが幸せになる事を強く望んでいる。君が貴族のお嫁さんになる事が嫌なら、君はパパに自分の力で幸せをつかみ取れる事を証明しなきゃいけない。リリー、君は幸せになる責任を自分で背負うんだ」
「幸せになる責任?」
「ああ、リリーがもし自分の道を歩いて不幸になってしまったら、君のパパとても後悔するだろう。あの時リリーの首に縄つけてでも貴族の嫁にしておけば良かったとね。だからリリー、君はパパに自分の幸せは自分でつかみ取れる事を証明しなきゃいけないんだよ?」

 フィンの言葉はリリーにとって晴天のへきれきだった。リリーの真っ暗だった未来に一筋の光が見えた。この時初めてリリーは本心から召喚士になりたいと思うようになった。そしてフィンと同じ冒険者になりたいと。その強い思いと同時にフィンへのほのかな恋心が芽生えたのだ。

 
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