龍の錫杖

朝焼け

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第一章

鬼の復活 【vsスプリングストーム-2】

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ジャリリと自身の撒き散らした瓦礫を踏みしめながら害獣はクザンに対し戦闘体勢を取る。害獣の気持ちを代弁するならばこうだろう。
――そうだ、あの男もこの女も軟弱そうな見た目の癖に強力な武器を持っていた、こいつもそうに違いない――
油断無く間合いを取る害獣、しかしそう思わせるのがクザンの狙い、出来るだけまごつかせて桜の呼んだ救援が来るまで時間稼ぎをしたいのだ。
「どうした? 来ないのか?」
わざとらしく余裕を装ってクザンは堂々と構えている。
「グルルゥゥッ!」
害獣は自信ありげなクザンにますます警戒心を抱く、だがいつまでもこうしている訳にもいかない、暫く様子を伺った後強烈な右手のフルスイングをクザンに食らわせる。
「くっ!」
後ろには桜がいる、クザンは左方向に横っ飛びしその一撃をかわす、だが害獣は即座にその回避に反応し左手で鋭い突きを仕掛ける。
「ぐあっ!」
その突きがクザンの脇腹を掠め、ローブが破け血が吹き出す。
敵が体勢を崩したその瞬間、害獣は風を切る音と共に尻尾での殴打!
背面飛びの要領でその殴打をかわし受け身を取り体勢をなんとか立て直そうとするクザン、しかし害獣は尻尾での殴打に続け流れるように、クザンに蹴りを放つ!
「グギャアア!」
害獣の蹴りが決まったと思われたその瞬間、何故か苦痛の叫びを上げる害獣。
害獣の脚が半分切れて血が吹き出している。
クザンの方に目を見やると巨大な剣を持ち害獣に追撃をかけようとしている。
恐らくあの害獣の攻撃の中で抜け目無く殺された男の武器を拾い上げ、それを使い蹴りをガードしたのだろう。
クザンの追撃を害獣はもう片方の脚でジャンプしながらかわし大きく距離を取る。
「よしっ!」
クザンは今の害獣とのやり取りで確信する、自分は身体改造で少なくとも身体能力の底上げが成されている、桜は戦闘用とは限らないと言うが自身の生死を省みなければ多少はこいつに食い下がる事が出来るだろう、と。
だがその予想は甘いと言わざるを得ない、先程もそうだったようにこの害獣は手負いの時の方が冷静で的確な判断をする。
今回もそうだ、今のやり取りでクザンの身体能力の底を見切った害獣は絶対に自分が傷つかずに敵を倒す方法を思い付いた様子だ。
「!!」
クザンの顔が青ざめる、害獣が周りの空気の吸引を開始したのだ。
そう、桜を倒したあの空気砲だ。
しかも砲口は動けない桜と女児に向かっている。
「くそっ!」
クザンは桜に近づき話しかける。
「その子を抱き締めていてくれ、あの空気砲が来たら俺が君ごと担いでかわす!」
しかし桜は息も絶え絶えながらクザンに向かって怒鳴る。
「だから! ……貴方がこの子を担いで逃げて! 私の事はいいっていってるでしょ!」
「無理だな……」
「何でっ!」
「恩人を見捨てるなんて事はしたくない…………それに君たち二人が俺の家族の最後の様子と被ってしまってな…………俺の妻も娘を庇って抱き締めて死んでいったみたいだからな」
「…………!!」
桜は言葉に詰まる、きっとこの男は自分達に死んだ妻子の姿を重ね合わせてしまい見捨てることが出来なくなってしまったのだ。
「グオォアァ!」
害獣は先程の二回目の砲撃とは違いたっぷりと風をチャージしている。
正に必殺の一撃を決めようと思っているのだろう、クザンも桜もそう思った、だからこそ二人は発射の瞬間を息を潜めて待つ、この一撃をかわせばまた時間を稼げる!
だがこの時害獣はもし喋れるとしたならばこう言っていただろう。
――見通しが甘すぎる――と。
銃声の様な音が一発、広場に響く。
「ぐあっ!!」
クザンが鳩尾を抱えて苦しんでいる、一体何が起こったのか。
銃声の様な音が今度は三発響く。
「ぐふあっ!!」
クザンは見えない何かに殴られているかのように悶絶している。
頭に命中したのか額から血が垂れている。
「何っ!? どうしたのクザン!!」
桜があわててクザンに問いかける。
「野郎っ! ぐあっ!」
もう一発、脚に何かがぶち当たる。
どうやら害獣は二人が空気砲の回避をするであろう事を予見して空気砲を細かく、言うなれば空気弾として打ってきているようだ。
予備動作の大きい空気砲ならともかく見えない弾丸をこう細かく打ち込まれてはいくら身体能力が強化されたとはいえ戦闘経験がないクザンではなす術がない、だからと言ってこの場から逃げ去れば今度は桜と女児がこの弾丸の餌食だ。
どうする? 策を考える間にも次々と弾丸がクザンの体に撃ち込まれる。
「ぐはぁっ!」
ゴキンと嫌な音を響かせながら今度は胸に空気弾が命中する。
だがクザンは逃げようとしない、空気弾から二人を守るため血を吐きながらも、剣を持ったまま手を広げて仁王立ちをする。
その姿を見て再度桜はクザンに懇願する。
「お願いだからこの子を連れて逃げて! もう貴方は十分頑張ったから! お願い!」
しかしクザンはそれを無視する、確かに女児一人だけなら桜を囮にして連れて逃げる事は可能かもしれない、だが自分が後少し、後少しだけ粘れば、自分の命を犠牲に時間を稼げば救援が来て二人とも助かるかもしれない、その可能性をクザンは捨てきれないのだ。
クザンの選択は本当に愚かな行為だろう、二人とも助けたいあまりに三人が命を失うことになる愚かな選択だ。
だがもうその選択をやり直すことは出来ない、何故ならもうクザンも空気弾を二十発以上撃ち込まれその場を動くことはもう出来ないからだ。
手を広げたままクザンはガックリと膝から崩れ落ちる、しかし救援はまだ来ない。
最悪の結末が彼らに近づいてくる。
救援が間に合わず三人とも殺されるという最悪の結末。
空気弾がもう一発発射されクザンの顎に命中しクザンはガックリと項垂れる。
もう意識は無いだろう、辛うじてまだ手を広げて後ろの二人を守ろうとしているがその姿は頼りなく痛々しい。
そのボロボロの姿を害獣は舐めるように観察し、確信した。
もうこいつは動けない。
害獣はまた空気の吸引を開始し、止めの一撃の準備を始める。
周りの細かい瓦礫ごと空気を胸に圧縮、胸はまた鉄の風船のように膨らむ。
そしてその膨らみが最高潮に達したとき八本の砲口から今日三度目の空気砲が発射された。
もう駄目だ! そう思った桜は女児を抱き締め、責めて少しでも盾になろうと唸りを上げ迫りくる空気と瓦礫の塊に傷だらけの背中を向ける。
クザンはまだ意識がとんだまま項垂れている。
危機的状況、しかし呑気なことにこの時、彼は夢の中、おぼろげな掠れる意識の向こう側で誰とも知れぬ何者かと会話をしていた。

――相変わらずだな、お前は――

「誰だ? お前は?」

――何十年も一緒に共に戦ってきた私の事を忘れるとは、寂しいことだ――

「どういうことだ?」

――しかし記憶を失ってもお前は変わらず馬鹿の一つ覚えのようにまた人の盾になろうとする――

「だから何の事だ!」

――俺はそんなお前の事が嫌いではない――

「俺の話を聞けよ……」

――だからまた、私達の力を貸してやる、もう負けるなよ……クザン……――

 訳の解らぬ夢を見たまま、クザンは強烈な空気の奔流に呑み込まれた、後ろの二人もまた同様だ。
端から見れば三人の生存の可能性は皆無、何故なら今度の空気砲は地面を三十センチは抉り抜き二十メートル先の建物の壁を完全に粉砕していた。
仮にも生物が放った攻撃とは思えぬその強力な一撃は日々の労働に疲れた人々を癒すその広場を無茶苦茶に破壊してしまった。
「フゥーグルルゥゥ」
害獣は眼前で舞い上がる自身の巻き起こした砂煙を見つめながら勝利の雄叫びならぬ勝利の溜め息をつく。
彼は思う、今日は疲れたと、自身の強化のために身体改造者を喰らってみようと試みたら立て続けに頑丈な連中と三連戦するはめになったのだ。
彼はさっさと倒した獲物共を喰らって身を隠そうと思っていた。
「……!!」
だが薄らいでいく砂煙を見て気付く、まだ砂煙の中に立っている奴がいる!!
新手か? 害獣は焦る、あの位置に居たのならば確実に大ダメージを受けているはず、だが砂煙の中の影はダメージを負った様子もなくギラリと光る目で此方を見据えている。
なんだあいつは! 何処から来た? 何処から湧いて出てきやがった? 場所は広場のど真ん中、誰かがあの位置に飛び込んできたのならば気が付かぬ筈はない、害獣が理由を思索している内に砂煙は晴れ、その影の姿が鮮明になる。

青みがかった金属で出来た二本の角が生えた鬼の様な仮面、同じ材質で出来た鎧のような手、まるで怪人の様なその人物はボロボロで血塗れの青いローブを纏っている、そして右腕には大きな剣、倒された男の物だ。
その怪人は抉れた地面に静かに佇む、後ろには唖然とする桜と気を失った女児がへたりこんでいる。
状況を見て害獣は気付く、この怪人はあの乱入してきた男だと。
こいつが空気砲からあの女二人を守りきったのだ。
またも害獣は状況を分析しようと考えを張り巡らせる、何故こいつは俺の空気砲でも無傷なのか、何故いきなり姿が変わったのか、必死で理解しようとする。
だがその瞬間、害獣は天を見ていた、眩しい太陽がバイザー越しに目を眩ませる、そして次の瞬間顎に激痛が走る。
「アガ……」
痛みの叫び声を上げようとするが自身の舌を鋭い牙で突き刺してしまい上手く発声が出来ない。
その怪人は消えたと思うような恐ろしく鋭く速い踏み込みで害獣の懐に飛び込み強烈なアッパーカットを顎に喰らわしていたのだ。
後ろによろめき無様に尻餅を着きながら害獣はダウンを喫する。
「あ……青鬼? その服……クザンなの?」
桜は混乱している、彼女には何が起きたか解らない、それも当然、家族を失い落ち込んでいた浮浪者がいきなり三年前に行方不明となっていた英雄の姿に変貌したからだ。
青鬼と呼ばれた怪人は振り返り二人を見つめる、そして無事を確認するとまた無言で害獣の方へ向き直った。
「フシュルルッ!!」
痛みに耐えるような苦痛の呻きを上げながら害獣は自身の鋭い牙から舌を引き抜く、そして身軽にジャンプしながら立ち上がりこの痛みを発生させた犯人に怒りの雄叫びを上げた。
「ガルオォォォアァァッ!!」
空気を震わすその雄叫びを合図に両者は決着を付けるべく飛び出す!
害獣の先制、鋭い爪での連撃、青鬼は刀で応戦する。
広場に何度も響く金属音と共に目にも止まらぬ殺陣が繰り広げられる。
だが均衡は徐々に崩れ青鬼が押されているように見える。
一瞬青鬼は体勢を崩す。
ここぞとばかりに害獣は渾身の力を込めた右腕での全力の斬撃を青鬼に打ち降ろす。
だかそれは青鬼の計算、わざと崩したその体勢から猫の様に体を捻り上げ害獣の鋭い爪を備えた指を五本全て断ち切る。
だが害獣は怯まない、どうせ再生するからだ。
指を切り落とされた右腕をそのまま切り返し上腕の固い甲殻でのバックナックル。
青鬼はそれを右上腕でガードする、広場の空気を震わせる重量感のある衝撃音。
だが青鬼はまるで足裏から地面に杭を打ったかの様にその場から動かない、吹き飛ばない。
まるで巨大な鉄の塊に腕を叩きつけているかの様な感触に害獣は戦慄する。
その一瞬の怯みが命取り、青鬼は害獣の懐に潜り込み鳩尾に左手で強烈な正拳を放つ。
害獣は呻き声を上げながら苦痛の余り膝を着く。
隙だらけになった敵の顔面を青鬼は容赦なく蹴り飛ばす。
自動車事故の様な激突音と共に害獣は吹っ飛び地面に叩きつけられる。
すかさず青鬼は剣を振り上げ止めを刺さんと害獣に向かって突進!
しかし害獣はダメージを負う体に鞭を打ち身を翻してジャンプし青鬼から更に距離を取る。
害獣はその一瞬で考える――こいつは強い、だがまだ俺には最後の手段が残っている!――
今日で五度目となる空気の吸引を害獣は始める。
一体何をするつもりだろうか?
空気砲が青鬼に恐らく効かぬであろう事は害獣は先刻承知している、それでもなお害獣は空気の吸引を続ける。
青鬼もそんな物はもう効かんとばかりに寧ろ吸引の勢いを利用して距離を詰めていく。
金属と金属がぶつかるような音。
青鬼は数メートル後方に吹き飛ばされるが倒れることなく軽やかに地面に着地する。
何が起きた!? 寸での所で構えたクロスアームブロックを解き害獣を観察する。
害獣は背中から生える八本の管を伸ばし自身の前方に集中、更に管の口をすぼめて風の射出口を狭めていた。
その結果管から発射される空気砲の威力は如何程の物であろうか?
「……!!」
青鬼は驚愕する。
自身と害獣の間に一本の溝が走っている、地面が断ち切れている。
更に害獣の重機並のパワーでもびくともしなかった自身の前腕に深々と切り傷が刻まれ煙を吹いていた。
あの奇妙な構えはそう言う事かと青鬼は納得する。
あの空気砲は射出口を狭めることでまるで空気メスとでもいえる切れ味を獲得している。
先程青鬼が吹き飛ばされたのはその空気メスの直撃の為だ。
しかし何故害獣はこの強力な武器を初めから使わなかったのか。
答えは簡単、反動が強すぎるのだ。
現に害獣は今青鬼を遠ざける為の只の一瞬の空気メスの使用だけで身体のあちこちの血管が破裂し流血している。
体内で発生する圧力に身体がついていっていないのだ。
しかし害獣は必殺の意思と共に再度空気の吸引を開始する。
周りの瓦礫と共に青鬼もその吸引に引きずられる。
本日最高の吸引力、この後に放たれる空気メスの威力は容易に想像できる。
普通の人間ならばこの吸引から逃れるために全力で逃げる努力をするだろう、しかし青鬼は違った、先程の空気メスの威力を見せられて尚、剣を携え害獣に突進した。
何故そんな無謀な攻め方を選択したのか、答えは両者の位置関係。
害獣はここまで追い詰められてなお、青鬼が逃げて避ければ桜と女児に攻撃が直撃するような形で立ち回っているのだ。
青鬼にもその事は解っている、だから自身に攻撃が当たるように立ち回らざるを得ないのだ。
害獣は迫る青鬼に照準を合わせ、最高出力の空気メスを発射する。
その空気メスは走り込んでくる青鬼に直撃し耳障りな金属音を唸らせながら彼のその青い鎧をガリガリと削り込む。
空気メスの射出は止まらない。
しかし青鬼は怯まない、後退しない。
空気メスの直撃を受けながら、鎧から血を吹き出させながら、一歩一歩力強く害獣に向かって前進する。
害獣はその修羅の如き様相にこの世に産まれて初めて、恐怖と言うものを覚える。
今まで敵に対して厄介だと思うことはあっても怖いと思うことはなかった、その襲い来る初めての感情に押し潰されそうになる自身を否定するため、害獣は半狂乱になりながら空気メスの出力を更に上げる。
反動で全身の血管が破裂していく。
唸る金属音と共に赤と青の血の飛沫が広場に舞う。
徐々に徐々に両者の間合いが詰まっていく。
不意に金属音が静まる、次いで飛沫が舞うのを止める。
噴水の奏でる水の音しか聞こえない静寂の広場の中、真っ赤な血にまみれた青鬼が剣を構えている。
その恐ろしげな姿を真っ青な血にまみれた害獣が膝を着きガタガタと震えながら見つめている。
もう害獣には逃げる気力も見受けられない。
空気メスの反動で既に身体が動かなくなっているのだろう。
「悪いな……」
青鬼は一言呟くと剣を害獣の首に降り下ろした。
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