3 / 71
南フランス マルセイユ
しおりを挟む
アスカが十時間かけて南フランスのマルセイユ空港に降り立つと、素晴らしく晴れていた。
「気持ちいい」
大きく伸びをして都心行きのバスに乗り込むと、窓の外では白人の男女が熱い抱擁をしていた。フランス人だろうか。よく見ると年令は六十歳くらいの老カップルである。日本ではまず見かけない光景に新鮮さを感じてまじまじと見入ってしまった。二人は何かを語りながら泣いている。しばらくすると老淑女だけがバスに乗り込んだ。老紳士はバスの外から顔を真っ赤にして大粒の涙を流している。
「ジュテーム」と老淑女に向けて叫ぶ老紳士。
バスの中から手を振って「ジュテーム」と応える老淑女も美しい涙を流している。
アスカはその光景に感涙してしまった。
事情はよく分からないが二人はしばらく離ればなれになるのだろう。別れを惜しむ姿から二人がとても愛し合っていることが分かる。
羨ましい。
次には自分もきっとああいう恋をしようとアスカは思った。
バスが出発すると、しばらくは金色の小麦畑が広がる道を走った。それから洋風の建物が増えてきて、石畳のしかれたオシャレな都会に着いた。ホテルに荷物を預けて港に行くとヨットが無数に並んでいる。路地裏からいい匂いがするので近寄ってみるとケバブが売られていた。食いしん坊のアスカは早速ケバブのサンドイッチを買って食べた。
「うまい!」と思わず叫びながら頬張る。ジューシーな肉汁と香辛料の効いた香ばしいケバブは空腹のアスカにはとても美味しく感じた。
バスに乗り海岸線に移動すると明るい地中海が広がっていた。芝生の公園ではたくさんの人がくつろぎ、サッカーをしている。人気の少ない海岸の方を散歩しているとトップレスの白人女性がシートをひろげて寝転んでいた。なんて開放的なんだろう!
見るもの全てが 刺激的だった。
アスカは自分の好きな小説の舞台が南フランスだったこともあり、いつかは来ようと思っていた。そして実際に来てみると、憧れてた以上に素晴らしかった。何もかも日本とは違っていて新鮮だ。
アスカはそれから活発に動き回ってフランスを満喫した。美術館に行き、コンサートに行き、ウインドウショッピングをし、レンタカーでドライブをした。
欲しいと思ったバッグや洋服は沢山あったけれども我慢した。予算が限られているし、それよりも興味があったのは食事だった。チーズやピザやワインはいくらでも美味しいものがあった。一人でレストランやBARにも入った。
ある夜、アスカがBARに入り、一人でワインを飲んでいると白人男性が声をかけてきた。金髪に鼻筋の通った端正な顔に青い瞳はまるで王子様のようだ。多分ナンパだろう。アスカはとつぜんのロマンスにドキドキしたが、流暢なフランス語で語りかけてくる彼が何を言っているのか分からない。
「は、はい。あ、い、いえ」としどろもどろになっていると、やがて苦笑いをしながら去っていった。
アスカはふぅーと大きくため息をついた。
めっちゃ緊張した~。
あんな王子のような人に声をかけられても言葉が分からないんじゃどうしようもない。やっぱりわたしには言葉の通じる日本人が合ってるのかな。
翌朝、お土産を買うためにアスカがお店を回っていると、ガラス張りの宝石店の中に見覚えのある女性がいた。空港で熱い抱擁をしていた老淑女だった。もちろん向こうはアスカのことは覚えてないだろうけれど、気になったのでお店に入ってみることにした。
しかし、扉には鍵がかかっていた。なんだ閉まっているのかと思っていると、ガチャリと音がして鍵が開いた。
中から老淑女が優しそうに微笑みながら手招きをしている。
アスカが入店すると扉には再びガチャリと鍵がかかった。
どうやら強盗に入られないように中からロックしているみたいで、店員の許可がないと入れない仕組みらしい。
ショーケースにはずらりと高そうな貴金属が並んでいた。
老淑女は何やら話しかけながらアスカに近寄ってきてハグをした。
え?
どうやら老淑女はバスで一緒だったことを覚えていたみたいだ。
驚いてなぜ? という仕草をすると、老淑女はアスカの長い黒髪を指し示した。
確かにここでは黒髪は目立つ。
アスカは二人が別れるシーンをみて自分が泣いたという事を英語とジェスチャーを混じえて何とか伝えた。すると、老淑女が大袈裟に泣くジェスチャーをしたので、何だか可笑しくなり二人で笑った。
それから、老淑女はショーケースをアスカに見せてくれた。言葉は通じないが、アスカに似合いそうなものを選んでくれている。どれもこれも素敵なアクセサリーだったが、アスカには値段が高すぎて買うことができないものばかり。安くても二千ユーロする。日本円で二十万以上もするのだ。今のアスカにはとてもじゃないが買うことは出来ない。
アスカは丁寧に断りながら、老淑女の勧める品物を眺めていた。すると、隅の方にとても気になる時計が目に入った。
とても古いが月の形をしていてなんとも魅力的なデザインだった。値段は千ユーロ。この中では安い。手に取ってみると、しっかりとした重みがあり、サイズもピッタリだった。ちいさな宝石がちりばめられていてとても手がこんでいた。
アスカは一目で気に入った。
だが、老淑女は、申し訳なさそうに首を振り、針を指した。針は12時10分を指したまま動いていなかった。
「ブロークン?」
「ウィ」ジェスチャーでなすすべなしと言っている。
アスカは悩んだ。壊れていてもとにかく欲しい。こんなに欲しいと思ったものは今まで無かった。魂が吸い取られるのではないかと思えるほど心が魅了されていた。
値段的には無理をすればなんとか買えないことも無い。
ただ、壊れていることが気になる。動かないから安いんだろう。でも、どこかに持っていけば直るかもしれない。
ええーい、ままよ。
アスカは買うことに決めた。
「気持ちいい」
大きく伸びをして都心行きのバスに乗り込むと、窓の外では白人の男女が熱い抱擁をしていた。フランス人だろうか。よく見ると年令は六十歳くらいの老カップルである。日本ではまず見かけない光景に新鮮さを感じてまじまじと見入ってしまった。二人は何かを語りながら泣いている。しばらくすると老淑女だけがバスに乗り込んだ。老紳士はバスの外から顔を真っ赤にして大粒の涙を流している。
「ジュテーム」と老淑女に向けて叫ぶ老紳士。
バスの中から手を振って「ジュテーム」と応える老淑女も美しい涙を流している。
アスカはその光景に感涙してしまった。
事情はよく分からないが二人はしばらく離ればなれになるのだろう。別れを惜しむ姿から二人がとても愛し合っていることが分かる。
羨ましい。
次には自分もきっとああいう恋をしようとアスカは思った。
バスが出発すると、しばらくは金色の小麦畑が広がる道を走った。それから洋風の建物が増えてきて、石畳のしかれたオシャレな都会に着いた。ホテルに荷物を預けて港に行くとヨットが無数に並んでいる。路地裏からいい匂いがするので近寄ってみるとケバブが売られていた。食いしん坊のアスカは早速ケバブのサンドイッチを買って食べた。
「うまい!」と思わず叫びながら頬張る。ジューシーな肉汁と香辛料の効いた香ばしいケバブは空腹のアスカにはとても美味しく感じた。
バスに乗り海岸線に移動すると明るい地中海が広がっていた。芝生の公園ではたくさんの人がくつろぎ、サッカーをしている。人気の少ない海岸の方を散歩しているとトップレスの白人女性がシートをひろげて寝転んでいた。なんて開放的なんだろう!
見るもの全てが 刺激的だった。
アスカは自分の好きな小説の舞台が南フランスだったこともあり、いつかは来ようと思っていた。そして実際に来てみると、憧れてた以上に素晴らしかった。何もかも日本とは違っていて新鮮だ。
アスカはそれから活発に動き回ってフランスを満喫した。美術館に行き、コンサートに行き、ウインドウショッピングをし、レンタカーでドライブをした。
欲しいと思ったバッグや洋服は沢山あったけれども我慢した。予算が限られているし、それよりも興味があったのは食事だった。チーズやピザやワインはいくらでも美味しいものがあった。一人でレストランやBARにも入った。
ある夜、アスカがBARに入り、一人でワインを飲んでいると白人男性が声をかけてきた。金髪に鼻筋の通った端正な顔に青い瞳はまるで王子様のようだ。多分ナンパだろう。アスカはとつぜんのロマンスにドキドキしたが、流暢なフランス語で語りかけてくる彼が何を言っているのか分からない。
「は、はい。あ、い、いえ」としどろもどろになっていると、やがて苦笑いをしながら去っていった。
アスカはふぅーと大きくため息をついた。
めっちゃ緊張した~。
あんな王子のような人に声をかけられても言葉が分からないんじゃどうしようもない。やっぱりわたしには言葉の通じる日本人が合ってるのかな。
翌朝、お土産を買うためにアスカがお店を回っていると、ガラス張りの宝石店の中に見覚えのある女性がいた。空港で熱い抱擁をしていた老淑女だった。もちろん向こうはアスカのことは覚えてないだろうけれど、気になったのでお店に入ってみることにした。
しかし、扉には鍵がかかっていた。なんだ閉まっているのかと思っていると、ガチャリと音がして鍵が開いた。
中から老淑女が優しそうに微笑みながら手招きをしている。
アスカが入店すると扉には再びガチャリと鍵がかかった。
どうやら強盗に入られないように中からロックしているみたいで、店員の許可がないと入れない仕組みらしい。
ショーケースにはずらりと高そうな貴金属が並んでいた。
老淑女は何やら話しかけながらアスカに近寄ってきてハグをした。
え?
どうやら老淑女はバスで一緒だったことを覚えていたみたいだ。
驚いてなぜ? という仕草をすると、老淑女はアスカの長い黒髪を指し示した。
確かにここでは黒髪は目立つ。
アスカは二人が別れるシーンをみて自分が泣いたという事を英語とジェスチャーを混じえて何とか伝えた。すると、老淑女が大袈裟に泣くジェスチャーをしたので、何だか可笑しくなり二人で笑った。
それから、老淑女はショーケースをアスカに見せてくれた。言葉は通じないが、アスカに似合いそうなものを選んでくれている。どれもこれも素敵なアクセサリーだったが、アスカには値段が高すぎて買うことができないものばかり。安くても二千ユーロする。日本円で二十万以上もするのだ。今のアスカにはとてもじゃないが買うことは出来ない。
アスカは丁寧に断りながら、老淑女の勧める品物を眺めていた。すると、隅の方にとても気になる時計が目に入った。
とても古いが月の形をしていてなんとも魅力的なデザインだった。値段は千ユーロ。この中では安い。手に取ってみると、しっかりとした重みがあり、サイズもピッタリだった。ちいさな宝石がちりばめられていてとても手がこんでいた。
アスカは一目で気に入った。
だが、老淑女は、申し訳なさそうに首を振り、針を指した。針は12時10分を指したまま動いていなかった。
「ブロークン?」
「ウィ」ジェスチャーでなすすべなしと言っている。
アスカは悩んだ。壊れていてもとにかく欲しい。こんなに欲しいと思ったものは今まで無かった。魂が吸い取られるのではないかと思えるほど心が魅了されていた。
値段的には無理をすればなんとか買えないことも無い。
ただ、壊れていることが気になる。動かないから安いんだろう。でも、どこかに持っていけば直るかもしれない。
ええーい、ままよ。
アスカは買うことに決めた。
0
お気に入りに追加
295
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
魔王と囚われた王妃 ~断末魔の声が、わたしの心を狂わせる~
長月京子
恋愛
絶世の美貌を謳われた王妃レイアの記憶に残っているのは、愛しい王の最期の声だけ。
凄惨な過去の衝撃から、ほとんどの記憶を失ったまま、レイアは魔界の城に囚われている。
人界を滅ぼした魔王ディオン。
逃亡を試みたレイアの前で、ディオンは共にあった侍女のノルンをためらいもなく切り捨てる。
「――おまえが、私を恐れるのか? ルシア」
恐れるレイアを、魔王はなぜかルシアと呼んだ。
彼と共に過ごすうちに、彼女はわからなくなる。
自分はルシアなのか。一体誰を愛し夢を語っていたのか。
失われ、蝕まれていく想い。
やがてルシアは、魔王ディオンの真実に辿り着く。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
完結 冗談で済ますつもりでしょうが、そうはいきません。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の幼馴染はいつもわがまま放題。それを放置する。
結婚式でもやらかして私の挙式はメチャクチャに
「ほんの冗談さ」と王子は軽くあしらうが、そこに一人の男性が現れて……
【完結】「幼馴染が皇子様になって迎えに来てくれた」
まほりろ
恋愛
腹違いの妹を長年に渡りいじめていた罪に問われた私は、第一王子に婚約破棄され、侯爵令嬢の身分を剥奪され、塔の最上階に閉じ込められていた。
私が腹違いの妹のマダリンをいじめたという事実はない。
私が断罪され兵士に取り押さえられたときマダリンは、第一王子のワルデマー殿下に抱きしめられにやにやと笑っていた。
私は妹にはめられたのだ。
牢屋の中で絶望していた私の前に現れたのは、幼い頃私に使えていた執事見習いのレイだった。
「迎えに来ましたよ、メリセントお嬢様」
そう言って、彼はニッコリとほほ笑んだ
※他のサイトにも投稿してます。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる