しまなみ海道で恋をして

うにたろ

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相談

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 浮舟堂に来ていた。日は傾き、夜になりつつあった。
「やあ、須磨。今日はどうしたんだい?この前の本を買いにきたばかりじゃないか」
 明石は丁度店の前を掃き掃除していた。
「今日はちょっと相談に来たんだ」
「珍しいね、君が相談なんて。まあ、上がって行きなよ」
「言われなくても上がらせて貰うつもりだ」
「それにしても、どうしたんだい? その格好。サラリーマンみたいじゃないか。もしかして、仕事の話かな」
「そんなんじゃねーよ。もっと大事な話だ」
俺は、レジ横を通り、明石の書斎に足を踏み入れた。窓は開いているが、空気が淀んでいて、じっとりと汗ばむ。俺はその書斎の端にどかっと座り込んだ。
「すまないね。相変わらず暑くて」
ほどなくして、明石がやってくる。手には前と変わらず氷の入った麦茶を載せたお盆を持ってきていた。
今日はそれには手を付けず、本題に入っていた。
「なあ、明石。瑞穂から何か聴いていないか」
「瑞穂ちゃんから? 特になにも聴いていないけど」
瑞穂の事だから、明石には相談していると思ったのだが、俺が明石の家に行くのが早すぎたせいだろうか。
「実はな──」
俺は昼に有った事を説明した。オーディションを受ければいいと説明したこと、それを瑞穂が拒絶したこと、それだと上手くいかないと説明をしたこと、そして、瑞穂は泣いて帰ってしまった事。そこまでの出来事を順序立てて説明した。そしてその後、奈津美と再会したところまで話した。
「あいつは、東京でやって行くべきなんだ。この町で頑張るのにも限度がある。せめて、松山辺りに出てやれば、まずまずの結果を出せると思う。それは明石も同じだぞ、こんなところで隠遁生活をしてないで、都会に出ればそれなりに──」
「須磨。それを本当に瑞穂ちゃんに言ったのかい?」
「ああ、言ったさ。あいつは昔からどこか甘えたところがあるんだよ。子供っぽいっていうかさ。」
「須磨。歯を喰いしばれ」
「なんだよ明石、急に立ち上がって──」
 俺が言えたのはそこまでだった、目の前に星が飛ぶ。そして、じんわりと痛みがやってきた。殴られたと気付いたのは、後頭部をしたたかに壁に打ち付けた事に気付いたからだ」
「痛てぇ──」
 口の中がじんじんする。中で切れたのかも知れない。口を付けなかった麦茶から、からんと氷の溶ける音がした。
 日はとっぷりと暮れており、外は真っ暗だった。電気をつけなければ、もうじき真っ暗で何も見えなくなるだろうな、なんて関係ない事が頭の中を駆け巡っていた。それだけ突然の出来事だったのだ。
「甘えているのは君の方だよ、須磨。東京に行けば成功する? 君はそんな夢物語が本当に成功すると思っているのか?」
「可能性の話で言えば、こんな町でやっていくより成功するだろうが!」
「須磨。君は瑞穂ちゃんの事をどこまで知っている? 何も知らないで君はヒーローを気取ったんだ」
「何処までって、あいつは俺らの後輩で手品で世界を目指していて」
 そこまで言って明石は俺言葉を制した。いままでに見たことがない程、明石の目は冷ややかだった。
「知っているのはそれだけかい」
「他になにがあるって言うんだ」
「君はいい気なもんだよ。それから彼女さんに運命的に出会ってめでたしめでたし。それじゃあ、瑞穂ちゃんがあまりにも可哀想だ」
「奈津美の事は今は関係ないだろ」
 奈津美に出会ったのは偶然の話だ。そして、その話と瑞穂や明石の話は全く関係が無いはずだ。
「たしかに関係ない話かも知れない。だけれどヒーロー気取りの誰かさんにはきちんといってやりたくなるんだよ」
「さっきからヒーロー気取りってのはなんだよ。俺は本気でお前たちのことを心配しているんだぞ」
その時だった、レジ横に置いてある電話のベルが鳴ったのは。
「電話出ろよ」
「判っているよ」
そういうと、明石は固定電話の受話器を持ち上げた。
2、3相槌を打っていた明石だったが、みるみる青ざめた顔になる。
受話器を置いた明石がふらふらとこっちに向って歩いてきた。
「どうしたんだよ? なにかあったのか?」
「須磨。落ち着いて聴いてくれよ」
「何だよ急に。さっきから冷静じゃないのは明石の方じゃないか」
「……倒れた」
「え?なんだって?はっきり聴こえないぞ」
明石は深呼吸をひとつして、今度はハッキリとした口調で言った。
「倒れたんだ。瑞穂ちゃんが」
「え……それってどういう意味だよ」
意味が判らなかった。だから聴き返してしまった。なんだって? 何が起きたというんだ。
「だから、瑞穂ちゃんが倒れたんだよ」
その言葉を理解するのに、いくばくかの時間がかかった。全身が硬直し、汗がゆっくりと背中をなぞる。
「倒れたってなんでだよ。何処か体調でも悪いのか」
「……」
 明石は無言だった。無言で俺の方を見つめている。
「何処だ。何処の病院にいる!?」
俺がそれを言うより先に、明石が書斎を飛び出していた。慌てて、俺も後を追う。
外の闇はいっそう濃くなり、それが俺の不安をいっそう深いモノにしたのだった。 
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