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俺の名前は
しおりを挟む「いい加減に仕事を探さないとなあ」
俺の名前は須磨 拓斗。
ついこの前までサラリーマンをやっていた。ついこの前までというのは理由がある。大した理由ではない、異世界に転生したりとか、世界の危機に立ち上がったとかそういうものではない。
答えは単純だ、嫌気がさしてやめたのだ。多忙につく多忙、残業につく残業ですっかり神経の参ってしまった俺は、仕事を辞めて故郷の今治(いまばり)へと帰ってきた。
実家に居ると親がうるさいので駅近くのアパートに住んでいる、勇者でも転生者でもない俺は絶賛無職だ。
26歳という年齢にしてノージョブ。世間の目は冷たく、この間も自分が通りかかった道の先でひそひそ話をしている主婦たちを見た。俺の事を話していたに違いない。被害妄想かもしれないが、そうに決まっている。あれは俺への悪口だそうに違いない。
「うーん。いい加減に仕事を探さないとなあ」
同じ事を今日は2度呟いている。東京からこっちに戻ってからかれこれ2週間、やることもなく、今も煙草なんぞ吹かしていた。
付き合っていた彼女、柏木 奈津美に仕事を辞めた事を告げ東京から今治に帰る事を告げると、
「私は仕事だから一緒にはいけない。忙しいからそれじゃ」
と一方的にまくしたてられ携帯電話を切られた。交際して3カ月、手も繋いだ事くらいしかなかったが、そこそこ上手くいっていた筈だった。こちらから、もう一度掛け直す勇気も無く、思い出の詰まった携帯電話は生活に必要ないからと、こっちに来て早々に解約してしまった。あっさりとした振られかたに涙も出なかったし、失恋の痛みとやらもついぞやってくる事はなかった。
「そういえば今日は何も食べてない」
空腹は何もしてなくてもやってくるものだ。食事でも買いに行こうと、煙草をもみ消し、サンダルをつっかけて外に出る。
夕方、夏の熱気──。もわっとした空気が周囲に立ち込める。空は雲ひとつなく、夕日が山のビルの向こう側に落ちかけている、そんな時間だった。
商店街に向って足を進める。今日は太刀魚をツマミに一杯やろうかと考えながら道を歩いていく、すると目の前に人だかりができているのが見えた。
喧嘩だろうか? あまり関わり合いにはなりたくないものだ。近くに寄ってみる、人だかりの中に一人の女性が居た。
「よっほっそれそれそれそれ!」
器用にボーリングのピンみたいな物をくるくると回しながら回転させている。それを宙に放ってキャッチ。4、5本を同時に投げては受け止めているのだ。
(何だ珍しいなこんな所でジャグリングか。ん? あの人見覚えがあるような)
ふと、人だかりの中心にいる女性と目があった。髪をポニーテールにして、手品をするためなのか半袖のシャツにショートパンツという服装だ。
「須磨先輩? 須磨先輩じゃないっすか」
人だかりの中の女性は俺を見るなり、そういった。そうだ。あのポニーテール。あれは高校時代の後輩で……。
「自分すよ自分。竹河っす。竹河 瑞穂」
気がつくとジャグリングをやめてこっちに近づいてきた。観客の人たちにぺこりとお辞儀するのも忘れない。人だかりは消えて、俺と女性の二人だけになった。
「瑞穂かお前、何してるんだこんな所で!?」
俺は少し声が上ずりながら目の前の竹河瑞穂にむかってそう言っていた。彼女は高校時代の天文学部の後輩で俺ともう一人の友人と仲良く遊んだ仲だった。
「自分っすか。自分はマジシャンになりたいんでその練習っす。先輩こそこんなところで何してるんですか? 東京に行ったんじゃなかったんでしたっけ」
「仕事やめてこっちに帰ってきた」
俺はぼそっと呟いた。あまり胸を張って言える物でもないからだ。
それにしてもマジシャンとは驚いた。そんな事をしたいなんて高校時代の彼女からは一度も聴いた事がなかったからだ。
「へーっそうなんすね。じゃあずっとこっちに?」
あっけらかんとした態度で瑞穂は聴き返してくる。昔から変わらない。おまけに髪をポニーテールにしているところも昔からちっとも変っていなかった──。
「ああそうだよ。取りあえずはだけどな。そんなことよりちょっと場所を変えないか」
人だかりは消えたとはいえ、商店街のど真ん中で立ち話はどうにも居心地が悪い。どこか別の場所で腰をおろして話がしたかった。
「そうっすね。じゃあ再会を祝して自分が御馳走しますよ行きましょ」
そういって荷物を手早くしまう瑞穂。大きなバックにはいったい何が入っているのかパンパンになっていた。全てマジシャングッズとやらだろうか。ジーンズにTシャツ。色気とは対照的な格好だった。
「自分車で来ているんで、ちょっとここで待っていてくださいね」
そういうと瑞穂はひょこひょこと鞄を持ち上げて行ってしまった。背が低いのも変わらない。最も俺が背が高いってのもあるんだけどな。150cmあるかないかだろう。
そんな事を考えながらポケットから煙草を取り出していた。
すると、数分もしないうちに赤い軽自動車が自分の前に止まった。
「あーっ! 先輩煙草吸ってる! この車、禁煙すからね」
車から顔を出して彼女はちょっとむっとした顔をしてそう言った。
俺は仕方なく、煙草をもみ消し携帯灰皿にしまいこみ助手席に乗り込む。
「それで? 今日は何処で御馳走してくれるんだ?」
車をいつまでも発進させないので横を見ると。彼女は何処かに電話をかけていた所だった。しっーっとジェスチャーする。どうやら相手先に繋がったらしい。
「あーっお久しぶりです、明石っちっすか?今、須磨先輩と居るんですけどこれから食事でもと。はい、はい、じゃあ迎えに行きますんで待っていてください」
電話を切ると車を発進させながら、町はずれへと向かっていく。
「折角の先輩の帰郷祝い、なんで明石っちにも声掛けておきましたんで」
なんて事を言う。明石というのは俺の高校時代の友人で同じ天文学部だった、明石 聖司(あかし せいじ)のことだろう。俺と瑞穂、明石の3人は高校時代いつもつるんでいた。
特に明石はとは良くつるんで色んな事をしたもんだ。そういえば、明石とはこっちにかえってから一度も連絡していない。あいつは何をしているんだろうか。
「で? 今日はどこで御馳走してくれるんだよ」
俺は明石の事は深く聴かずに瑞穂に向って言った。
「そうすね。今日は再会を祝して奮発しますよ。水軍料理っす。明石っちも来るんでまずは明石っちを迎えに行く所からすね」
水軍料理──。そこそこ良い値段のする所だ。
車を運転しながらそういうとえへんと胸を張った。その胸がぽよんと上下する。
目を逸らして、外を見る。そこは懐かしい風景、高校時代何度も通った道だった。
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