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第3章 ファーストライブ!

練習は裏切らない

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「れいちゃんっ!?」

 その場にしゃがみ込んで泣き出す玲に驚く佑香。玲は、最初すすり泣くような感じから、やがて涙が止まらなくなる。まだ暗いステージ上で、玲の泣く声だけが響く。それからどれくらいの時間が経ったのか、泣きながら玲が独白を始める。


「私、ダメなの……。子供の頃から本番では緊張して何もできなくなって」

 口調もいつものぶっきらぼうなクールさは無く、素の玲に戻っている。本人は口調が素に戻っていることに気付く余裕も無く話し続ける。

「合唱部でもソロに決まってたのに、当日、緊張で声が出なくて急遽ソロから降ろされたり。きっと今日も歌えなくなって、それで佑香ちゃんと美空ちゃんに迷惑かけちゃう……!」

 素の口調に戻って涙ながらに激白する玲。普段の玲とのあまりの変わりように、佑香も紗夜香も声を掛けられない。

 
 その時、美空がつかつかと玲の目の前に歩いていくと、自分もしゃがんで玲と同じ目線の高さになる。顔を上げて美空の方を向いた玲に対し、美空が語りかける。

「玲ちゃん。本番を前にして不安にならない人なんていないよ。私だってそう」
「美空、ちゃん……」

 美空の視線は上からでも下でもない、ただひたすらに真っ直ぐ同じ高さで、玲はその視線に吸い込まれるように美空の言葉を聞く。

「でもね、そういう時は今までの練習を思い出すの。自分はあれだけ練習をしたんだ。だから大丈夫、って。実際ね、練習は結果を絶対に裏切らないんだ。今回は練習やりきったぞ、っていう時は必ず試合でも良い結果が出たから」
「練習は、裏切らない……」 

 つぶやく玲に対し、美空が頷く。美空の口調は、無理に玲を励まそうとしたりはしない、淡々と事実を述べるものだった。だが、それが逆に玲には頼もしかった。

「うん、だから、今回私達で一番練習したのは玲ちゃんでしょ? 家に帰ってからも毎日ランニングしたんだし。目に見えて練習の効果が出ていたじゃない。だから大丈夫。玲ちゃんのこの一ヶ月ちょっとの練習は、今日必ず結果になるから」
「美空ちゃん……」
「さ、いつもの玲ちゃんに戻って。いつもみたいに美空、でいいから」

 そこまで言ってようやく笑いかける美空。その美空の笑顔を見た玲が、堪えきれないといった感じに目を細める。そして、メイクが崩れるのもお構いなしに目をごしごしと拭くと、美空の方を向き直る。その目には、力強い光が灯っていた。

「うん、美空。アタシ、頑張る……!」

 その様子を見ていた佑香も、玲に話し掛ける。

「ね、れいちゃん。合唱は評価に来るお客さんだけど、今日はみんなわたしたちの歌を楽しみに来てくれるお客さんだよ! わたしたちも笑顔でいこうよ」
「うん、そうだね佑香。……笑顔で、いこう!」


 そこから三人は急いで衣装に着替えると本番用のメイクをした。佑香と美空のメイクは紗夜香が手伝ったが、玲はポイントだけ紗夜香に聞いて、素早く自分でメイクを行った。

 リハではマイクの音量チェックなど初体験のことだらけだったが、佑香が率先してスタッフとコミニュケーションを取った。

「アニメでこういうのやってたからっ」

 佑香はステージ上の木目から、立ち位置の確認に使う目印なども作ると美空と玲に教えた。玲は、そんな佑香を頼もしく見ていた。

「(今日はアタシだけじゃない、佑香も美空も一緒なんだ)」

 そのことで自信が戻った玲は、リハーサルでも思い切り声を出して歌うことができた。玲の声が大きくよく通る声のため、マイクがハウリングを起こしてしまう。玲が一瞬青ざめるが、音響室からすかさずフォローが入った。

『れいれい、本番ではれいれいのマイク音量をちゃんと絞ってやるさかい、本番はハウリング心配しないでおもいっきり歌ってな!』
「わかった!」

 亜紀の声に、ステージ上の三人だけじゃない、亜紀も一緒なんだと更に心強さが増す玲。


 リハーサルが終わって、控え室に戻ってくる三人。その頃には控え室には他のアイドルグループ達もいて、三人と入れ替わりで次のグループがリハーサルに向かって行った。

「お疲れ様、みんな。リハーサル堂々としていたわ。初めてとは思えないくらい」

 控え室で紗夜香が出迎える。

「佑香が、引っ張っていってくれたから」
「うん、助かったよ佑香ちゃん。さすがセンター」
「もう二人ともやめてってば~」

 その様子を見ていた紗夜香が、玲に声を掛ける・

「玲ちゃん、もう大丈夫ね」
「はい。アタシは一人じゃない。みんなが一緒だから」

 その玲の言葉に頷く紗夜香。

「MCの方はリハできてないけど大丈夫?」
「はい、とりあえず自己紹介はできると思うので。あとはアドリブでっ」
「佑香、こういうところの度胸が凄いよね」
「MCはその場のノリでアドリブやった方が楽しいからっ。ライブ動画見ていて思うもん」

          ★

 やがて、公演開始三十分前になり、実行委員長の大学生が控え室で開始の挨拶をする。

「それでは皆さん今日は宜しくお願いいたします」
「「よろしくお願いします!」」

 他のアイドル達はライブ慣れしているようで、挨拶が終わると再び喋り始めたり、イヤホンを付けて曲の復習を行ったりしている。そんな中、トップバッターのスノーフェアリーズはもうすぐ出番というところまで時間が迫ってきていた。

「ねえみそらちゃん、れいちゃんっ」

 佑香が声を出す。

「もうすぐ本番だし、円陣組もう!」
「円陣?」
「うん、みんなで手を重ねて、ファイト、オーってやつ! 部活でもやるでしょ?」
「私は個人競技だったから」
「それは、体育会系だけだと思う。それに」

 玲が控え室を見回す。

「他の人達もいるのに大声出したら迷惑じゃないかな」
「それは大丈夫よ。他の皆さんも出演前の円陣はやると思うから、ただ」

 答えた紗夜香が佑香の方を見る。

「佑香ちゃん、円陣は舞台袖に出てからね。ライマスでもそうだったでしょ?」
「あっ、そうでした!」

 そこに、スタッフから声が掛かる。

「一番目、スノーフェアリーズさん、舞台袖まで準備をお願いします!」
「はいっ!」

 呼ばれて出て行こうとする三人に紗夜香が声を掛ける。

「さあ、初ステージ。思いっきり楽しんできて!」
「「「はい!」」」


 舞台袖に出て行く三人。ステージには幕が下りていて、客席の様子はわからない。やはり緊張し始める玲に対し、佑香が大丈夫という目線を配って頷く。

「よしっ、じゃ円陣組もうっ!」

 そう言って手を真っ直ぐ前に出す佑香。

「みんなで手を合わせて、ファイト、オーで手を上げよう」
「うん」
「わかった」

 美空と玲も佑香に手を合わせる。佑香が声を上げる。

「スノーフェアリーズ、ファイッ」
「「「オー!!」」」


『それではまもなく公演が開始いたします』

 掛け声と共に、公演開始のアナウンスが場内に響いた。

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