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第3章 ファーストライブ!

翼の生えたフェアリー

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「出席番号八番葛西さん、百五十、一センチ」

 身長測定の担当者が、美空の身長を読み上げる。
 今日は、身体測定の日だった。普段は空き教室となっている部屋に、体重計や視力検査の表などが並んでいる。

「みそらちゃんどうだった?」
「去年から一ミリも変わらず。私もうこれで身長止まっちゃったみたい。あとせめて二センチは欲しかったな」

 美空が残念そうな表情で佑香に話し掛ける。出席番号順に次々と測定していくので、出席番号が隣同士の佑香と美空は自然と会話が多くなる。

「ゆかっち何センチだった?」
「わたし百五十七だったよ」
「うち百五十五や。四センチ伸びたさかい来年はゆかっち抜かすで」
「亜紀ちゃんは小さい仲間でいて……」

 次の測定を待ちながらそんな会話をしていると、後方で玲が身長を測っていた。

「成瀬さん、百六十四センチちょうど」

「やっぱりれいれいは背高いなあ」

 係員の声を聞いた亜紀が話す。佑香と美空も感想を言う。

「脚も細くでまっすぐだよね」
「うん、モデルみたい」

 身体測定ということで、皆Tシャツに短パンという姿で測定に臨んでいた。まだ冬といって良い四月の札幌なので、長袖やジャージを着ても良いのだが、そこは体重測定で百ミリグラムでも減らしたいという女心である。
 そんな短パン姿の玲の脚はすらりと伸びて、美空が言ったようにモデルのようだった。

「ゆかっちもみそらっちも脚ほっそいけどな」
「うーん、わたしたちのはモデルというよりアスリート?」
「そうだね、細くても太ももとかふくらはぎとか筋肉だしね」

 亜紀の言葉に佑香と美空が口を揃えて自分達の脚を見る。その視線が自然と亜紀の脚へと向かう。

「ウチの脚と見比べるんは禁止な! 年頃の女子高生はこれくらいむちむちしているものなんや」
「え、別にあきちゃんもむちむちなんてしてないよー。わたしたちが細いだけで」
「だからそうやって細い人間と比べられるのがイヤなんや!」
「亜紀ちゃん別に比べてないよ……」

 そんな話をしながら、次々と測定をこなしていく三人。玲は出席番号が離れているためどうしても別行動になってしまう。

「佑香ちゃん握力すごかったね」
「右手だけだけどね。やっぱりバドミントンやってたから利き腕の握力は人よりあるかな」
「みそらっち握力は全然なかったな。めっちゃ鍛えてそうなのに」
「体幹を鍛えるトレーニングはしていたんだけどね。特別に握力を鍛えるための練習はしたことないかな」
「あ、次は垂直跳びだって」


 佑香が前方を指差す。出席番号の最初の方の生徒が垂直跳びを始めていた。

「次、出席番号七番。柿木さん」
「はいっ」

 呼ばれた佑香が前に出て指先に白い粉をつける。

「はっ!」

 佑香が気合いと共にジャンプすると、それまでで一番高い地点に白い粉を付けて着地する。

「柿木さん、六十四センチ」

 跳び終わった佑香がVサインをして戻ってくる。

「ゆかっち凄いやんか、今のところ五十センチ以上跳んだのゆかっちだけやで」
「えへへ、ジャンプ力には自信があるのです」
「そういえばジャンプ力といえば次はみそらっちやな」

 美空は、すでに名前を呼ばれて白い粉を付けて準備していた。

「みそらちゃんどれくらい跳ぶんだろう」

 佑香も期待の目で美空を見る。ジャンプ選手だった美空がさすがに自分より跳べないということはないだろうが、今の自分のジャンプなら良い線はいくのではないかと思ったりした。
 二人の視線に気付いてか気付かずか、美空は、特に気合いを入れることもなく、軽く屈伸をするとすっと上方へ跳び上がる。


 その時、美空以外、周りの世界全てがスローモーションになった。


 ふわりと、美空にだけは重力がかかっていないかのように長い滞空時間で跳躍すると、ジャンプの頂点で時間が止まったかのようにふわりと指先を壁に付け、ゆっくりと降下し着地する。

 その跳躍に完全に見惚れていた係員が、あわてて測定に行く。

「葛西さん、きゅ、九十八センチ!」

 その記録を聞いて、垂直跳びに並んでいたクラスメイト全員がどよめく。佑香が戻ってくる美空に駆け寄っていく。

「すごい、すごいよみそらちゃん! 羽根が生えたみたいだった!」
「佑香ちゃん大袈裟だってば」

 佑香の興奮ぶりに美空が苦笑いで返す。

「でも係の人もびっくりしてたよ! 日本記録とかじゃない!?」
「それは無いよさすがに。でも、ジャンプの時も技術よりも脚力で飛んでたから。ナショナルチームの合宿で計った時もジャンプ力は一番あったかな」

 ナショナルチーム、つまり日本代表で一番ジャンプ力があったということは、美空のジャンプ力は日本でトップクラスということである。

「みそらちゃん本当にすごい人だったんだぁ……」
「もうやめてってば。佑香ちゃん歌上手じゃない。私は得意なのがたまたまジャンプだっただけ」

 そんな会話をしていると、亜紀が測定を終えて戻ってきた。

「あきちゃんおつかれさまー」

 佑香が声を掛けるが、亜紀は少し俯いてぶつぶつ小声でつぶやいている。

「亜紀ちゃん?」

 美空が声を掛けると、亜紀は急に顔を上げる。

「閃いた!」
「わっ、どうしたの亜紀ちゃん?」
「閃いたんや。新曲のアイデア! ゆかっちみそらっち、今日からしばらく部室行かんで放課後すぐ帰るから、さやさや先輩に伝えといて」
「う、うん」

 亜紀の迫力に圧倒される佑香。

          ★

 それから数日、亜紀は「作曲モード」に入ったため、休み時間や昼食なども三人は亜紀に話し掛けないようになった。とはいえ、ライブまでの時間がないことには変わりがないため、三人は放課後、亜紀抜きで紗夜香と共にキャンストの練習を続けた。


 そして身体測定の日から数日後、亜紀が憑き物が取れたかのような晴れやかな顔で登校してきた。表情が晴れやかなだけで、目の下には明らかに睡眠時間を削ったと思われるクマがあったのだが。

「ゆかっちみそらっち、できたで……」
「あきちゃんおはよう。できたって?」
「曲や。三人のための曲ができたんや」
「え、本当?」

 亜紀は玲の方を向くと大声を上げる。

「おーい、れいれい! ちょっち来てぇな!」

 呼ばれた玲が顔を真っ赤にして駆け寄って来る。周りのクラスメイトが「れいれい?」「成瀬さんのこと?」などと小声で話している。

「ちょっと亜紀、クラスでその呼び方はやめてって……」

 玲の抗議の声を無視して亜紀が話し始める。

「れいれい、ついにできたで」
「え? できた。ってもしかして」
「そや。新曲ができたんや」

 そう言って亜紀がカバンの中からCDを取り出す。

「実際に聴いてもらうんは放課後やけどな」

 取り出したCDの盤面にはシールが貼ってあった。そのシールにはタイトルと思われる単語が書かれていた。


『ヒカリノツバサ』と。
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