愛して、もっと愛して

篠原怜

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後編

後編ー2

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 マンションへ帰ってから、わたしは子どもみたいに彼に不満をぶっつけた。

「前は安住さんと立ち話してただけでも、不機嫌そうな顔をしたじゃない」
「そんなこともあったっけか」

 彼はリビングで上着を脱ぐと、りをほぐすみたいにぐるぐると首を回し、ネクタイをはずすと上着の上に放った。そしてシャツの袖をまくり上げながらキッチンに移動した。わたしは駄々っ子みたいに、彼のあとを追いかける。

「あったわよ。スポーツクラブの福原さんとか、他にもあったわ。前みたいに……」
 冷蔵庫の扉を開けたた彼が、怪訝けげんそうな顔で振り向く。でももう止まらない。

「前みたいに焼きもちやいてよ」
「はあ?」
「そんなふうにオトナな反応をされちゃうと、なんだか心配になるじゃない!」

 たっぷり十秒間ぐらい、彼はじいっとわたしの顔を見つめた。それから冷蔵庫を閉めるとゆっくりと歩み寄り、キッチンのカウンターにわたしを追い詰めた。お尻にカウンターの端がぶつかり、体の両脇に彼の手が下ろされる。

「このひと月の間、俺が何度キレそうになったか知らないだろ」
「え?」

「例えばあの口紅のテレビCM。地下鉄の排気口の上に立った君が、モンローみたいにドレスのすそを抑えながら、悩ましく微笑みかける。あのポスターを、日本中の空港や駅の構内で見かけたよ。その前を通る男どもが皆、君の足や艶々つやつやした唇によだれを垂らしているようで、その度俺の欲求不満は活火山みたいに噴火寸前だった。口紅のポスターだけじゃないぞ、雑誌の表紙や電車内の広告でも君の顔を見た」

「うそ……。あなたが……?」

 彼の瞳の中に、嫉妬の炎が見えた気がした。
 そしてそれをさらけ出してくれたことを喜ぶわたしが、ここにいる。

「嘘なもんか。言ったと思うが俺は嫉妬深い。でもその嫉妬深い性格のせいで、一度は君を失いかけた。同じ間違いは二度としたくないんだ。わかるか?」
「うん……。わかる」

 わたしは素直に頷いた。忘れていない。おととしのマリンホテルでの出来事を。

「それにこの先、些細ささいなことに目くじら立てたら俺の身がもたない」
「そんなことないわ。でも……。ごめんなさい、子どもみたいなこといって」

 胸の中のもやもやが、急にしぼんでいった。
 分かっていた。ほんの少し会えない日が続いたから、わたし自身が欲求不満になってただけだということを。
 そこで彼が笑う。怒ったような怖い顔は、とっくに消え失せていた。

「別にあやまらなくていいよ。正直言うと、俺だって悪い気はしなかったから。君が活躍すれば俺も親父も鼻が高い」

 そう言って両腕の中にわたしを閉じ込めたまま、唇を寄せてきた。
 たぶん二週間ぶりのキス。ぴったりと唇を合わせると、喉の奥から切ない声が漏れてしまった。わたしは両手を彼の首に回してしがみつき、彼の香りに酔いしれた。激しく唇を求められながら、彼の体温と彼の息づかいに包まれる。

 胸いっぱいに広がる安堵あんど感。ずっとこうして欲しかった。この手と体で彼を感じたかった。
 まるで会えなかった空白の日々を埋めるように、わたし自身も夢中で彼の唇を求めていた。
 
 やがて彼が体を預けてきて、互いの下腹を押し付けあう形になる。強張った物がどくんと……、スラックスを通して脈打つのが感じられた。

「こんなふうに君に触れていいのは俺だけだ。それだけは忘れるなよ」
「ええ……」

 返事は半分ため息に変わっていた。
 ブラウスの裾が引っ張り上げられた。彼の手が内側にすべり込んでくる。わたしも彼のワイシャツのボタンに指を伸ばしたけど、手が震えてうまくはずせない。そのうちにブラウスの前がはだけられ、インナーもブラウスも彼の手ではぎ取られた。キッチンのひんやりとした空気にさらされて、覆い隠すものが無くなった裸の胸に鳥肌が立つ。

 彼は両手で乳房を包み込むように揉みしだいてから、素早く唇を落としてきた。

「ああ」

 頭を後ろにそらせ、わたしはやるせない声を上げていた。彼の唇が乳首に触れただけで、体の芯から熱いものが溢れていくのがわかった。たまらず身をよじってしまう。
 それが見抜かれたのか、乳首を代わる代わる口に含みながら、彼はスカートをまくり上げ、右手をショーツの中に忍ばせて来た。

 体を大きく震わせて、わたしは再びあえいでいた。熱く溶け出し始めた中心部を、彼の指がせわしなくなぞり始めたから。何の遠慮もためらいもない。どこをどうするとわたしが声をあげ、体がどう反応するか心得た指だ。

 その指がひだを左右に押し広げ、奥深くに進入してくる。感じやすい部分にたどり着くと、しつようにこすりあげた。あまりにも強烈な感覚に、体がくずれてしまいそうになる。 
 冷たい人造大理石のカウンターに片手をついて、もう片方の手を彼の首に回して必死でバランスを取る。それでももっと深く彼を感じたくて、自ら足の力を抜いた。彼は指を引き抜くと、素早い動作でショーツを足首まで下ろした。

 スカートの下が、ガーターとストッキングだけになる。
 ふうっと、大きく息を吐いて、彼のベルトに手を伸ばしていた。でも彼は腰を引いてしまう。

「ダメだ」

 低い声で命令される。
 その傲慢ごうまんな目が、じっとわたしを見据えた。この目に見つめられると、抵抗できなくなる。なにも言わずとも、わたしを支配してしまうのだ。

 諦めて体の力を抜くと、微笑みとともに再び彼の指が忍んでくる。触れられている部分が、ねっとりと濡れているのが自分でも分かった。すすり泣くような声を漏らしながら、わたしは何度も身をくねらせて彼の愛撫にもだえ、体中に広がってゆく悦びに震えた。

 むき出しの肩に彼の歯が当たる。食器棚のガラス扉に、半裸でのけぞる自分の姿が映っていた。彼の指の動きが早くなり、高みへと押し上げられたと思った瞬間、意地悪をするように寸前で動きが止まった。はっとなったわたしをあざ笑うかのように、器用な親指が秘めやかな部分の先端を探り当てた。まるで玩具を転がすように、小さな突起がもてあそばれる。

「いや、いや……、あっ!」

 強烈なしびれが下腹に湧きおこり、全身を駆け抜けていった。絶えられないほどの快感に、大きな叫びをあげてしまう。彼のシャツを引きちぎりそうなほど強く掴んで、必死でこらえた。でももう限界だった。繰り返し押し寄せる快感に、わたしの体は頂点まで押し上げられていたから。

 恥ずかしいほどの声を上げて、がくがくと体がわなないた。
 はあはあと浅い呼吸を繰り返しながら、暴走していく自分の体を彼の腕に預ける。でないと立っていられなかったから。



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