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後編
後編ー1
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◎後編からの登場人物
・安住(あずみ) 美緒の先輩にあたるホテルマン
・福原(ふくはら)美緒が通っていたジムのインストラクター
*********************************************
目指すリカーショップは目と鼻の先。そのわずか十数メートルの距離を、わたしは園田さんに肩を抱かれたまま歩いた。
大通りから、少し奥に入った静かな通り。マンションやオフィスビルが建て込んでいるけど、その一階に入居するテナントのほとんどは店を閉めていた。肩に置かれた手をどうしようかと思い悩むうち、目的のお店の明かりが見えてくる。
裏通りとはいえ、JRの駅も近い。まったく人通りが無いわけではなくて、はす向かいのビジネスホテルの前では立ち話をしている人影もあった。
――園田広之、モデルと深夜の路上デート!
こんな見出しが週刊誌に出たらどうしよう。彼の周りには写真週刊誌の記者が張り付いてると、りん子さんが言っていたし。
別にマスコミは、わたしなんかに注目してはいない。写真に収まる相手は誰でもいいのだ。でもなにかあれば、秀人さんや神崎家のとのつながりはすぐに表に出るだろう。そうなれば絶対に、迷惑をかけるに決まっている。
気にし過ぎ、思い上がりもいいとこ。
園田さんは好意で一緒に歩いてくれているだけ……。
いくつもの反論が頭の中に浮かんだが、それでもわたしは不安を拭いきれなかった。
「ありがとうございました。ワインを買ったら帰ります。ここで……」
店の手前で立ち止まり、できるだけさりげなく園田さんから離れた。ほんの少し驚いた素振りを見せたが、彼は不快な声をあげたりはしなかった。それどころか。
「それなら荷物を持とうか? なにしろ友人にすっぽかされたんで、暇なんだ。帰りも送ってあげるよ」
思いがけない返事に、わたしは慌てて首を横に振る。
「本当に大丈夫です。そんなにたくさん買わないし、マンションはすぐそこだから」
「近くたって、酔っ払いがいるかもしれないだろう?」
「いえ、本当に大丈夫ですから……」
「もう少し、君と一緒にいたいんだ……。こう言ったら、迷惑かな……」
「はい?」
ぽかんと園田さんを見上げてしまった。サングラスをしているから、表情まではわからないけど、いたって真面目な口調に聞こえた。そしてはっとなる。
これがたぶん、彼得意の口説き文句で、次にはサングラスを外してじっと見つめて、うっかりその気になった女がお持ち帰りされてしまうとか?
何しろプロの役者だし。言葉や表情で訴えかけるのはお手の物。
ダメ。絶対にダメ。
頭の中で様々な結末を想定しながら、わたしはどうやってこの場を切り抜けようか迷った。その時。
「美緒」
気まずい空気を破ってくれたのは、一番会いたいあの人の声だった。
「秀人さん!」
無意識にわたしは彼のそばに駆け寄ってしまった。そして安心したせいか、人目もはばからず彼の腕に自分の腕を絡ませた。良かった。ここで会えて。
「神崎です。昨日はこいつがいろいろとお世話になりました」
園田さんの前に歩み寄ると、秀人さんはいつもの彼らしく礼儀正しい挨拶をした。面と向かうと彼のほうが、少しだけ背が高い。
園田さんはサングラスを外すと、わたしたちを交互に眺めた。すぐには状況がわからないようだったが、やがて「ああ……」と頷いた。
「美緒さんと結婚なさる方ですね」
「あの……、ワインを買おうかなって思って。そしたら偶然園田さんに会って、ここまで送ってもらったの」
慌てて秀人さんにこの状況を説明した。一体ふたりで何してたんだと、疑われるに決まってるから。でもそんな心配は無用だったみたい。
彼は余裕の笑みを浮かべたまま、愛想良く頷いた。
「ご活躍は色々と伺っています。今夜はお手数かけてすいませんでした。我々はここで失礼いたします」
絡ませた腕を少しだけ引き寄せられた気がした。それじゃあと、わたしも園田さんにお礼を言う。
「どう致しまして……。よくお似合いだ。末永くお幸せに」
その言葉を残して園田さんは、意外にあっさりと夜の街に消えて行った。ほんの少し残念そうな顔してたけど、それはすぐに忘れることにした。
「ねえ」
「なんだ」
何事もなかったように、リカーショップの店内でお酒を選び始めた秀人さんにわたしは言った。
「どうしてあんなに大人の対応ができるの?」
「なんのことだ」
「だから、ほら……、ここでなにしてたのかとか聞かないの?」
「買い物に来たんだろ? あ、君が好きなモーゼルワインがあるぞ」
ワインのボトルを手にした横顔が、いっそうクール。本当に何も感じていないの?
・安住(あずみ) 美緒の先輩にあたるホテルマン
・福原(ふくはら)美緒が通っていたジムのインストラクター
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目指すリカーショップは目と鼻の先。そのわずか十数メートルの距離を、わたしは園田さんに肩を抱かれたまま歩いた。
大通りから、少し奥に入った静かな通り。マンションやオフィスビルが建て込んでいるけど、その一階に入居するテナントのほとんどは店を閉めていた。肩に置かれた手をどうしようかと思い悩むうち、目的のお店の明かりが見えてくる。
裏通りとはいえ、JRの駅も近い。まったく人通りが無いわけではなくて、はす向かいのビジネスホテルの前では立ち話をしている人影もあった。
――園田広之、モデルと深夜の路上デート!
こんな見出しが週刊誌に出たらどうしよう。彼の周りには写真週刊誌の記者が張り付いてると、りん子さんが言っていたし。
別にマスコミは、わたしなんかに注目してはいない。写真に収まる相手は誰でもいいのだ。でもなにかあれば、秀人さんや神崎家のとのつながりはすぐに表に出るだろう。そうなれば絶対に、迷惑をかけるに決まっている。
気にし過ぎ、思い上がりもいいとこ。
園田さんは好意で一緒に歩いてくれているだけ……。
いくつもの反論が頭の中に浮かんだが、それでもわたしは不安を拭いきれなかった。
「ありがとうございました。ワインを買ったら帰ります。ここで……」
店の手前で立ち止まり、できるだけさりげなく園田さんから離れた。ほんの少し驚いた素振りを見せたが、彼は不快な声をあげたりはしなかった。それどころか。
「それなら荷物を持とうか? なにしろ友人にすっぽかされたんで、暇なんだ。帰りも送ってあげるよ」
思いがけない返事に、わたしは慌てて首を横に振る。
「本当に大丈夫です。そんなにたくさん買わないし、マンションはすぐそこだから」
「近くたって、酔っ払いがいるかもしれないだろう?」
「いえ、本当に大丈夫ですから……」
「もう少し、君と一緒にいたいんだ……。こう言ったら、迷惑かな……」
「はい?」
ぽかんと園田さんを見上げてしまった。サングラスをしているから、表情まではわからないけど、いたって真面目な口調に聞こえた。そしてはっとなる。
これがたぶん、彼得意の口説き文句で、次にはサングラスを外してじっと見つめて、うっかりその気になった女がお持ち帰りされてしまうとか?
何しろプロの役者だし。言葉や表情で訴えかけるのはお手の物。
ダメ。絶対にダメ。
頭の中で様々な結末を想定しながら、わたしはどうやってこの場を切り抜けようか迷った。その時。
「美緒」
気まずい空気を破ってくれたのは、一番会いたいあの人の声だった。
「秀人さん!」
無意識にわたしは彼のそばに駆け寄ってしまった。そして安心したせいか、人目もはばからず彼の腕に自分の腕を絡ませた。良かった。ここで会えて。
「神崎です。昨日はこいつがいろいろとお世話になりました」
園田さんの前に歩み寄ると、秀人さんはいつもの彼らしく礼儀正しい挨拶をした。面と向かうと彼のほうが、少しだけ背が高い。
園田さんはサングラスを外すと、わたしたちを交互に眺めた。すぐには状況がわからないようだったが、やがて「ああ……」と頷いた。
「美緒さんと結婚なさる方ですね」
「あの……、ワインを買おうかなって思って。そしたら偶然園田さんに会って、ここまで送ってもらったの」
慌てて秀人さんにこの状況を説明した。一体ふたりで何してたんだと、疑われるに決まってるから。でもそんな心配は無用だったみたい。
彼は余裕の笑みを浮かべたまま、愛想良く頷いた。
「ご活躍は色々と伺っています。今夜はお手数かけてすいませんでした。我々はここで失礼いたします」
絡ませた腕を少しだけ引き寄せられた気がした。それじゃあと、わたしも園田さんにお礼を言う。
「どう致しまして……。よくお似合いだ。末永くお幸せに」
その言葉を残して園田さんは、意外にあっさりと夜の街に消えて行った。ほんの少し残念そうな顔してたけど、それはすぐに忘れることにした。
「ねえ」
「なんだ」
何事もなかったように、リカーショップの店内でお酒を選び始めた秀人さんにわたしは言った。
「どうしてあんなに大人の対応ができるの?」
「なんのことだ」
「だから、ほら……、ここでなにしてたのかとか聞かないの?」
「買い物に来たんだろ? あ、君が好きなモーゼルワインがあるぞ」
ワインのボトルを手にした横顔が、いっそうクール。本当に何も感じていないの?
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