クリスマスに咲くバラ

篠原怜

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8-最終回・後

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「返事は」

 そう言われても――。

「返事は? 亜美!」
 両腕をぐっとつかまれ、つま先立ちしそうなほど引き上げられる。

「わかったわよ……。結婚するわよ、あなたの……、貴大さんの嫁にしてください!」
「よし、決まりだ!」

 突然抱えあげられて、世界がくるっと回転した。再び地面に下ろされた時、亜美は息ができなくなるほど強く抱きしめられた。視界の端に、再び赤いバラが映る。貴大の母が、自ら手入れをして大切に育てているバラだ。バラも彼の母に応え、ギリギリまで咲き続けているのだろう。

 たった一人の誰かのために、こんなふうに健気に咲くのもいいかもしれない――。
 そんな思いがこみ上げてくる。

「あのバラ……」

 言いかけたが、その先は彼の唇にふさがれる。彼の鼻先も唇もあまりにも冷えていて、思わず亜美は両手で彼の頬を挟み込む。自分の手も彼の頬も冷え切っていたが、すぐに手の平に温もりがつたわってくる。そしてキスに浸った。

 愛してる。彼を愛してる。

 自分が傷つくのが怖くて、彼の気持ちに応えてあげられなかった。いつも自分中心に考えてきた。でも、もうやめる。彼を信じて、彼と一緒に生きて行く。

「今度こそ、ゴムなしだからな」

 ハンサムな顔に極上の笑みを浮かべて彼が笑う。吐く息は白く、寒さのせいでほんのりと頬が赤くなっている。それがまた、かわいらしい。

「それとも先に教会に行くか? 区役所は二十四時間、婚姻届を受け付けてくれるよな」

 亜美は両手を伸ばして彼の胸にすがりついた。

「区役所は明日にしない? 今は早く温まりたいから……」
「言ったな」

 笑いながら貴大は、亜美をお姫様抱っこして玄関に走った。



 翌日の昼過ぎ、亜美は貴大の運転で南青山のマンションに戻った。ゆうべは夜通し愛し合い、明け方近くになってから眠りについた。

 彼は、まさに獰猛だった。骨のずいまでしゃぶられた気分。目覚めた時、体中に痣やキスマークが散っていて、わが身が心配になったほど。そして、予告通り避妊はしてくれなかった。
 でも覚悟はできている。数時間以内に亜美は彼の妻になるのだから。気分は最高だった。

 車がマンションの駐車場に入ろうとした時、はす向かいのビルの駐車場に、一昨日会った老婦人の姿を見つける。それも一人ではない。中年の男女と高校生くらいの男の子と女の子が、二匹の犬と共に老女を囲んで抱擁を交わしている。

「とめて!」
 亜美の声に慌てて貴大はブレーキを踏んだ。

「あのひと、あのおばあちゃん……」
 車の窓ガラス越しに指さすと、貴大は頭をかがめるようにしてその方向を見やった。

「三枝のばあさんだな」
「三枝さん?」
「ああ。あのビルと、その道をつき当たったとこにある商業ビルのオーナーだ。ばあさんの死んだダンナというのが、この辺りじゃ有名な資産家だったらしいよ。お前知らなかったの?」
「知らないわ。てっきりひとり暮らしの寂しいおばあちゃんだと……」

 貴大はハンドルに手をかけたまま、亜美に向かって微笑んだ。

「うちの親父の話だと、ひとり息子が外国で暮らしてるらしいよ。クリスマスだから、家族を連れて帰国したんだろう」
「ひとり息子……。そうか、一緒にいるのが奥さんとお子さんたちね」

 まるで二人のやり取りが聞こえたかのように、三枝婦人が突然こちらを向いた。亜美が初めて見る、幸せそうな笑顔と共に。

「メリー・クリスマス」

 そんな婦人の言葉が聞こえた気がして、亜美は貴大に寄り添ったまま、自らも同じ言葉を呟いていた。



■エピローグ■



 やっぱりただの風邪だったと、ゆう子から電話があったのはクリスマスの翌日。その電話でゆう子は、亜美と貴大の電撃入籍を知らされる。
 おめでたいニュースはゆう子を経由して、あっという間に仲間うちに知れ渡る。

 年が明け、慌ただしく日々が過ぎ、二月十四日が訪れて。

 ゆう子は妊娠検査薬の陽性反応を確認し、去年のクリスマスパーティーでプロポーズを決行したカップルがめでたく入籍を果たし、それぞれが幸せなひと時を過ごしていた。

 一方、一月の末に挙式した亜美は「クリスマスベビー」を授かったせいで、楽しみにしていたハワイへのハネムーンを取りやめることとなる。

 代わりに夫・貴大は、妻を箱根の別荘へと連れ出した。
 つわりの始まった亜美だったが、優しい夫の気配りのおかげで、のんびりと、そしてロマンティックなバレンタインデーを迎えていた。


―終わり―




*本作品は2012年の2月にバレンタイン三部作? のような形でサイトでミニ連載をしていたもののうちの1作です。実際はもう少し登場人物がいるのですがまぎらわしいので、編集してしまいました。最後までお付き合いいただきありがとうございました。皆様も素敵なクリスマスを!
*篠原*
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