9 / 9
8-最終回・後
しおりを挟む
「返事は」
そう言われても――。
「返事は? 亜美!」
両腕をぐっとつかまれ、つま先立ちしそうなほど引き上げられる。
「わかったわよ……。結婚するわよ、あなたの……、貴大さんの嫁にしてください!」
「よし、決まりだ!」
突然抱えあげられて、世界がくるっと回転した。再び地面に下ろされた時、亜美は息ができなくなるほど強く抱きしめられた。視界の端に、再び赤いバラが映る。貴大の母が、自ら手入れをして大切に育てているバラだ。バラも彼の母に応え、ギリギリまで咲き続けているのだろう。
たった一人の誰かのために、こんなふうに健気に咲くのもいいかもしれない――。
そんな思いがこみ上げてくる。
「あのバラ……」
言いかけたが、その先は彼の唇にふさがれる。彼の鼻先も唇もあまりにも冷えていて、思わず亜美は両手で彼の頬を挟み込む。自分の手も彼の頬も冷え切っていたが、すぐに手の平に温もりがつたわってくる。そしてキスに浸った。
愛してる。彼を愛してる。
自分が傷つくのが怖くて、彼の気持ちに応えてあげられなかった。いつも自分中心に考えてきた。でも、もうやめる。彼を信じて、彼と一緒に生きて行く。
「今度こそ、ゴムなしだからな」
ハンサムな顔に極上の笑みを浮かべて彼が笑う。吐く息は白く、寒さのせいでほんのりと頬が赤くなっている。それがまた、かわいらしい。
「それとも先に教会に行くか? 区役所は二十四時間、婚姻届を受け付けてくれるよな」
亜美は両手を伸ばして彼の胸にすがりついた。
「区役所は明日にしない? 今は早く温まりたいから……」
「言ったな」
笑いながら貴大は、亜美をお姫様抱っこして玄関に走った。
翌日の昼過ぎ、亜美は貴大の運転で南青山のマンションに戻った。ゆうべは夜通し愛し合い、明け方近くになってから眠りについた。
彼は、まさに獰猛だった。骨のずいまでしゃぶられた気分。目覚めた時、体中に痣やキスマークが散っていて、わが身が心配になったほど。そして、予告通り避妊はしてくれなかった。
でも覚悟はできている。数時間以内に亜美は彼の妻になるのだから。気分は最高だった。
車がマンションの駐車場に入ろうとした時、はす向かいのビルの駐車場に、一昨日会った老婦人の姿を見つける。それも一人ではない。中年の男女と高校生くらいの男の子と女の子が、二匹の犬と共に老女を囲んで抱擁を交わしている。
「とめて!」
亜美の声に慌てて貴大はブレーキを踏んだ。
「あのひと、あのおばあちゃん……」
車の窓ガラス越しに指さすと、貴大は頭をかがめるようにしてその方向を見やった。
「三枝のばあさんだな」
「三枝さん?」
「ああ。あのビルと、その道をつき当たったとこにある商業ビルのオーナーだ。ばあさんの死んだダンナというのが、この辺りじゃ有名な資産家だったらしいよ。お前知らなかったの?」
「知らないわ。てっきりひとり暮らしの寂しいおばあちゃんだと……」
貴大はハンドルに手をかけたまま、亜美に向かって微笑んだ。
「うちの親父の話だと、ひとり息子が外国で暮らしてるらしいよ。クリスマスだから、家族を連れて帰国したんだろう」
「ひとり息子……。そうか、一緒にいるのが奥さんとお子さんたちね」
まるで二人のやり取りが聞こえたかのように、三枝婦人が突然こちらを向いた。亜美が初めて見る、幸せそうな笑顔と共に。
「メリー・クリスマス」
そんな婦人の言葉が聞こえた気がして、亜美は貴大に寄り添ったまま、自らも同じ言葉を呟いていた。
■エピローグ■
やっぱりただの風邪だったと、ゆう子から電話があったのはクリスマスの翌日。その電話でゆう子は、亜美と貴大の電撃入籍を知らされる。
おめでたいニュースはゆう子を経由して、あっという間に仲間うちに知れ渡る。
年が明け、慌ただしく日々が過ぎ、二月十四日が訪れて。
ゆう子は妊娠検査薬の陽性反応を確認し、去年のクリスマスパーティーでプロポーズを決行したカップルがめでたく入籍を果たし、それぞれが幸せなひと時を過ごしていた。
一方、一月の末に挙式した亜美は「クリスマスベビー」を授かったせいで、楽しみにしていたハワイへのハネムーンを取りやめることとなる。
代わりに夫・貴大は、妻を箱根の別荘へと連れ出した。
つわりの始まった亜美だったが、優しい夫の気配りのおかげで、のんびりと、そしてロマンティックなバレンタインデーを迎えていた。
―終わり―
*本作品は2012年の2月にバレンタイン三部作? のような形でサイトでミニ連載をしていたもののうちの1作です。実際はもう少し登場人物がいるのですがまぎらわしいので、編集してしまいました。最後までお付き合いいただきありがとうございました。皆様も素敵なクリスマスを!
*篠原*
そう言われても――。
「返事は? 亜美!」
両腕をぐっとつかまれ、つま先立ちしそうなほど引き上げられる。
「わかったわよ……。結婚するわよ、あなたの……、貴大さんの嫁にしてください!」
「よし、決まりだ!」
突然抱えあげられて、世界がくるっと回転した。再び地面に下ろされた時、亜美は息ができなくなるほど強く抱きしめられた。視界の端に、再び赤いバラが映る。貴大の母が、自ら手入れをして大切に育てているバラだ。バラも彼の母に応え、ギリギリまで咲き続けているのだろう。
たった一人の誰かのために、こんなふうに健気に咲くのもいいかもしれない――。
そんな思いがこみ上げてくる。
「あのバラ……」
言いかけたが、その先は彼の唇にふさがれる。彼の鼻先も唇もあまりにも冷えていて、思わず亜美は両手で彼の頬を挟み込む。自分の手も彼の頬も冷え切っていたが、すぐに手の平に温もりがつたわってくる。そしてキスに浸った。
愛してる。彼を愛してる。
自分が傷つくのが怖くて、彼の気持ちに応えてあげられなかった。いつも自分中心に考えてきた。でも、もうやめる。彼を信じて、彼と一緒に生きて行く。
「今度こそ、ゴムなしだからな」
ハンサムな顔に極上の笑みを浮かべて彼が笑う。吐く息は白く、寒さのせいでほんのりと頬が赤くなっている。それがまた、かわいらしい。
「それとも先に教会に行くか? 区役所は二十四時間、婚姻届を受け付けてくれるよな」
亜美は両手を伸ばして彼の胸にすがりついた。
「区役所は明日にしない? 今は早く温まりたいから……」
「言ったな」
笑いながら貴大は、亜美をお姫様抱っこして玄関に走った。
翌日の昼過ぎ、亜美は貴大の運転で南青山のマンションに戻った。ゆうべは夜通し愛し合い、明け方近くになってから眠りについた。
彼は、まさに獰猛だった。骨のずいまでしゃぶられた気分。目覚めた時、体中に痣やキスマークが散っていて、わが身が心配になったほど。そして、予告通り避妊はしてくれなかった。
でも覚悟はできている。数時間以内に亜美は彼の妻になるのだから。気分は最高だった。
車がマンションの駐車場に入ろうとした時、はす向かいのビルの駐車場に、一昨日会った老婦人の姿を見つける。それも一人ではない。中年の男女と高校生くらいの男の子と女の子が、二匹の犬と共に老女を囲んで抱擁を交わしている。
「とめて!」
亜美の声に慌てて貴大はブレーキを踏んだ。
「あのひと、あのおばあちゃん……」
車の窓ガラス越しに指さすと、貴大は頭をかがめるようにしてその方向を見やった。
「三枝のばあさんだな」
「三枝さん?」
「ああ。あのビルと、その道をつき当たったとこにある商業ビルのオーナーだ。ばあさんの死んだダンナというのが、この辺りじゃ有名な資産家だったらしいよ。お前知らなかったの?」
「知らないわ。てっきりひとり暮らしの寂しいおばあちゃんだと……」
貴大はハンドルに手をかけたまま、亜美に向かって微笑んだ。
「うちの親父の話だと、ひとり息子が外国で暮らしてるらしいよ。クリスマスだから、家族を連れて帰国したんだろう」
「ひとり息子……。そうか、一緒にいるのが奥さんとお子さんたちね」
まるで二人のやり取りが聞こえたかのように、三枝婦人が突然こちらを向いた。亜美が初めて見る、幸せそうな笑顔と共に。
「メリー・クリスマス」
そんな婦人の言葉が聞こえた気がして、亜美は貴大に寄り添ったまま、自らも同じ言葉を呟いていた。
■エピローグ■
やっぱりただの風邪だったと、ゆう子から電話があったのはクリスマスの翌日。その電話でゆう子は、亜美と貴大の電撃入籍を知らされる。
おめでたいニュースはゆう子を経由して、あっという間に仲間うちに知れ渡る。
年が明け、慌ただしく日々が過ぎ、二月十四日が訪れて。
ゆう子は妊娠検査薬の陽性反応を確認し、去年のクリスマスパーティーでプロポーズを決行したカップルがめでたく入籍を果たし、それぞれが幸せなひと時を過ごしていた。
一方、一月の末に挙式した亜美は「クリスマスベビー」を授かったせいで、楽しみにしていたハワイへのハネムーンを取りやめることとなる。
代わりに夫・貴大は、妻を箱根の別荘へと連れ出した。
つわりの始まった亜美だったが、優しい夫の気配りのおかげで、のんびりと、そしてロマンティックなバレンタインデーを迎えていた。
―終わり―
*本作品は2012年の2月にバレンタイン三部作? のような形でサイトでミニ連載をしていたもののうちの1作です。実際はもう少し登場人物がいるのですがまぎらわしいので、編集してしまいました。最後までお付き合いいただきありがとうございました。皆様も素敵なクリスマスを!
*篠原*
0
お気に入りに追加
51
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。


包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。
そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。
たった一つボタンを掛け違えてしまったために、
最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。
主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?
憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~
けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。
私は密かに先生に「憧れ」ていた。
でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。
そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。
久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。
まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。
しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて…
ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆…
様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。
『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』
「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。
気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて…
ねえ、この出会いに何か意味はあるの?
本当に…「奇跡」なの?
それとも…
晴月グループ
LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長
晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳
×
LUNA BLUホテル東京ベイ
ウエディングプランナー
優木 里桜(ゆうき りお) 25歳
うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる