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電話を切った貴大は、パーティー会場となるダイニングバーで料理と飲み物の内容を確認していた。
ホールでは自分と同じくらいの年頃のスタッフたちがツリーの飾り付けに精を出し、厨房ではコックたちが料理の仕込みに入っている。
クリスマスパーティーは、今夜6時から。
学生時代に父親の経営する店のひとつを借りて始めたのがきっかけで、いつの間にか、貴大の主催で毎年開催することが恒例となった。
集まるのは高校時代の剣道仲間が中心だ。同じ学校の部活仲間もいれば、試合で何度も対戦した他校のライバルも来る。もちろん大学時代のサークル仲間も何人か。
それぞれ恋人や友人を連れてくる。
三年前のパーティーでは罰ゲームという名目で、田村という男が恋人のゆう子にプロポーズして、ゆう子が泣きながらOKするというドラマのような盛り上がりをみせた。
田村は強豪高の主将を務めていた男で、中学時代から貴大とは良きライバル関係にあった。
実はあれは偶然ではなく、最初から田村がゲームに負けてプロポーズをするように仕組んだもの。愛していると、なかなかゆう子に切りだせずにいた田村のために、貴大がちょっとした演出を考えたというわけだ。
田村はそれに応えてゆう子にプロポーズし、ふたりは翌年の春にめでたく結婚した。
するとその年のクリスマスパーティーでも、田村を真似てプロポーズを決行する奴が現れる。この公開プロポーズは次の年にも行われ、今のところ全員がゴールインを果たすという流れをたどっている。
こうして貴大のパーティーでプロポーズをしたカップルは、幸せな結婚をするというジンクスが出来上がった。
今年もまた、ハッピーエンドを迎えるカップルが誕生するであろうことは想像がついていた。正直、うらやましいと思わなくもない。
まあ、いいさ。クリスマスだし、誰かが幸せになるならいいさ。
十二年かけて亜美を捕まえた。あと少しの辛抱くらい、貴大は平気だった。
■□■□
昼過ぎには会場の準備が一段落し、自宅に戻って着替えを済まると、タクシーで亜美を迎えに行った。
彼女は美しいブルーのドレスに着替えていた。カールして結いあげた髪のせいで、細いうなじと肩のラインがむき出しになっている。ふるいつきたくなるほど、綺麗だと思う。
「どう……かな?」
「最高だ。さすがは俺のフィアンセだ」
「……もう。貴大ったら」
はにかんだ彼女の左手の薬指に、自分が贈ったダイヤの婚約指輪が輝いているのを見て、貴大は優越感に満たされる。
この女は自分の物だと、誰も手出しはできないのだと周囲に知らしめる証。
昨夜のように裸の彼女を組み敷き、あられもない行為にふける相手は自分だけなのだ。
だから、無理に彼女に最後の決断を迫るつもりはなかった。自分には余裕があると、そう貴大は思っていた。
しかし一時間もすると、その余裕や優越感が陰りを見せ始める。
午後6時過ぎ。
赤坂のダイニングバーで始まったパーティーは、いつものように賑やかに進んで行った。
貴大は亜美と並んで、次々にやってくる友人たちを心から出迎える。
思ったとおり亜美の美しさは際立っていて、会場のあちこちで何度も記念撮影をせがまれ、そのたび快く応じていた。
ただ時間が経つにつれ、人前では笑顔を絶やさない亜美が、心からパーティーを楽しんでいないことに貴大は気づき始めた。
原因はおそらく、パーティーの直前にかかって来た田村ゆう子からの電話だろう。体調不良を理由に、ゆう子が出席を取りやめた。夫のほうも一緒にだ。
「ごめん、亜美さん。貴大さん」
欠席の連絡があったのは、ここへ来る途中のタクシーの中でだ。
亜美の携帯にかかってきた電話を、彼女は貴大に聞こえるようスピーカーフォンにしてくれた。携帯から洩れてくるゆう子の声ははじめ申し訳なさそうだったが、すぐに照れくさそうな様子に変わる。
「実はゆうべから微熱があって。といっても、たいしたことないのよ? でも食欲がなくて、体がだるいって言ったら彼が欠席しようって言いだして……」
妻を溺愛する夫にパーティの出席を禁じられたようだ。
「ざんねーん! ゆう子さんに会えるのを楽しみにしてたのに……」
欠席と聞いての亜美の第一声がこれだった。
「でもしようがない。きっと疲れたのよ。ほら年末だからみんな忙しいし……。今夜はゆっくり休んでね。元気になったら、お正月に会いましょう。あたしはずっとヒマだから」
「ありがとう、亜美さん。たぶん風邪だと思うの」
「うん。でも念のため、明日病院に行く方がいいと思うわ」
優しい言葉で亜美はゆう子を労わった。
おそらく、ゆう子の妊娠を想像したのだろう。結婚してもう三年。食欲がなくて体がだるいとくれば、貴大だって同じことを考えた。だが病院に行くよう勧めた亜美は冷静そのもだったのに、タクシーを降りる頃には冴えない表情を浮かべていた。
楽しみにしていたゆう子との再会が延期になり、残念なのだろう。
でもそれだけではない。
もっと違う何か、彼女の中で小さな葛藤が起こっているのではと……。
そう貴大は感じていた。
おいおい。
たった今、恒例となった公開プロポーズが行われている。
見守る亜美の顔はどこか寂し気で、胸の中に複雑な思いが交錯しているかのようだ。
パーティーが終われば、今夜は成城の自宅に亜美を連れていく。両親は不在で使用人も帰している。二人だけで昨夜の続きに励むつもりなのだが、ひょっとしたら、彼が思い描くようなイブの夜は来ないかもしれない。
けれど。
こうなったら、とことん話し合ってやる。
亜美の不満も不安もすべて吐き出させてやるさ!
貴大はタキシードの襟をびしっと正すと、場を盛り上げるために盛大な拍手をしながら、たった今結婚を誓い合ったカップルに歩み寄って行った。
ホールでは自分と同じくらいの年頃のスタッフたちがツリーの飾り付けに精を出し、厨房ではコックたちが料理の仕込みに入っている。
クリスマスパーティーは、今夜6時から。
学生時代に父親の経営する店のひとつを借りて始めたのがきっかけで、いつの間にか、貴大の主催で毎年開催することが恒例となった。
集まるのは高校時代の剣道仲間が中心だ。同じ学校の部活仲間もいれば、試合で何度も対戦した他校のライバルも来る。もちろん大学時代のサークル仲間も何人か。
それぞれ恋人や友人を連れてくる。
三年前のパーティーでは罰ゲームという名目で、田村という男が恋人のゆう子にプロポーズして、ゆう子が泣きながらOKするというドラマのような盛り上がりをみせた。
田村は強豪高の主将を務めていた男で、中学時代から貴大とは良きライバル関係にあった。
実はあれは偶然ではなく、最初から田村がゲームに負けてプロポーズをするように仕組んだもの。愛していると、なかなかゆう子に切りだせずにいた田村のために、貴大がちょっとした演出を考えたというわけだ。
田村はそれに応えてゆう子にプロポーズし、ふたりは翌年の春にめでたく結婚した。
するとその年のクリスマスパーティーでも、田村を真似てプロポーズを決行する奴が現れる。この公開プロポーズは次の年にも行われ、今のところ全員がゴールインを果たすという流れをたどっている。
こうして貴大のパーティーでプロポーズをしたカップルは、幸せな結婚をするというジンクスが出来上がった。
今年もまた、ハッピーエンドを迎えるカップルが誕生するであろうことは想像がついていた。正直、うらやましいと思わなくもない。
まあ、いいさ。クリスマスだし、誰かが幸せになるならいいさ。
十二年かけて亜美を捕まえた。あと少しの辛抱くらい、貴大は平気だった。
■□■□
昼過ぎには会場の準備が一段落し、自宅に戻って着替えを済まると、タクシーで亜美を迎えに行った。
彼女は美しいブルーのドレスに着替えていた。カールして結いあげた髪のせいで、細いうなじと肩のラインがむき出しになっている。ふるいつきたくなるほど、綺麗だと思う。
「どう……かな?」
「最高だ。さすがは俺のフィアンセだ」
「……もう。貴大ったら」
はにかんだ彼女の左手の薬指に、自分が贈ったダイヤの婚約指輪が輝いているのを見て、貴大は優越感に満たされる。
この女は自分の物だと、誰も手出しはできないのだと周囲に知らしめる証。
昨夜のように裸の彼女を組み敷き、あられもない行為にふける相手は自分だけなのだ。
だから、無理に彼女に最後の決断を迫るつもりはなかった。自分には余裕があると、そう貴大は思っていた。
しかし一時間もすると、その余裕や優越感が陰りを見せ始める。
午後6時過ぎ。
赤坂のダイニングバーで始まったパーティーは、いつものように賑やかに進んで行った。
貴大は亜美と並んで、次々にやってくる友人たちを心から出迎える。
思ったとおり亜美の美しさは際立っていて、会場のあちこちで何度も記念撮影をせがまれ、そのたび快く応じていた。
ただ時間が経つにつれ、人前では笑顔を絶やさない亜美が、心からパーティーを楽しんでいないことに貴大は気づき始めた。
原因はおそらく、パーティーの直前にかかって来た田村ゆう子からの電話だろう。体調不良を理由に、ゆう子が出席を取りやめた。夫のほうも一緒にだ。
「ごめん、亜美さん。貴大さん」
欠席の連絡があったのは、ここへ来る途中のタクシーの中でだ。
亜美の携帯にかかってきた電話を、彼女は貴大に聞こえるようスピーカーフォンにしてくれた。携帯から洩れてくるゆう子の声ははじめ申し訳なさそうだったが、すぐに照れくさそうな様子に変わる。
「実はゆうべから微熱があって。といっても、たいしたことないのよ? でも食欲がなくて、体がだるいって言ったら彼が欠席しようって言いだして……」
妻を溺愛する夫にパーティの出席を禁じられたようだ。
「ざんねーん! ゆう子さんに会えるのを楽しみにしてたのに……」
欠席と聞いての亜美の第一声がこれだった。
「でもしようがない。きっと疲れたのよ。ほら年末だからみんな忙しいし……。今夜はゆっくり休んでね。元気になったら、お正月に会いましょう。あたしはずっとヒマだから」
「ありがとう、亜美さん。たぶん風邪だと思うの」
「うん。でも念のため、明日病院に行く方がいいと思うわ」
優しい言葉で亜美はゆう子を労わった。
おそらく、ゆう子の妊娠を想像したのだろう。結婚してもう三年。食欲がなくて体がだるいとくれば、貴大だって同じことを考えた。だが病院に行くよう勧めた亜美は冷静そのもだったのに、タクシーを降りる頃には冴えない表情を浮かべていた。
楽しみにしていたゆう子との再会が延期になり、残念なのだろう。
でもそれだけではない。
もっと違う何か、彼女の中で小さな葛藤が起こっているのではと……。
そう貴大は感じていた。
おいおい。
たった今、恒例となった公開プロポーズが行われている。
見守る亜美の顔はどこか寂し気で、胸の中に複雑な思いが交錯しているかのようだ。
パーティーが終われば、今夜は成城の自宅に亜美を連れていく。両親は不在で使用人も帰している。二人だけで昨夜の続きに励むつもりなのだが、ひょっとしたら、彼が思い描くようなイブの夜は来ないかもしれない。
けれど。
こうなったら、とことん話し合ってやる。
亜美の不満も不安もすべて吐き出させてやるさ!
貴大はタキシードの襟をびしっと正すと、場を盛り上げるために盛大な拍手をしながら、たった今結婚を誓い合ったカップルに歩み寄って行った。
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