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亜美が貴大と出会ったのは、彼女が高校三年生の時。
貴大は経済力のある家庭でなければ通えないことで知られた、私立高校の一年生だった。亜美はすでにモデルの仕事を始めていて、同世代の間ではそこそこ名前を知られるようになっていた。
その亜美を、貴大は堂々とナンパしに来たのだ。
普段ならその手の誘いには応じないのだが、リッチな高校の制服を着て、校門の外で自分を待ち伏せしていた男の子を見た瞬間、離れて暮らす弟の彬(あきら)を思い出してしまった。
両親は、中学二年生の時に離婚していた。ふたりの子どもの親権をめぐり親たちは争い、結果、亜美は母親と。当時小学六年生だった彬は父親と暮らすことで合意する。
離婚が成立すると父は彬を連れて関西に移り、やがてその地で再婚した。
離婚の原因は、父の浮気だったのだ。
以来亜美は、父と弟に会えなくなる。不実な父がどうなろうとかまわないが、弟のことは気がかりだった。母も同じ気持ちであることはわかっていた。
貴大は、どこか彬に似ていた。
歳も同じだし、笑うと急にあどけなくなる顔立ちや、ひょろっと背が高いところなどが、別れたきりの弟を思い出させた。それで無下に追い払えなかった。
出会った日には携帯の番号を交換し、気がつくと、毎日のように電話をかけるような関係になっていた。
彼は亜美の愚痴を聞いてくれ、落ち込んだ時は励まし、たくさん元気を注入してくれた。
彼と、今は再婚して横浜に住む母には、どれだけ感謝しても足りないと思っている。
そんな貴大ではあるが、毎日がラブラブだったわけでもない。親密度が増すにつれ、お互い気が強くてわがままなせいかケンカも増えた。
初めのうちはすぐに仲直りしていたが、ある時、致命的な大ゲンカをした。ケンカの理由がなんだったかは忘れてしまったが、怒った貴大は大学を休学し、亜美に黙ってアメリカに留学してしまう。
彼が二十一歳の時のこと。そのまま二年間、音信不通となる。
彼に捨てられたと思った亜美は、ショックでしばらく荒れ狂い、やがて途方にくれた。仕事に没頭し、他の男性とデートしたが心の虚しさは埋められなかった。
情緒不安定にいっそう拍車がかかったとき、ふらりと貴大が帰って来た。二年ぶりに彼の顔を見たとたん、亜美は彼の胸に飛び込んで泣いたのを覚えている。
それからの二人は、いっそう強い絆で結ばれた。
まあ、相変わらず些細なケンカはするのだが。
東京駅には定刻に着き、亜美は迎えに来てくれた西条家のお抱え運転手に、南青山のマンションまで送ってもらった。
貴大の実家は成城にあり、父親は関東一円で料亭やカジュアルレストランを経営している。貴大は父の仕事を手伝い、両親は亜美を可愛がってくれていた。
マンションに着くと、部屋まで荷物を運んでくれた運転手に礼を言ってねぎらい、ロビーまで見送った。周辺のビルのいくつかはクリスマスイルミネーションに輝いていて、亜美はエントランスの外に出てしばらく青白い光のきらめきを眺めた。
年が明けたら、もっと家賃の安い部屋に引っ越そう。
蓄えは十分にあるが、ぜいたくは禁物だ。貴大も彼の両親も、成城の家に来いと言ってくれるが、まだ結婚したわけでもないのに、そこまで面倒を見てもらうのは申し訳ない。
そんなことを考えていた時、ポーチの先の石段に腰を下ろす老婦人に気付いた。
時々、マンションの前で見かける七十過ぎと思われる女性で、いつもリードにつないだ柴犬とパグを連れている。
こげ茶色のストールと同色の帽子に身を包んだ女性は、二匹の犬を従え、イルミネーションの輝く方向を見つめていた。
近くに住む独居老人だと亜美は思った。クリスマスだと言うのに、一緒に過ごすのは飼い犬だけという寂しいおばあちゃん。身なりは質素だから、年金でぎりぎりの生活を送っているのかもしれない。
そうよ、家族なんて。結婚なんて。
心の中で亜美は、その女性を夫や子どもたちに捨てられた、孤独な老女にしたてあげた。幸せな結婚をしても、それが永遠に続く保証はない。彼女のように。自分の両親のように。
老婦人がいきなり振り返ったので、亜美は慌てて会釈した。婦人は怪訝そうに亜美の顔を見つめていたが、やがて素っ気なくお辞儀を返すと、犬を連れて立ち去った。
貴大は経済力のある家庭でなければ通えないことで知られた、私立高校の一年生だった。亜美はすでにモデルの仕事を始めていて、同世代の間ではそこそこ名前を知られるようになっていた。
その亜美を、貴大は堂々とナンパしに来たのだ。
普段ならその手の誘いには応じないのだが、リッチな高校の制服を着て、校門の外で自分を待ち伏せしていた男の子を見た瞬間、離れて暮らす弟の彬(あきら)を思い出してしまった。
両親は、中学二年生の時に離婚していた。ふたりの子どもの親権をめぐり親たちは争い、結果、亜美は母親と。当時小学六年生だった彬は父親と暮らすことで合意する。
離婚が成立すると父は彬を連れて関西に移り、やがてその地で再婚した。
離婚の原因は、父の浮気だったのだ。
以来亜美は、父と弟に会えなくなる。不実な父がどうなろうとかまわないが、弟のことは気がかりだった。母も同じ気持ちであることはわかっていた。
貴大は、どこか彬に似ていた。
歳も同じだし、笑うと急にあどけなくなる顔立ちや、ひょろっと背が高いところなどが、別れたきりの弟を思い出させた。それで無下に追い払えなかった。
出会った日には携帯の番号を交換し、気がつくと、毎日のように電話をかけるような関係になっていた。
彼は亜美の愚痴を聞いてくれ、落ち込んだ時は励まし、たくさん元気を注入してくれた。
彼と、今は再婚して横浜に住む母には、どれだけ感謝しても足りないと思っている。
そんな貴大ではあるが、毎日がラブラブだったわけでもない。親密度が増すにつれ、お互い気が強くてわがままなせいかケンカも増えた。
初めのうちはすぐに仲直りしていたが、ある時、致命的な大ゲンカをした。ケンカの理由がなんだったかは忘れてしまったが、怒った貴大は大学を休学し、亜美に黙ってアメリカに留学してしまう。
彼が二十一歳の時のこと。そのまま二年間、音信不通となる。
彼に捨てられたと思った亜美は、ショックでしばらく荒れ狂い、やがて途方にくれた。仕事に没頭し、他の男性とデートしたが心の虚しさは埋められなかった。
情緒不安定にいっそう拍車がかかったとき、ふらりと貴大が帰って来た。二年ぶりに彼の顔を見たとたん、亜美は彼の胸に飛び込んで泣いたのを覚えている。
それからの二人は、いっそう強い絆で結ばれた。
まあ、相変わらず些細なケンカはするのだが。
東京駅には定刻に着き、亜美は迎えに来てくれた西条家のお抱え運転手に、南青山のマンションまで送ってもらった。
貴大の実家は成城にあり、父親は関東一円で料亭やカジュアルレストランを経営している。貴大は父の仕事を手伝い、両親は亜美を可愛がってくれていた。
マンションに着くと、部屋まで荷物を運んでくれた運転手に礼を言ってねぎらい、ロビーまで見送った。周辺のビルのいくつかはクリスマスイルミネーションに輝いていて、亜美はエントランスの外に出てしばらく青白い光のきらめきを眺めた。
年が明けたら、もっと家賃の安い部屋に引っ越そう。
蓄えは十分にあるが、ぜいたくは禁物だ。貴大も彼の両親も、成城の家に来いと言ってくれるが、まだ結婚したわけでもないのに、そこまで面倒を見てもらうのは申し訳ない。
そんなことを考えていた時、ポーチの先の石段に腰を下ろす老婦人に気付いた。
時々、マンションの前で見かける七十過ぎと思われる女性で、いつもリードにつないだ柴犬とパグを連れている。
こげ茶色のストールと同色の帽子に身を包んだ女性は、二匹の犬を従え、イルミネーションの輝く方向を見つめていた。
近くに住む独居老人だと亜美は思った。クリスマスだと言うのに、一緒に過ごすのは飼い犬だけという寂しいおばあちゃん。身なりは質素だから、年金でぎりぎりの生活を送っているのかもしれない。
そうよ、家族なんて。結婚なんて。
心の中で亜美は、その女性を夫や子どもたちに捨てられた、孤独な老女にしたてあげた。幸せな結婚をしても、それが永遠に続く保証はない。彼女のように。自分の両親のように。
老婦人がいきなり振り返ったので、亜美は慌てて会釈した。婦人は怪訝そうに亜美の顔を見つめていたが、やがて素っ気なくお辞儀を返すと、犬を連れて立ち去った。
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