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2章-千秋
千秋ー3
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「やめて、脇田さん……!」
――初めての時をこんな形で迎えたくない!
そんな千秋の願いは聞き入れられなかった。蓮は千秋を抱えるようにして階段を上ると、突き当たりの部屋のドアを開けた。室内は暗かったが、かすかにエアコンの運転音が響き、ひんやりとしていた。明りがついた途端千秋の目に、大きなダブルベッドが飛び込んでくる。そのまま放り投げられるように、ベッドの上に押し倒された。
再び唇が重ねられ、激しくて長い口づけが繰り返される。セックスはおろかキスの経験も無い千秋は、それだけでもう、全神経が絶対服従し、逆らう気力も無くしてしまった。
「あんな男にみすみす奪われるわけにはいかないんだ」
人が変わったような蓮の言葉をぼんやりと聞く。
「どう思われようと構わない。あなたは俺のものだ。それがわからないなら、わからせるしかない」
服が引き裂かれ、素肌がむき出しになる。だが蓮の手が肌をたどる感覚に千秋は身震いし、かつて経験したことの無いような甘い疼きを感じ始めた。抵抗することを諦めてしまった自分の身体が、意思とは裏腹に蓮の唇と指の動きに反応しているのだ。
――これがわたし? わたしの声?
無意識に漏れてしまった艶めいた喘ぎ声に、自分でも愕然とする。
「力を抜いて。少し痛むから」
千秋にとっては気が遠くなるほど長かった愛撫が終わり、蓮が耳元に囁いた。ベッドがきしみ彼が覆いかぶさってくる。やがて千秋は引き裂かれるような痛みに絶叫した。
気づくと裸の背中が目の前にある。
「……ええ、今夜は私のところにお泊めします。一晩休めば疲れも取れるでしょう」
背を向けてベッドの端に座り、携帯電話を耳にあてながら彼はそんな言葉を口にしていた。たぶん両親と話しているのだろう。無理やりこんなことをしておきながら、外泊の理由はわたしの体調不良にするつもり?
怒りと涙がこみ上げてきた。でも身体が痛くて動けないし、怒りをぶつける言葉も出てこない。それに心はあんなに傷ついたはずなのに、蓮に触れられた時に感じた、身体の芯が溶け出すようなあの感覚が、まだ余韻となって残っている。
これを快感というのだろうか――。
頭ではあんなに怖くて嫌だったはずなのに、自分の中の女の部分が蓮に応えていた。
そんな自分が汚らわしく思えてくる。
唇をかんで涙がこぼれるのを我慢した。蓮が振り返る。肉体美……、と賞賛するほど鍛え上げられてはいないが、無駄な贅肉のない、引き締まった背中の筋肉が動く。彼は千秋を優しく抱き上げ、部屋に隣接したバスルームに連れて行ってくれた。バスタブには湯が張られ、バスルームは甘い香りに包まれていた。
「熱いお湯につかるといい。気分も良くなるよ」
その表情からは何も読み取れない。優しいのか強引なのか、千秋にはわからなかった。
■□■□
「こっちはいつまででも構わないわよ。千秋がいる間はわたしが千秋のバトラーだから、なんでも我がまま言って」
美緒は笑顔でそう言った。ようやく泣き止んだ自分を励まそうとしてくれているようだった。千秋は頷いて、てきぱきと片付をする美緒の姿を目で追った。
箱根に泊まってから数日後、千秋は衝動的に家を飛び出し、美緒のいる葉浦マリンホテルに来ていた。恋人の秀人がアメリカに旅立って意気消沈しているはずの美緒に会い、蓮が自分にした事を打ち明けて、お互いの胸の痛みを分かち合おうと思ったのだ。
だが来てみると、美緒は元気に仕事をしていた。
千秋は少なからずがっかりし、寂しさを跳ね除けて気丈に振舞う幼なじみを羨ましく思った。
それでも久しぶりに会う美緒を前にして、箱根での出来事をすべて話す。誰かに聞いてもらわずにはいられなかった。翌日蓮はもう一度千秋を抱き、東京に戻ってからは自分のマンションに彼女を連れて行って、身体を重ねあった。
「……箱根に行ってからまだ十日も経ってないのに、わたしはもう、何度も彼に抱かれてる。今じゃもう、抱かれるのは嫌じゃないの」
この感情をどうしていいか、千秋にはわからなかったのだ。
蓮を好きになりかけていたことに気づいていた。でもだからといって、あんなことをするなんて絶対に許せない。それに自分に対する蓮の気持ちのどこかには、陰山家の令嬢を手に入れるという野望があったに違いない。愛されていると感じていたのは幻影で、彼が欲していたのは陰山の家の地位と資産なのかもしれない。
美緒は千秋の話を最後まで聞いてくれて、肩を抱き、好きなだけ泣かせてくれた。そして気持ちの整理がつくまで、このスイートに滞在していいと言ってくれたのだ。
「脇田さんが来てるわ」
翌日の夕方、スイートに駆け込んで来た美緒からそんな言葉を聞く。彼なら来るだろう。千秋は予感していた。そして箱根の時のように無理やり車に乗せて、東京へ連れ帰るつもりなのだ。
辛い運命を受け入れて、それでもなお前を向いて歩いていく美緒の生き方に憧れた。父を失くしてから、美緒は強くなったと思う。その強さを自分も身に着けなくては。
そうは思うのだが、千秋は自分の胸に去来する様々な感情をどうコントロールしたらいいかわからずにいた。
――初めての時をこんな形で迎えたくない!
そんな千秋の願いは聞き入れられなかった。蓮は千秋を抱えるようにして階段を上ると、突き当たりの部屋のドアを開けた。室内は暗かったが、かすかにエアコンの運転音が響き、ひんやりとしていた。明りがついた途端千秋の目に、大きなダブルベッドが飛び込んでくる。そのまま放り投げられるように、ベッドの上に押し倒された。
再び唇が重ねられ、激しくて長い口づけが繰り返される。セックスはおろかキスの経験も無い千秋は、それだけでもう、全神経が絶対服従し、逆らう気力も無くしてしまった。
「あんな男にみすみす奪われるわけにはいかないんだ」
人が変わったような蓮の言葉をぼんやりと聞く。
「どう思われようと構わない。あなたは俺のものだ。それがわからないなら、わからせるしかない」
服が引き裂かれ、素肌がむき出しになる。だが蓮の手が肌をたどる感覚に千秋は身震いし、かつて経験したことの無いような甘い疼きを感じ始めた。抵抗することを諦めてしまった自分の身体が、意思とは裏腹に蓮の唇と指の動きに反応しているのだ。
――これがわたし? わたしの声?
無意識に漏れてしまった艶めいた喘ぎ声に、自分でも愕然とする。
「力を抜いて。少し痛むから」
千秋にとっては気が遠くなるほど長かった愛撫が終わり、蓮が耳元に囁いた。ベッドがきしみ彼が覆いかぶさってくる。やがて千秋は引き裂かれるような痛みに絶叫した。
気づくと裸の背中が目の前にある。
「……ええ、今夜は私のところにお泊めします。一晩休めば疲れも取れるでしょう」
背を向けてベッドの端に座り、携帯電話を耳にあてながら彼はそんな言葉を口にしていた。たぶん両親と話しているのだろう。無理やりこんなことをしておきながら、外泊の理由はわたしの体調不良にするつもり?
怒りと涙がこみ上げてきた。でも身体が痛くて動けないし、怒りをぶつける言葉も出てこない。それに心はあんなに傷ついたはずなのに、蓮に触れられた時に感じた、身体の芯が溶け出すようなあの感覚が、まだ余韻となって残っている。
これを快感というのだろうか――。
頭ではあんなに怖くて嫌だったはずなのに、自分の中の女の部分が蓮に応えていた。
そんな自分が汚らわしく思えてくる。
唇をかんで涙がこぼれるのを我慢した。蓮が振り返る。肉体美……、と賞賛するほど鍛え上げられてはいないが、無駄な贅肉のない、引き締まった背中の筋肉が動く。彼は千秋を優しく抱き上げ、部屋に隣接したバスルームに連れて行ってくれた。バスタブには湯が張られ、バスルームは甘い香りに包まれていた。
「熱いお湯につかるといい。気分も良くなるよ」
その表情からは何も読み取れない。優しいのか強引なのか、千秋にはわからなかった。
■□■□
「こっちはいつまででも構わないわよ。千秋がいる間はわたしが千秋のバトラーだから、なんでも我がまま言って」
美緒は笑顔でそう言った。ようやく泣き止んだ自分を励まそうとしてくれているようだった。千秋は頷いて、てきぱきと片付をする美緒の姿を目で追った。
箱根に泊まってから数日後、千秋は衝動的に家を飛び出し、美緒のいる葉浦マリンホテルに来ていた。恋人の秀人がアメリカに旅立って意気消沈しているはずの美緒に会い、蓮が自分にした事を打ち明けて、お互いの胸の痛みを分かち合おうと思ったのだ。
だが来てみると、美緒は元気に仕事をしていた。
千秋は少なからずがっかりし、寂しさを跳ね除けて気丈に振舞う幼なじみを羨ましく思った。
それでも久しぶりに会う美緒を前にして、箱根での出来事をすべて話す。誰かに聞いてもらわずにはいられなかった。翌日蓮はもう一度千秋を抱き、東京に戻ってからは自分のマンションに彼女を連れて行って、身体を重ねあった。
「……箱根に行ってからまだ十日も経ってないのに、わたしはもう、何度も彼に抱かれてる。今じゃもう、抱かれるのは嫌じゃないの」
この感情をどうしていいか、千秋にはわからなかったのだ。
蓮を好きになりかけていたことに気づいていた。でもだからといって、あんなことをするなんて絶対に許せない。それに自分に対する蓮の気持ちのどこかには、陰山家の令嬢を手に入れるという野望があったに違いない。愛されていると感じていたのは幻影で、彼が欲していたのは陰山の家の地位と資産なのかもしれない。
美緒は千秋の話を最後まで聞いてくれて、肩を抱き、好きなだけ泣かせてくれた。そして気持ちの整理がつくまで、このスイートに滞在していいと言ってくれたのだ。
「脇田さんが来てるわ」
翌日の夕方、スイートに駆け込んで来た美緒からそんな言葉を聞く。彼なら来るだろう。千秋は予感していた。そして箱根の時のように無理やり車に乗せて、東京へ連れ帰るつもりなのだ。
辛い運命を受け入れて、それでもなお前を向いて歩いていく美緒の生き方に憧れた。父を失くしてから、美緒は強くなったと思う。その強さを自分も身に着けなくては。
そうは思うのだが、千秋は自分の胸に去来する様々な感情をどうコントロールしたらいいかわからずにいた。
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