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ナイトプールでナンパしてきた男と恋人になったら体の相性が良すぎて日常生活に支障をきたして困っている話

6話

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 パチパチとキーボードを打つ小さな音が狭いワンルームのアパートにやたら大きく響く。
 久しぶりに帰った小さな自宅は優しく静かに海斗を受け入れてくれた。
 でもケータの気配が一切ないこの部屋はとても落ち着かなく思えた。
 早く帰ろう。
 時刻はもうすぐお伽噺では魔法が終わる時間。
 どんなに遅くなっても帰りたい。
 顔が見たい。
 今夜はもう遅いから、彼の寝顔だけ見たら起こさないようにリビングのソファで寝よう。
 そして明日朝ご飯を食べながら、きちんとこの先のことを逃げずに話し合おう。
『これを書き終えたら彼の家に帰る』
 そう思うと不思議なほど早くレポートの作業は進み、日付が変わる前に海斗はデータを教授のアドレスに送信することができた。
「よし。これでおしまい」
 海斗はノートパソコンの電源を落とすとトートバッグに仕舞った。
 バッグを肩にかけ、小さな玄関で履き慣れたスニーカーに足を突っ込んだ。
 ポケットからお気に入りのキャラクターのキーホルダーが付いた鍵を取り出す。
 このアパートの鍵とケータの自宅の鍵の二つが付いていた。
 海斗は施錠すると、アパートの階段を降り建物の外に駆け足で出た。
 ギリギリ終電に間に合う時間だ。
 急いで地下鉄の駅に向かおうと顔を上げると。
「え……」
 アパートの前に停められていた車に海斗の目が奪われた。
 彼のマネージャーが運転する移動車ではなく、スクエアなフォルムのオフロード車。
 海斗が固まっていると、ドアが開き車の持ち主が降りてきた。
「こんな夜中にどこ行くの?」
 夜の闇の中でも明るいブロンド。
 美しい顔に貼り付いたような笑顔。
 楽しくて笑っているときの笑顔とは違う。
 それはあまり長くない付き合いの中でもよく分かった。
 彼の長い足ではあっという間に二人の間にある距離は縮まった。
「えっと……帰ろうと思って……」
「帰るって?」
「ケータのお家だけど……ダメだった?」
 ケータの声が鋭かったので海斗は恐る恐る答えた。
 すると。
「はぁぁぁぁぁ」
 地の底から響いてきたのかと思うほどの大きなため息を吐いてケータはその場にしゃがみ込んだ。
「よかったぁ……」
「何が?」
 ケータの行動は謎でいっぱいだ。
 何が『よかった』のかも分からないし、そもそもこのアパートの場所なんて教えたこともないのに何でいるのかも分からないし。
 海斗の頭の中は謎でいっぱいだ。
「俺んちに『帰る』って言ってくれて嬉しい……」
 そう言ってしゃがみ込んだケータは海斗の腕を掴んだ。
「え……」
「もう帰ってきたくないのかと思ったから」
「……心配しないでって言ったじゃん……」
「だってうみ、スマホも電源落としてるし……うみが勉強したいのを邪魔したから嫌われたのかと思った」
 こんな殊勝な彼の姿を見て、海斗の胸はどきりと脈打った。
「そんな……ケータのこと嫌いになんてなれるわけない……」
「ほんと? よかった……うみ……」
 しゃがみ込んだケータの前に海斗も思わずしゃがみ込んで目線を合わせて言うと、その長い腕の中に抱き込まれた。
「……っうぁっ」 
 ケータがあまりに強く抱きしめるので、海斗は声を漏らした。
 だが、そんなことには構わずケータは続けた。
「ほんと、よかった……ここからうみの部屋ずーっと見ててさ、部屋の電気が消えてもうみが部屋から出てきてくれなかったらさ、もードア壊して部屋に侵入しないといけないかと思ってた……」
「え……っ? ドア壊して? え? 冗談だよね?」
 あまりに突拍子もないことを言うので海斗はケータの腕の中で目を白黒させた。
「こんな状況で冗談なんか俺は言わないけど。うみ、ごめんね。俺うみのことデロデロのぐちょぐちょにして、俺しかいない世界で溺れさせたかった……」
「ひ……っ……」
 低い声が昏さを帯びていて、海斗は思わず引き攣った声を上げた。
「そんなに引かないでよ。でもさ、うみがレポートやるからアパート帰るってスマホの電源落としたじゃん。そんとき何でだよ、なんで俺だけの世界に溺れてくんないんだよ! って悲しかったけど、でもそんなうみのこともっともっと好きだなとも思った」
「ケータ……」
 ケータの言っていることはなんか怖いけれど、顔を見ると拗ねた子供のような表情で、海斗の胸の奥がぎゅっと締め付けられるようだった。
「それで、俺さ思い出したんだ。うみがプールで綺麗に泳いでいるのを見たときのこと」
「初めて会ったとき……?」
 海斗が呟くように尋ねると、ケータは頷いた。
「そう。すごく静かな見た目をしているのに、周りなんか気にしないで綺麗に泳ぐ姿がすごく靭やかで強く見えた。それでいて話すとふにゃふにゃで。でもふにゃふにゃなのに、曲がんない。そういうとこ、たまんない……俺に溺れてくれそうで溺れきってくんないとこたまんない。めっちゃ好き……」
 ブルーグレーの瞳から海斗は目が離せなかった。
「ケータがそう言ってくれるほどじゃないよ。俺結構溺れてたでしょ……」
「まぁ、俺が本気でそうしようとしてたしね」
 くくっとケータが笑った。
「ケータが俺より好きになる人が現れたらどうすんの。俺ケータに溺れきってたら悲惨じゃん」
「そんなことには絶対ならない」
 ケータのブルーグレーが強い光を帯びる。
「絶対、なんて俺達まだ出会って短いし言い切れないよ。そんな人が現れなかったとしても、人生どんなことがあるかわからないし、何かあったとき助けてくれるのは自分の能力だから、ちゃんと頑張りたい。ちゃんと自分で立てる人になりたいんだ……ケータとも一緒にいたいけれど、だからこそ勉強もちゃんとしたい」
 海斗はとうとう言いたいことを言えた。
 するとケータはぐ……っと呻いた。
「うみは俺には溺れきってくんないくせに、俺のことはずぶずぶにうみに溺れさせんの、ずるい……」
「ええっ! そんなつもりじゃ……んっ……」
 ケータの言いように驚いて顔を上げると唇を塞がれた。
 ふに……と柔らかく優しく重なる。
 それから、柔らかく唇を触れさせたままケータは言った。
「翌日一限の日は我慢する。レポート頑張ってるときはうみがいいって言うまで触らないし煽らない。それ以外は今までどおりいっぱいイチャイチャする。これでいい?」
「ケータ……っ」
 今度は海斗の方からケータの唇にキスをした。
「あぁ……くそっ……結局惚れた方が負けってやつ?」
「ええっ? 俺の方が惚れてると思うけど?」
 海斗が言うとケータは心臓の上のあたりをぎゅっと抑えた。
「あー……もう、そういうとこ……」
 溜息混じりにケータは言うと、海斗の手をぐっと引いた。
「じゃあもう遅いし帰ろっか」
 こつん、とケータが海斗の額に軽く額をぶつけて微笑んだ。
「うん」
「明日は三限からだよね?」
「うん、そうだね」
「じゃあ、今夜はえっちしてもいい?」
 掴みどころのない魅力的な表情で美しい男は言った。
「うん。俺もケータとえっちしたい」
 海斗がふわりと笑って応えると、ケータはうわぁぁと美しいブロンドを掻き毟った。
「くっそ。覚えとけよ、海斗。他の男に相談してアドバイスもらったことは許してないんだからな」
 時折見せる獰猛な瞳でケータは海斗を見た。
「ええっ……何で知ってるの?!」
 ベッドで見せる獰猛な色に思わず後退ったが、海斗は簡単に捕まってケータの車の中に押し込められたのであった。

おわり♡
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