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 俺は彼のためにバイトを増やして、すごく忙しくなったけれど、夜遅くまで曲作りの作業をする彼の背中を見るのは、アルバイトで疲れ果てた体に何よりの癒しになった。
 彼は作曲やボイストレーニングの合間に、節約料理を作ってくれたし、夏はエアコンのない部屋で汗にまみれながらセックスをするのも、寒い冬の部屋で暖をとるために抱き合うのも、たまらなく幸せだった。
「俺の曲がもし売れたら、アオイさんにいっぱい恩返ししますね。ここも好きだけど、もっとセキュリティがしっかりして、バスタブが広い部屋に引っ越しましょうね」
 俺が彼を支えるために懸命にアルバイトする姿を見て、よくそんなことを言ってくれた。
 優しい彼は、本当にそうしてくれるつもりなのかもしれないけれど、もし彼の曲が売れるようなことがあれば、身を引くべきだと俺はちゃんとわかっていた。
 こんなにも幸せな気持ちを沢山くれた彼が売れて、俺が彼のために出来ることが何もなくなったら、今度は彼の幸せを願わなくちゃいけないよね。
 俺はそう思いながらも、目の前にある甘い蜜にどっぷりと溺れた。

 そんな生活が一年も続いた頃。
「Lily of the valley ?」
 動画サイトに上げた彼の新曲を、ベッドに転がって聴こうとしたとき、俺はふと彼に曲名について尋ねた。
「すずらんのことだよ」
 彼は少し照れくさそうに俺を振り返った。
「あ……この曲、作詞もしたの?」
 クレジットを見て驚いた。彼は作詞はしないと言っていたから。
「……うん。ずっと何の言葉も湧いてこなかったんだけど、最近色んな言葉が浮かんでくるようになったんだ。それで作詞もしてみたくなって」
「そうなんだ。すごいね。聴いてみるね」
「うん。ぜひ聴いてみて」
 そう言った彼はまたパソコンに向き直った。
 俺は彼の背中を意識しつつ、動画の再生ボタンをタップした。
 イヤホンから流れてきた曲は、メロディも歌詞もとても美しかった。
 本当にすずらんがイメージ出来るような、美しい歌詞。
 すずらんのように美しい人に恋い焦がれる曲だった。
 あまりに美しいメロディと歌詞に、俺は心を奪われると共に、これは彼が誰かに向けたラブレターなのだと、気付いてしまった。
 こんな美しく、可憐な人に敵うわけないと思い、俺は彼に気付かれないように泣いた。
 一年も甘い生活を続けていたから、そんなことは有り得ないと思いながらも、俺を抱く見せる熱い瞳に、もしかしたら、と淡い期待を僅かに抱いていたのだ。
 それが完全に打ち砕かれた。
 しばらくしてから、彼が俺を振り返った。
「新曲、どうだった?」
 そんな残酷な質問しないでよ。ごめん。すぐには答えられない。落ち着いたらちゃんと感想を伝えるから、今は許して。
「アオイさん?……あー、寝ちゃったのかぁ」
 寝たふりをした俺にそう言って、タオルケットを掛け直してくれると、彼はまたパソコンに向き合った。
 
 
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