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8章
キリヤの部屋
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「はぁ……」
宴が始まって二時間ほど過ぎた。
騎士団員達が物慣れないユノを気遣って一緒に食事をしたり音楽を聴いたりしてくれていたが、彼らの家族もこの宴に招かれていたようで、一人、また一人、と家族の元へと帰って行った。ユノは一人静かに『国王の間』の端にあるバルコニーに繋がるガラス扉の前に移動した。
国民に挨拶するときに出るバルコニーに繋がるガラスの扉は大きく、そして輝くほどに磨かれていた。
日がすっかり暮れてしまったことも相俟って、ガラスの扉はユノの姿を鏡のように映してくれた。
『悪魔の痣』が見えるところに出現していないか確認しながら、ユノは会場の様子も見渡した。
キリヤは多くの人に祝福されているのだろう。
ドレイク宰相を封印した『光の魔法使い』は国の希望だ。
眩しくて目を細めた。
誰もが納得するほど、内側からも外見からも彼が光り輝いているのが分かる。
とても誇らしく、彼がこれからも更に輝いていくだろう未来が眩しかった。
すると、彼が何かを言って華やかな場から離れたのが見えた。
どうしたのだろうか。
ユノが思っているうちに、彼はユノの目の前に現れた。
「ずっと放っておいて悪かった。君は僕のパートナーなのに」
華やかな人々から離れて、ユノを探しに来てくれたのだ。
あんなに楽しそうに人々と話していたのに、ユノのことを忘れていたわけではなかった。
「気にしないで大丈夫。こんなすごいパーティ初めてだから、色々見ているだけで楽しいよ。それにパートナーって……それはイヴァンでしょ。誰かに聞かれたら大変だよ」
国境警備隊の制服は真新しいものではあったが、貴族ばかりのこの会場ではやはり浮いていた。
騎士団のみんながユノを丁重に扱ってくれたから変な目で見られずには済んだが、ユノとキリヤが並んでいると本当に釣り合いが取れないとユノは思った。
「イヴァンは役職の上でのパートナーだ。君もよく知っているくせに。僕が人生のパートナーに君を選んだのはユノだよ。僕の隣にいても誰にも何も疑問を持たれないようにしたい。だから、ユノ。君を父上に紹介したいんだ。今から一緒に来てくれないか」
クールな顔をしている彼がはにかむように言った。
その表情に愛おしさでユノの胸ははち切れそうになった。
国王でもある彼の父親に紹介したいとまで思ってくれるなんてその思いが嬉しければ嬉しいだけ、胸が引きちぎれそうだった。
「今日は……まだちょっと疲れているんだ。国王様とお話ししても上手く話せないかもしれない」
真っ直ぐに青い瞳が見られなくて俯くと、視界に青い魔法石の付いた指輪が光った。
ユノを優しく励ましてくれるみたいだった。
「父上も僕らが戦いを終えて長い距離を帰って来たばかりだと知っているから、上手く話せなくても大丈夫だ。僕が話すから君は隣にいてくれればそれでいいよ」
彼はうんと優しく言ってくれた。
その間もユノは周囲の視線が気になって仕方がなかった。
何度もバルコニーのガラス戸に姿を映して『悪魔の痣』が出現していないか確認した。
うん。まだ大丈夫。良かった。
ずるくてごめんね。
『光の魔法使い』の傍に居る資格なんてないほどの罪を犯してしまった。
それなのに、その罪が明らかになるまでは、罪を隠して傍に居たいと思ってしまうなんて。
『黒い魔法』なんて使ってしまったから性根まで卑怯になってしまったのかもしれない。
「ごめん……俺、本当にもう限界で……キリヤと二人になれるところで休みたい」
キリヤの凛とした軍服の袖を軽く引く様に言うと、キリヤがちいさく固まったのがわかった。
「キリヤ……?」
不思議に思って恐る恐る彼を見上げると、キリヤの白くきれいな顔が真っ赤に染まっていた。
キリヤの青い瞳とばちりと視線が合ったそのときだった。
美しいラインを描くキリヤの喉が、ごくりと鳴ったのがスローモーションのように見えたかと思うとキリヤは無言でユノの手を取り、ものすごい勢いで歩きだした。
「キっ……キリヤ?!」
驚いて名前を呼んでも彼はずんずんとユノの手を引いて進んでいく。
宴の端の方に居たとはいえ、何人もの人がキリヤとユノの様子を驚いたように見ていた。
だがキリヤの勢いに誰も声を掛けることができなかったのか、誰にも声を掛けられることもなく『国王の間』を出てしまいどんどん王宮の奥を進んでいく。
脚が縺れそうになりながらも、手を引かれるまま歩いて行くと突き当りに出てしまった。
キリヤが突き当りの壁の前に立つと『選ばれしものの扉』が現れた。
学園の大広間で見た『選ばれしものの扉』よりもずっと美しく細工が施された扉の中に、キリヤはユノの手を引いたまま飛び込んだ。
すると、青い絨毯の廊下が現れた。
そして彼のムスクの香りがより一層強く香って、ユノはくらりと眩暈がした。
キリヤは少しふらついたユノを愛おしそうにぎゅっと抱き寄せた。
「ここからは僕だけのプライベートな場所だ。僕がこの扉に鍵をかけてしまえば、僕の許可なしでは誰も入ってこられないから」
キリヤはそう言うと、ユノを抱き寄せたまま指を軽く振って扉に施錠の魔法を掛けた。
「君が二人っきりで休みたい、なんて言うから……あんな人が沢山いる場所で君を押し倒してしまいそうになったよ。我慢するのが大変で、少し乱暴に君を引っ張ってきてしまった」
キリヤは困ったような顔で強く引っ張ってごめん、と少し赤くなってしまったユノの左手を取り口づけた。
「お……っ押したお……って……」
キリヤはユノの腰に腕を回して歩き出した。
過激な言葉に動揺するユノを見てキリヤは柔らかく笑った。
「ここの扉を開けて僕だけの空間に連れてきたら、もう僕は今まで我慢した分、どうにかなってしまうかと思ったんだが……二人っきりになったら、不思議なくらい胸が……何て言うか、ぎゅっと締め付けられて、こうして生きてユノに触れていると思うだけで幸せで、ただこうして一緒に居られたらそれだけで満たされるような気持ちなんだ」
青い瞳に優しく見つめられて、ユノの方がどうにかなってしまいそうだった。
「何て言いながら僕のベッドのある部屋に連れて行こうとしているんだから説得力ないな」
青く柔らかな絨毯の廊下を歩くと、一番奥にある扉を開けて、苦笑いしながらキリヤは言った。
青い絨毯は部屋の中にも続いているが、部屋の中の絨毯は青地に白金色の糸で美しい柄が織られていた。
見たことのないほど美しい絨毯だった。
その絨毯の上を歩くと、国境警備隊用の軍靴のつま先が柔らかく沈んだ。
磨き込まれた応接用のテーブルとソファの横を通り過ぎる。
ロイヤルブルーのソファなんてユノの寮のベッドよりも大きいかもしれない。
更に奥には青い天鵞絨の幕があり、応接用のテーブルとソファのある間と仕切られているようだった。
彼にエスコートされるままに天幕の内側に入ると、『魔法動物の谷』にある彼の別邸にあったベッドよりも大きなベッド置かれていた。
更にベッドの周りにも天幕があり、今はその青い天幕は結ばれてベッドが見える状態だった。
こんな風にベッドに連れてこられたことなんて初めての経験だったので、俯くばかりのユノ。
彼と二人きりになりたくて誘うようなことを言ってしまったが、どんな顔をしていいか分からない。
何か言おうとしても言葉が出てこなくて震える吐息を細く吐くことしかできない。
耳の端まで熱い。
「長旅だったし、僕の部屋の浴室は中々リラックスできる。僕が戻る前に浴室の準備は整えてもらっているはずだから、湯あみを済ませようか。先に使っておいで」
寝室の奥にある扉を指差してキリヤが言う。
「え……あ……」
この部屋に入ってからどんどん胸の鼓動が激しくなって、なんて答えたらよいか分からず、意味のなさない音のような言葉ばかりがユノの口から零れた。
物慣れないユノの仕種にキリヤは目を柔らかく細めた。
「それとも一緒に入る?」
甘く耳元でささやかれて、ユノは文字通り飛び上がった。
「さ……っ先に使わせて下さいっ」
「残念……でも楽しみは次に取っておくのも悪くないから、今日は別々に入ろうか」
キリヤが色っぽく微笑むので、ユノは逃げる様に浴室に向かった。
宴が始まって二時間ほど過ぎた。
騎士団員達が物慣れないユノを気遣って一緒に食事をしたり音楽を聴いたりしてくれていたが、彼らの家族もこの宴に招かれていたようで、一人、また一人、と家族の元へと帰って行った。ユノは一人静かに『国王の間』の端にあるバルコニーに繋がるガラス扉の前に移動した。
国民に挨拶するときに出るバルコニーに繋がるガラスの扉は大きく、そして輝くほどに磨かれていた。
日がすっかり暮れてしまったことも相俟って、ガラスの扉はユノの姿を鏡のように映してくれた。
『悪魔の痣』が見えるところに出現していないか確認しながら、ユノは会場の様子も見渡した。
キリヤは多くの人に祝福されているのだろう。
ドレイク宰相を封印した『光の魔法使い』は国の希望だ。
眩しくて目を細めた。
誰もが納得するほど、内側からも外見からも彼が光り輝いているのが分かる。
とても誇らしく、彼がこれからも更に輝いていくだろう未来が眩しかった。
すると、彼が何かを言って華やかな場から離れたのが見えた。
どうしたのだろうか。
ユノが思っているうちに、彼はユノの目の前に現れた。
「ずっと放っておいて悪かった。君は僕のパートナーなのに」
華やかな人々から離れて、ユノを探しに来てくれたのだ。
あんなに楽しそうに人々と話していたのに、ユノのことを忘れていたわけではなかった。
「気にしないで大丈夫。こんなすごいパーティ初めてだから、色々見ているだけで楽しいよ。それにパートナーって……それはイヴァンでしょ。誰かに聞かれたら大変だよ」
国境警備隊の制服は真新しいものではあったが、貴族ばかりのこの会場ではやはり浮いていた。
騎士団のみんながユノを丁重に扱ってくれたから変な目で見られずには済んだが、ユノとキリヤが並んでいると本当に釣り合いが取れないとユノは思った。
「イヴァンは役職の上でのパートナーだ。君もよく知っているくせに。僕が人生のパートナーに君を選んだのはユノだよ。僕の隣にいても誰にも何も疑問を持たれないようにしたい。だから、ユノ。君を父上に紹介したいんだ。今から一緒に来てくれないか」
クールな顔をしている彼がはにかむように言った。
その表情に愛おしさでユノの胸ははち切れそうになった。
国王でもある彼の父親に紹介したいとまで思ってくれるなんてその思いが嬉しければ嬉しいだけ、胸が引きちぎれそうだった。
「今日は……まだちょっと疲れているんだ。国王様とお話ししても上手く話せないかもしれない」
真っ直ぐに青い瞳が見られなくて俯くと、視界に青い魔法石の付いた指輪が光った。
ユノを優しく励ましてくれるみたいだった。
「父上も僕らが戦いを終えて長い距離を帰って来たばかりだと知っているから、上手く話せなくても大丈夫だ。僕が話すから君は隣にいてくれればそれでいいよ」
彼はうんと優しく言ってくれた。
その間もユノは周囲の視線が気になって仕方がなかった。
何度もバルコニーのガラス戸に姿を映して『悪魔の痣』が出現していないか確認した。
うん。まだ大丈夫。良かった。
ずるくてごめんね。
『光の魔法使い』の傍に居る資格なんてないほどの罪を犯してしまった。
それなのに、その罪が明らかになるまでは、罪を隠して傍に居たいと思ってしまうなんて。
『黒い魔法』なんて使ってしまったから性根まで卑怯になってしまったのかもしれない。
「ごめん……俺、本当にもう限界で……キリヤと二人になれるところで休みたい」
キリヤの凛とした軍服の袖を軽く引く様に言うと、キリヤがちいさく固まったのがわかった。
「キリヤ……?」
不思議に思って恐る恐る彼を見上げると、キリヤの白くきれいな顔が真っ赤に染まっていた。
キリヤの青い瞳とばちりと視線が合ったそのときだった。
美しいラインを描くキリヤの喉が、ごくりと鳴ったのがスローモーションのように見えたかと思うとキリヤは無言でユノの手を取り、ものすごい勢いで歩きだした。
「キっ……キリヤ?!」
驚いて名前を呼んでも彼はずんずんとユノの手を引いて進んでいく。
宴の端の方に居たとはいえ、何人もの人がキリヤとユノの様子を驚いたように見ていた。
だがキリヤの勢いに誰も声を掛けることができなかったのか、誰にも声を掛けられることもなく『国王の間』を出てしまいどんどん王宮の奥を進んでいく。
脚が縺れそうになりながらも、手を引かれるまま歩いて行くと突き当りに出てしまった。
キリヤが突き当りの壁の前に立つと『選ばれしものの扉』が現れた。
学園の大広間で見た『選ばれしものの扉』よりもずっと美しく細工が施された扉の中に、キリヤはユノの手を引いたまま飛び込んだ。
すると、青い絨毯の廊下が現れた。
そして彼のムスクの香りがより一層強く香って、ユノはくらりと眩暈がした。
キリヤは少しふらついたユノを愛おしそうにぎゅっと抱き寄せた。
「ここからは僕だけのプライベートな場所だ。僕がこの扉に鍵をかけてしまえば、僕の許可なしでは誰も入ってこられないから」
キリヤはそう言うと、ユノを抱き寄せたまま指を軽く振って扉に施錠の魔法を掛けた。
「君が二人っきりで休みたい、なんて言うから……あんな人が沢山いる場所で君を押し倒してしまいそうになったよ。我慢するのが大変で、少し乱暴に君を引っ張ってきてしまった」
キリヤは困ったような顔で強く引っ張ってごめん、と少し赤くなってしまったユノの左手を取り口づけた。
「お……っ押したお……って……」
キリヤはユノの腰に腕を回して歩き出した。
過激な言葉に動揺するユノを見てキリヤは柔らかく笑った。
「ここの扉を開けて僕だけの空間に連れてきたら、もう僕は今まで我慢した分、どうにかなってしまうかと思ったんだが……二人っきりになったら、不思議なくらい胸が……何て言うか、ぎゅっと締め付けられて、こうして生きてユノに触れていると思うだけで幸せで、ただこうして一緒に居られたらそれだけで満たされるような気持ちなんだ」
青い瞳に優しく見つめられて、ユノの方がどうにかなってしまいそうだった。
「何て言いながら僕のベッドのある部屋に連れて行こうとしているんだから説得力ないな」
青く柔らかな絨毯の廊下を歩くと、一番奥にある扉を開けて、苦笑いしながらキリヤは言った。
青い絨毯は部屋の中にも続いているが、部屋の中の絨毯は青地に白金色の糸で美しい柄が織られていた。
見たことのないほど美しい絨毯だった。
その絨毯の上を歩くと、国境警備隊用の軍靴のつま先が柔らかく沈んだ。
磨き込まれた応接用のテーブルとソファの横を通り過ぎる。
ロイヤルブルーのソファなんてユノの寮のベッドよりも大きいかもしれない。
更に奥には青い天鵞絨の幕があり、応接用のテーブルとソファのある間と仕切られているようだった。
彼にエスコートされるままに天幕の内側に入ると、『魔法動物の谷』にある彼の別邸にあったベッドよりも大きなベッド置かれていた。
更にベッドの周りにも天幕があり、今はその青い天幕は結ばれてベッドが見える状態だった。
こんな風にベッドに連れてこられたことなんて初めての経験だったので、俯くばかりのユノ。
彼と二人きりになりたくて誘うようなことを言ってしまったが、どんな顔をしていいか分からない。
何か言おうとしても言葉が出てこなくて震える吐息を細く吐くことしかできない。
耳の端まで熱い。
「長旅だったし、僕の部屋の浴室は中々リラックスできる。僕が戻る前に浴室の準備は整えてもらっているはずだから、湯あみを済ませようか。先に使っておいで」
寝室の奥にある扉を指差してキリヤが言う。
「え……あ……」
この部屋に入ってからどんどん胸の鼓動が激しくなって、なんて答えたらよいか分からず、意味のなさない音のような言葉ばかりがユノの口から零れた。
物慣れないユノの仕種にキリヤは目を柔らかく細めた。
「それとも一緒に入る?」
甘く耳元でささやかれて、ユノは文字通り飛び上がった。
「さ……っ先に使わせて下さいっ」
「残念……でも楽しみは次に取っておくのも悪くないから、今日は別々に入ろうか」
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