平凡な俺が魔法学校で冷たい王子様と秘密の恋を始めました

ゆなな

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7章

僕を選んで

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『誓約書』が完成し、作戦の詳細を打ち合わせるとキリヤとユノはすぐに戻らなければならなかった。
イヴァンが気が付かれないように細心の注意を払ってくれてはいるだろうが、最前線の陣営の司令官であるキリヤが長く留守にするわけにはいかない。
「ユノもキリヤ様と一緒に戻るの? 俺と一緒に昔みたいにニコライの家の地下に匿ってもらおうよ。ドレイク宰相と戦うなんて俺たち平民には危ないよ」
ニコライの家から出ると、外は日が暮れて真っ暗であった。
帰りは箒で帰らなければならないため準備をしていると、大きな目に涙をいっぱい溜めたマルクルがユノを引き留めた。
「マルクルのお陰で俺は王都で勉強を頑張れた。たくさん勉強したから役立てることがあると思うんだ。シュトレイン軍が勝たないと、俺たちの故郷はもっと大変なことになってしまう。だから俺は行かなきゃいけない。マルクルが今までできなかった勉強ができる様になるために戦ってくるから待っていて」
ユノは幼い子にするようにマルクルの頭を撫でた。
「俺たちだって本当はお前を行かせたくないよ、ユノ」
ニコライがユノを抱き寄せた。
「でもやるって決めたら言うことなんて聞かないのも、そして誰よりもよく考えるユノが選ぶものは正解だと言うことも分かっているから……送り出すよ。王都に行かせたときと同じ心境だな」
ルカの目からは涙があふれた。
「今日のルカは泣き虫だね。ニコライとルカがいるからマルクルを残しても心配なく俺は頑張れるんだ」
ユノが笑う。
「今はユノをあなたに渡すけれど、必ず俺たちに返してもらう。そのつもりで」
ニコライはキリヤにそう告げた。
「ユノが僕じゃなくて君たちを選ぶ時がくるかもしれない。でも僕はそれでもずっとずっとユノを選び続ける。ずっと、だ」
ユノはその言葉の真意が分からず、キリヤを見上げた。
キリヤはユノを見て柔らかく笑うと「行こう」短く言った。

キリヤはこの辺りの地理に詳しくない上に辺りは既に暗かった。
なのでユノの箒の後ろにキリヤが乗る形でギーク村のニコライの家を発った。
「……っ」
キリヤを後ろに乗せているので、主導権はユノが握っているはずなのに、箒を握るユノの両手を上から更に握る様に重ねてくるキリヤに後ろから抱きしめられているみたいだった。
そうされて初めてキリヤがいつもプラチナのネックレスに付けている指輪を左手の薬指に嵌めていることに気が付いた。
どういうことだろう、と考えたいが背中にぴったりとくっ付けられたキリヤの胸から彼の鼓動が伝わってきて思考がまとまらない。
まだ見送る三人の姿が見えるくらいだと言うのに。
「こんな時だけど、デートみたいだ」
冷たく澄んだ北の空気の中、後ろからキリヤの冷たくなった頬がユノの頬にそっと押し当てられる。
甘い吐息が耳を擽る。
動揺して箒のコントロールが怪しくなるが、キリヤもしっかり後ろから箒を握ってくれているので箒が揺れることはなく順調に飛行を続けた。
今夜は空に雲一つない満点の星空。
交流会の後のダンスパーティの夜と違い、ユノが前に乗っている状況だがあの日を思い出すような夜だった。
「国王様のサインが入った『誓約書』まで用意してあるなんて思いもよりませんでした」
ユノが静かに言うと、キリヤは低く笑った。
「君の友人だから何とか頼み込んでもらおう、と思うのはあまりに情けないし、命を懸けてもらうにはそれなりのものを用意しなければと思った」
キリヤはユノの頬に頬を寄せたまま言った。
「あと……国境付近の復興を国がかりでするのならば、君を卒業後故郷に戻さなくてもいいのではないかという下心もあった。もちろん、戦地になった場所の復興を現地の住民だけに負わせるべきではなく国家が行うべきだと思ったからのことでもあるが、僕に下心がなかったわけではないよ」
「キリヤ?」
ユノは驚いてキリヤを振り返る。
「危ないよ、前を見て」
落ち着いた彼の声にどういうことだと考える。
「君の故郷の復興は国策として実施する。だから君は学園を卒業したら故郷には戻らず僕のところに来てほしい。僕が今回『光の魔法使い』としての任務をきちんと果たしたら、学園を卒業後に僕を主とする城が与えられることになるんだ。そこに君に来てほしい」
キリヤはそう言うと重ねていた手を離してユノの首の後ろに回した。
そしてユノの首に付けられたキリヤの髪の色と同じプラチナ色のネックレスを外すと、キリヤがプレゼントしてくれた彼の瞳の色と同じ魔法石が付いた指輪をチェーンから外した。
そして箒を握るユノの手をサポートしながら左の薬指に改めて嵌めて、そして言った。
「これからは堂々とこの指輪をしてくれないか?」
キリヤの申し出にユノは箒の上でひどく動揺した。
「国王様……いや父上とこの場合は言おうか。父上にこの戦いで勝利したら願いを一つ叶えてもらう約束をしている。だから、この戦いが終わったら僕は結婚したい人がいると父にユノを紹介するつもりなんだ」
「え……」
「僕には君と一緒になりたいという願いより大切な願いはないからね」
キリヤはそう言って、微笑んだ。
シュトレイン王国は同性でも結婚は許されている。
しかしながら、同性同士では子を作ることができないため、王族が同性同士で結婚するなど聞いたことがない。
「卒業後に城が与えられると折角決まったのに、俺と結婚なんてしたらキリヤの城を継いでくれる人が出来ないじゃないですか」
「僕は構わない。城は死んだら国に返せばいいことだ。無理に僕の血筋に継がせたいという考えは一切ない」
「でも……男性と結婚する王族なんて聞いたことないし……」
「聞いたことはないが、禁じられてはいない。ユノ、僕と結婚するのは嫌?」
左手に嵌められた指輪を愛おしそうに見つめるくせに、はっきりと答えられないユノにキリヤは尋ねた。
「嫌なわけないじゃないですか。俺だって……キリヤと一緒になれたらどんなに幸せかって思っています」
こんな事態なのに、今だって二人でいられることが何よりも嬉しい。
彼が自分との未来を考えてくれることが嬉しい。
だけど、これから起こる恐ろしい戦いから二人無事に切り抜ける未来を想像できても、故郷の復興に力を貸してくれるキリヤのことを想像できても、故郷の復興を他の人に託してキリヤの城に輿入れをする自分自身がユノにはどうしても想像できない。
結局はこの村以外で生きていく自分を想像できなかった。
キリヤは指輪が嵌まったユノの手を取ると、ユノの手の甲にそっと唇を寄せた。
北の真冬。
冷え切ったキリヤの唇は冷たいはずなのに、彼に触れられて指は内側に篭るような熱を孕んだ。
「僕には君の居ない未来は想像できないんだ。君にも僕との未来を想像できるようになってもらうまで僕は諦めないよ」
箒を操りながらそっと彼を振り返ると、満点の星空を背景に美しく煌めく白金と青い瞳。
息を呑むほど美しかった。
そして、彼の左手にもネックレスから外された指輪が輝いていた。
もうユノとのことは誰にも隠したくない、とまで思ってくれる気持ちが嬉しくて鼻の奥がツン、と痛んだ。
冷たく見える彼の瞳の青は何よりも熱い。
冷たい北風に晒されているユノを溶かそうとでもいうような熱。
この熱に全て身を任せて溶かされてしまえばいいのに。
何も考えられなくなってしまえばいいのに。

でもこんなにも彼を愛しているのに、ユノは彼だけのことしか考えられない、ということにはどうしてもなれないのだ。
ユノの頭の中はいつだって忙しなく回っていてそれを許してくれない。


そして二つの村はとても距離が近いため、あっという間に国境の川まで来てしまう。
ユノは静かに前を向いた。
「二人とも待機しているな」
キリヤが指揮官に戻ったような声で言った。
国境の対岸、シュトレイン領地内に当たるところにイヴァンとアンドレアの姿が見えた。
ユノとキリヤが戻って来る一瞬だけシュトレイン側のシールドを解くために待機してくれているのだ。
ギルラディアもシールドを張っているが、シールドの内側から外に出るのは造作もないことだった。
ギルラディア側のシールドを超えたところで、キリヤは合図の小さな火花を飛ばした。
すると、一瞬だけシュトレインのシールドが解けた。
ユノは箒のスピードをグン、と上げてその隙にさっとシュトレイン側の領地に入った。
二人が入るとイヴァンは素早く再びシールドを張りなおした。
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