上 下
102 / 123
7章

幼馴染と王子様

しおりを挟む
真っ暗な闇の向こうに一筋の光が見えたかと思うと、小さな薄暗い部屋に三人は降り立った。
足元が揺れてしまったユノだったが、マルクルごとキリヤが支えてくれた。
ギルラディアの領地特有の重くて寒い空気が室内にも蔓延しているようだった。
「ここは……どこか分かるか?」
「俺たちの幼馴染のニコライってやつの家の地下だと思います」
ユノより先に答えたのは意外にもマルクルだった。
順応性が高いのはマルクルのいいところだ。
『移動盤』を使っての初めての移動も、国の王子でもあるキリヤに対しても、なんだかもう順応しているようだった。
「ニコライという人は僕が会ったことがある君の幼馴染だね?」
キリヤはユノに尋ねた。
「はい。そうです。冬期休暇のとき会いましたね。ここは先の戦争のときは避難させてもらっていた地下の食糧庫です」
移動時の衝撃でまだくらくらしているユノが何とか答える。
「食糧庫……?」
酷く寒々しい場所で暗い。
キリヤは衝撃を受けたが、ニコライがしっかりとシールドを張っているここでなければあの時も今もギルラディア領地内でシュトレインの者が隠れていることなんてできないので、この場所はシュトレイン領内に住むマルクルとユノにとってはありがたい場所なのだ。
キリヤがゆっくりと室内を見渡すのに合わせてユノとマルクルも久しぶりに訪れた場所に視線を巡らせた。
部屋は真っ暗ではないので、少しばかり部屋の様子はわかる。
真っ暗でないのは、地下室の隅にランタンが掛けられているからだ。
薄ぼんやりと照らされた室内。
忙しくてニコライも地下室にはあまり来られていないのかもしれない。
ユノは収納バッグから掃除用の布を取り出し、ランタンを拭いて魔法油を注ぎ足した。
『こんにちは。あぶら たすね』
ユノが言うとランタンの中の火の精が静かに揺れた。
『ユノ、きてくれてありがとう。よくない くうきがながれてきて みんな ひかりのまほうつかい まっていた』
火の精の言葉が少しわかる様になっていたキリヤはその言葉を聞いて目を瞠った。
『ぼくのことをしっているのか?」
少し拙くはあったが、キリヤも火の精の言葉で尋ねた。
『しっているよ ひかりのまほうつかい いつもせかいをあかるくしてくれる にんげんだけじゃなく ようせいも あかるいせかいがすき』
そう言って火の精は赤々と燃えた。 
お陰で薄暗い部屋は明るくなり、部屋の様子が分かるようになった。
先ほどユノが使った『移動盤』と同じように灰になってしまったそれを清掃魔法で片付け、見渡すと、普段は食糧庫になっているこの地下室だがあまり食べ物はない状態なのが見て取れた。
小麦の袋やとうもろこしの袋が見えるがどれもほとんど中身は入ってなさそうだった。
塩漬け肉の樽に触れると中身は何も入っていないらしくとても軽かった。
棚に並ぶガラス瓶も空のものが多く、一つの瓶の底に塩が少しに残っているくらい。
野菜の木箱にはジャガイモが数個転がっているだけだった。
木の実や果実吊るされて干されていたが、どれも食べるところがあるのかと思うような小さく痩せたものばかり。
「ギルラディアのこの辺りは作物が全然採れないんです。俺たちの村も作物があまり採れないのは同じなんですが、シュトレインは南の方で採れた作物が天候が悪くなければ国境付近まで来るので、ここまで厳しい状況にはならなりません。普段は俺たちの村の食糧を分ける代わりに治癒院を使わせてもらったり協力し合ってきたんですが」
食糧庫と言われた部屋の様子に驚いているキリヤにユノが説明すると、隣にいたマルクルが頷いた。
「ドレイク宰相の『黒の魔法』の力の封印が解けて、戦時体制になってからはギルラディアの中央政府から派遣された兵士や役人がいっぱいやってきて俺たちはこれまでどおりの交流はできなくなっちゃって……」
「先の戦争のときもギルラディアの中央政府から派遣された兵士や役人は、自分たちの分の食糧は沢山持ってきていたみたいなんですけれど、実際に戦地になるギーク村の村民の分の食糧は無かったんです。この食糧庫の状況から言って今回も村民には食料は分け与えてもらえないみたいですね」
ユノは悲痛な面持ちで言った。
「みんなお腹すいていないかなぁ……」
マルクルが今にも泣きそうな声で言ったその時だった。
上階で物音がした。
「夜だし、ニコライが帰ってきたのかも!」
マルクルが上を見上げて言った。
ユノが指を一振りすると、地下室の天井がトントン、と鳴った。
「ニコライならこれで降りてきます」
ユノが言い終わらないうちに扉の外から物音が聞こえてきた。
「ユノっマルクルっ」
叫ぶようにして部屋に入ってきたのはルカだった。
「うわっ……」
入って来るなりルカはユノとマルクルを抱きしめた。
「戻って来てくれるって信じていたよ、ユノ。マルクルも一人でユノが来るまでよく我慢したな」
ルカに続いて上階から降りてきたニコライもすぐに駆け寄ってきてユノとマルクルの頭を大きな掌で撫でた。
二人とも少し瘦せたように見える。
「食べ物持てるだけ持ってきたよ。お腹すいているよね」
マルクルはそう言って自分の収納バッグを見せた。
「俺も少しだけれど持ってきたよ」
ユノもそう言うとルカの目には涙が光った。
「見つかったら大変なのに……あの移動できる盤が消えているね。マルクルが一人で来なかったということは、自分が心細いときに使わないでユノが来るまで待ってから使ったんだね」
ルカが問うとマルクルは頷いた。
「一回しか使えないって聞いたからできるだけ意味のある時に使おうと思ったんだ。でももし戦いが始まって危なくなったら自分だけで使っちゃったと思うけど、ユノはその前に来てくれたから」
兄のような幼馴染の無事を確認してマルクルの目にも涙が浮かんでいた。
「ユノは結局僕たちのためにこの移動できるヤツ作ってくれたようなもんだな」
ニコライはそう言うとユノの頭をそっと撫でた。
「で、あんたみたいな王子様が危険な敵陣に何をしに? 自分の国が今にも攻め込まれそうなときにただギルラディアの庶民の生活を見に来たわけじゃないですよね?」
ルカは涙を拭うと四人の様子を静かに見ていたキリヤに言った。
後ろに立つニコライもキリヤの言動から全てを見極めようとでも言うように冷静な視線を向けていた。
しおりを挟む
感想 369

あなたにおすすめの小説

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...