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7章

逆鱗

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※シュリ視点

「キリヤっ……どうして……僕とパートナーの解消をするなんて言うの?! これまで君のパートナーとして、僕はとても上手くやっていたはずだよ。もうドレイク宰相は今日にだって侵攻してきそうなのに、このタイミングで『光の魔法使い』のパートナーを変えるなんて……っ」
王宮からキリヤ・シュトレイン専属の『術師』を解任する裁判を執り行うという通知を受け取り、シュリは王宮内にある『裁きの間』に飛ぶようにしてやってきた。
そんなシュリの絶叫が『裁きの間』の前の廊下に響いた。
それをひどく冷たい目で見るキリヤ。
そして公のパートナーはもう変わったのだと言うようにキリヤの隣にはイヴァン・ポポフがいた。


―――功を急いて『氷の洞窟』に一人で行った平民ユノ・マキノが『氷の洞窟』に閉じ込められる事故で命を落とした―――
これがシュリとこの国の宮内長官を務めるシュリの父親の思い描いていたシナリオだ。
シュリがこの国の王子であるキリヤの公私ともにパートナーとなることは、シュリと父親の大きな願いだ。
それを邪魔する者がいる。それも平民に。
父親にそのことと、キリヤによってユノ・マキノに危害を加えないという旨の誓約書を書かされたことを報告すると、そこからの父親の動きは速かった。
父は今までもこのように動いて他者を排除し、王宮で最高の位である宮内長官まで上り詰めたのだろう。
シュリは『魔法動物の谷』に自分の手先を素早く手配した父親について改めて尊敬の念を強くした。
『そのやたらと能力は高いという平民がいなくなればキリヤ様もすぐに目を覚ます筈だ。何よりお前はこんなにも美しい』
シュリの美しさを溺愛していると言ってもいい父親はそう言った。
『シュリでなく父である私が動けば誓約書に反することはない』
『でもキリヤはイヴァン・ポポフとも交流があるよ。あいつがまた『占術』で暴いたらっ』
いつも飄々としているイヴァン。
『術師』としての実力をはっきり見せたことはないが、先日フライングレースでユノの箒に細工した証拠を掴まれた。
イヴァンが『占術』を使うとは思わなかったから、油断したということはあるが、シュリは少しばかり不安であった。
『なぁに。まだあの男をお前は恐れているのか。『あの時』大した実力の持ち主ではないと分かったではないか。フライングレースの箒の事件程度なら暴けるようだが、あの男が私に対抗するようなことをするとは到底思えんな。私には敵わないと思って恐れているのだよ』
シュリはどこか飄々としたイヴァンに恐ろしさを感じることがあったが、父親は全く感じないらしい。
『術師』としての力はシュリより父親が格段に上だ。
シュリは家柄こそ『術師』で、辛うじてその能力はあるが、あまり高いとは言えない。
『術師』としての能力で巧くライバルを蹴落とし、宮内長官まで上り詰めた父親とは全く違う。
その父親がイヴァンは大したことのない『術師』なのだと言う。
『術師』としては能力が明らかに少ない自分の感覚より、父親の言うことが正解に違いないとシュリは信じていた。

そもそもシュリの父親がイヴァンを軽んじるきっかけとなった出来事があった。
それまではシュリの父親もシュリと同様イヴァンが底知れぬ力を持っているようで恐ろしく思っていたようだった。
そのため、数年前第二王子であり『光の魔法使い』であるキリヤの『パートナー』となる『術師』を選ぶための試験の際に、イヴァンに試験そのものを受けさせないようにしよう、とシュリの父親は提案した。
そしてシュリの父親はイヴァンが試験問題を事前に盗み見ようとしたという罪を着せることに成功した。
策略にはまったイヴァンは試験を受けることができずキリヤの『パートナー』にはなれなかった。
イヴァンは試験問題を『術師』としての能力を使って盗み見ようとしたということは全くの事実無根であったにもかかわらず、イヴァンは自分自身の潔白を『術師』としての能力を使って証明しなかった。
そして驚くほどあっさり身を引いたイヴァンをシュリの父親はそれ以来ずっと軽んじている。
ポポフ家が実力のある家柄であったため、学園を退学になるなどの処分は免れたようであった。
この事件の真相を知っているはずのイヴァンが全く何も動かないのはシュリにとって不気味であったが、実力のある父親がイヴァンを『出来損ないで風変わりの術師』と軽んじた。
だから、大丈夫。
イヴァン・ポポフはこの件を暴かない。
自分に降りかかった火の粉さえ払おうとしなかった。
それくらい宮内長官であるシュリの父親に恐れをなしているのだ。
ポポフ家がこの件を暴こうとしなければ、誰もこの件の証拠を出すことなんてできない。
シュリは冷たい目を向けるキリヤとその隣でいつもと変わらない飄々とした顔をしているイヴァンを見てごくりと生唾を飲み込んだ。

「僕は……っキリヤが好きなんだよ……僕だったらあの平民みたいに功を急いで危険な『氷の洞窟』なんかに一人で行って君に迷惑を掛けたりはしないよ。それに僕の家が『占術』をしなかったらドレイク宰相に対抗なんてとてもできないよ。考え直して僕をパートナーに戻して。キリヤ、君の命がかかっていることなんだよ。お願い僕をそばに置いて」
叫んで見せても表情が変わらないキリヤに今度は猫撫で声でシュリは言った。
「この期に及んでまた嘘を積み重ねるのか。僕は嘘吐きも誰かを傷つけて平気な人も好きにはなれない。絶対に」
シュリの言葉に対して吐き出すようにキリヤは言った。
言葉はそれ程きつくはなかったが、聞いたことのないほど冷たい声。
だが、シュリは疑いを掛けられたらすぐに言おうと用意していたセリフを口にした。
「……僕がやったって言う証拠はないだろう? 現にキリヤと交わした誓約書からも何の知らせもなかったはずだ。僕があの平民に何かしたという証拠はないはずだ」
シュリは落ち着いて言った。
セリフを用意しておいてよかった。
「僕はまだ君が何かをしたから僕のパートナーを外した、とは言っていない。君が言うところの『あの平民』が『氷の洞窟』に一人で行った、と言う話は僕はまだ王宮の人間に誰にも言っていないはずだが、なぜ君は知っている?」
キリヤは冷たくシュリを見やって言った。
瞬間、シュリは自分が失言をしたことに気が付いて息を呑んだ。

プラチナ色の髪と青い瞳のせいで一見冷たく見えるけれど、本当はキリヤは凄く優しい。
これまでずっと何をしても結局は隣に置いてくれた。
どんな我儘を言っても、何をしても溜息を吐きながらも許してくれたし、下僕のような取り巻き以外に友人らしい友人はいないシュリを突き放すことはしなかった。
しかし、彼の目を見てシュリはしてはいけない一線を越えてしまったのだと理解した。
最初にユノが生徒会室にやってきたとき、ユノが見せた魔法石がキリヤのものであるような気がしたのだ。
だからこそ、消したいと強く思った。
「君がいけないんだっキリヤっ! あんな美しくもなんともない平民なんかっ」
追い詰められたシュリが叫んだその時だった。
ダンッ
大きな音がするとともに、シュリは壁にぶつかった。
「うわっ……ひっ」
壁にぶつかり尻餅をついたシュリの首元に。
鋭利な剣が突きつけられていた。
見たことがないほど冷酷な目をしたキリヤが今にもシュリの首を落とそうとしていた。
「この場でお前を殺すことに躊躇いはない。だが、ユノがそれをするな、と言ったから今回は見逃してやる。だが、いつだって僕はお前の首を落とせる立場にある。お前こそ自分の立場をわきまえろ」
ガタガタと震えるシュリを見やると、キリヤは慣れた仕種で剣を鞘に戻した。
首筋の薄い皮膚が剣の切っ先が当たったことによって切れ、シュリの首筋には真紅の線が現れた。
「証拠を揃えることのできる実力のある『術師』はいる。『裁きの間』で見せてやる。僕にはもう君を始めとするフィザード家の能力は必要ない」
キリヤは短くそう言うと、身を翻して行ってしまった。
傍らに立つイヴァン・ポポフと目が合った。
キリヤが激昂した様子を見ても動かない表情。
相変わらず何を考えているのか分からない目でシュリを束の間見ていたかと思うと、キリヤに付き従い行ってしまった。
キリヤの何の情も孕まない冷たい目にシュリは自分がキリヤの逆鱗に触れてしまったのだと痛感したが、時は既に遅かった。
シュリは初めて見た獰猛な獣のような恐ろしいキリヤの一面に魂が抜けたように呆然としていた。
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