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6章

汽車の中4

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「嵐みたいだったな」
三人が出て行ったあとの静かになったコンパートメントで、キリヤが低く笑った。
「だが、二人っきりになれた」
そう言って、先ほどよりも距離を詰め、ぴったりと身を寄せてきたキリヤ。
「そうさせたんでしょ」
ユノが苦笑いしながら言う。
「座席はこちらもコンパートメントだから他からは見えないと思って君に会いに来たのだが、アンドレアとイヴァンが着いてきてしまった。サランが敏くて助かった」
そう言った後キリヤが口を開けたのでユノはイヴァンのくれたマカロンを再び彼の口に運んだ。
「イヴァンもアンドレアも学外ですし、心配してくれたんですよ。でもイヴァンはキリヤの気持ちに気付いていましたね」
「あいつは僕のこういう姿が珍しいから面白がる悪い癖があるからな」
そう言ってユノの手元にあったチョコレートドリンクのカップをユノの手ごと取ってひと口飲んだ。
「お菓子と合わせると甘すぎませんか? 紅茶の用意をしてきたので淹れましょうか? ……わっ」
心配そうに尋ねたユノの腰をキリヤはぐっと引き寄せたのだ。
「実は……な。ユノ……」
キリヤはチョコレートドリンクを飲んで濡れた甘い唇を寄せて低い声で話し始めた。
「僕は甘いものがすごく好きなんだ……」
「キ……キリヤ……っ? ん……っ」
そう言って夢のように美しい顔がユノに近づくと、そっと唇が重なった。
ユノの手の中にあったチョコレートドリンクのカップは彼が長く美しい指を振ると、窓際のドリンクホルダーに綺麗に収まった。
「甘い……」
キリヤはユノの唇を舌で辿って、熱に浮かされたように呟いた。
「ふ……っう……っ」
甘く濡れた舌がユノの唇を這う。
くすぐったさと、背筋が痺れるような感覚にユノはキリヤの背に回した手でぎゅっと彼のローブを掴んだ。
小さなコンパートメントの中に猫がミルクを舐めるような濡れた音が響くようで、恥ずかしさと甘さでどうにかなってしまいそうだった。
大きな掌が優しく後頭部撫でる。
それの掌の温かさに胸がぎゅっと掴まれるような気持になって背に回していた手に力が入ってしまう。
猫みたいにいつまでも唇を舐められると頭がぼぅっとしてきてしまう。
「ユノ可愛い……」
唇を離した後美しい顔を夢心地で眺めていると、ユノと同じように甘い夢を彷徨っているようなキリヤの蕩けた声が耳に届いた。
制服のシャツをズボンから引き抜いたキリヤの大きな掌がシャツの中に潜ってくる。
「き……キリヤ……? ……んんっ……」
熱に溶けたような瞳のキリヤの掌はユノの薄い腹を撫でて少しずつ上に上がって来る。
どきんどきん
胸が破れそうなほど高鳴って体中が熱い。
「ま……待って……ぇ……あ……」
「待てない……っ……」
キリヤの荒い吐息に交じった声はフライングレースの後、生徒会長室で聞いた声だった。
頭の中が混乱を極めたときだった。
「ジェイコブいる?!」
ドンドン!とやや乱暴にコンパートメントの扉が叩かれ、キリヤの手はびくりと止まった。
「……っい……いないよっ……隣のコンパートメントに聞いてみてっ……」
「わかったぁ。ありがと、ユノ」
叫ぶようにユノが返すとドア越しに声を掛けてきた同級生が間延びした声が聞こえた。
廊下から足音が遠ざかり、二人でほっとして視線を交わした。
施錠はできるし、してあるがとてもじゃないが生きた心地がしない。
「……ここじゃ嫌です……」
青い瞳にユノは訴えた。
「そうだな。我慢が利かなくて悪かった」
そう言ってキリヤはユノの目尻に滲んでいた涙をそっと親指で拭った。
それから、乱れてしまったユノの制服をそっと元に戻し始めた。
「ユノが怖いことや嫌なことは極力しないようにするから、今夜僕の部屋に泊まりに来てくれないか」
キリヤの誘いにユノは目をまるくした。
「『極力』ってことは、もしかしたら怖いこともするかもしれないってことですか?」
ユノの問いにキリヤはさもおかしそうに笑った。
そして笑った後に続けた。
「そうだな。さっきみたいに可愛い潤んだ瞳で『待って』と言われても、僕の部屋だと我慢が利かない自信もある。だから『極力』と言った」
それからユノのタイを結び直しながら、耳の元で低く囁いた。
「いやじゃない?」
腰が抜けそうな声で囁かれ、びっくりして治まった火がまた点きそうになる。
「いやじゃないです……っでも……んっ」
折角おさまりかけたのに、キリヤも名残惜しそうに耳の下の柔らかく薄い皮膚に吸い付いてくる。
「でも? 何?」
鼻先をユノの耳裏に潜らせて、ユノの匂いを楽しんでいるようだった。
「いやじゃないんですけど……っここじゃ嫌ってさっきも言いました!!!!!」
再び先ほどと同じ展開になりそうだったのでユノは慌てて大声で言ってキリヤを引き剝がすように腕張った。
「ばれたか」
「ばれたか、じゃないですっ」
キリヤはくくっと笑った。
キリヤはユノのタイを元通りにすると、ユノの体を離した。
「僕は今夜学園の用意した宿舎ではなく、『魔法動物の谷』にある王家の別邸に宿泊する予定だ。だから夕食と点呼の終わった夜の十時に君の泊まっている宿舎の裏庭に迎えに行くよ。その時に僕の竜を連れて行くから一緒にそれに乗って行こう。温かい服装でおいで」
大きな掌がそっとユノの頭を撫でた。
「え……キリヤの部屋って学園の宿舎の部屋でなく、『王家の別邸』……ですか?」
ユノの瞳が驚いたようにぱちぱちと瞬きをした。
「宿舎の部屋だろうが別邸の部屋だろうが、僕の部屋に泊まるのは同じことだろう?」
「お……同じじゃないですよっ」
ユノが大きな声で否定する。
「宿舎は殺風景だが、別邸の僕の部屋は華やかではないがとても落ち着くいい部屋だ。ベッドも宿舎のものよりずっと広いし、寝具もなめらかな生地を使ったものだから君の柔らかい肌にも心地よいと思う。初めての夜を過ごすのには『別邸』の部屋の方が適しているよ」
「は? え? 柔らかい?! は……初めての?!」
若干混乱して真っ赤になったユノをキリヤは優しくクスクスと笑った。
「本当に可愛いな……ユノ……」
愛おしくてたまらないでも言うようにキリヤはユノの頬に口づけた。
そしてキリヤは小さくあくびをした。
「あんまり眠れていないんでしたよね?」

あくびを見たユノが心配そうに問うとキリヤは頷いた。
「そうだな。でも折角ユノと二人きりなのに寝たくない……」
目を眠気でとろんとさせたままキリヤは言う。
そんな無防備な姿にユノの胸はきゅんと甘く締めつけられた。
「今寝ておかないと、夜折角会えるのに眠たくなっちゃいますよ」
ユノが言うとそれは困ったな、と眠気で蕩けた声で言う。
先ほどのあくびを聞いてからじっくり気を付けてキリヤの顔を見ると、目の下にはくっきりと隈が出ていて彼に疲労が溜まっているのは間違いがなさそうだった。それなのにユノといるのに寝るなんて、と頑張って起きようとしている。
可愛いキリヤが愛おしくて抱きしめたくなるが、眠らないと体調を崩してしまうかもしれない。
「……今寝ないなら、今夜キリヤの部屋には行きませんよ」
ユノは心を鬼にしてきっぱりと言う。
「わかった、わかった。寝るよ」
キリヤは笑って目を閉じると、ユノの肩に凭れかかった。
彼の艶やかなプラチナ色の髪が頬に擽ったい。
ふわふわと香る彼のムスクと、車窓から柔らかく入り込む日差しに、ユノもいつしか瞼が重くなっていった。

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