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4章

誰と踊るの8

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「やっぱダメだった? ごめんごめん、キリヤ。ユノと踊っていたら楽しくなっちゃって、調子に乗っちゃった」
肩を竦めて謝るイヴァン。
「やりすぎだ」
キリヤはイヴァンにひと言告げると、そのままユノの腕を引いて、踊る人の間を縫うようにして歩きだした。
「キリヤ……っ?」
驚くユノをそのままに、キリヤは大広間の端まで行くとバルコニーに出られるガラス戸を開ける。
夜風がダンスを踊って火照った頬に心地よかった。
大広間の賑わいが嘘のように、バルコニーは静かで人は誰もいなかった。
「ユノ……っ」
大広間から見えないバルコニーの隅まで行くと、背が撓るほど強く抱きしめられた。
キリヤの腕の中で、彼の香りに頭がクラクラした。
同時にユノが本当に踊りたかった相手は誰なのか、改めて思い知らされた。
だけど。
「だめ……離して、キリヤ」
ユノは言うと、キリヤの逞しい胸をそっと押した。
「……僕のことが嫌い?」
胸を押したので、キリヤは力を緩めたけれど、その長い腕はユノに絡みついたままだった。
額をそっと合わせて、間近から青い瞳で見つめられる。
こんなに近い距離から、こんなに美しい瞳に見つめられて。
恋焦がれた腕の中に抱きしめられて。
「だから……だめ、なんだよ……っ」
「どうして、だめ?」
だめ、というユノにキリヤはうんと優しい声で尋ねた。
「俺とキリヤじゃ違いすぎる。何もかもっ」
ユノは甘美な誘惑を振り切るように言う。
本当はこの腕の中をもう少しだけでも味わっていたかったけれど。
長く味わえば味わうほど、きっとこの腕の中から抜け出せなくなる。
危険な中毒性のある甘さは何より強いはずのユノの理性を狂わせる。
「違う? 何がそんなに違う? 身分? そんなもの……っ」
「そんなもの、じゃないです。キリヤには多くの国民が期待しています。キリヤはそんな国民を裏切れます? 俺だって村の皆から少しでも多くの魔法を覚えて帰って村の復興に役立つことを期待されているんです。この学校に俺を送り出してくれた代わりに故郷を守ってくれている幼馴染を、裏切ることはできません。好きか好きじゃないかだけで考えてってキリヤは言ったけど、俺たちの背景を切り離して考えることは絶対にできない」
弱くなりそうな心を奮い立たせてユノは続けた。
戴冠式や今日のダンスパーティでの彼を見て現実を嫌というほど目の当たりにさせられた。
以前図書館では言えなかったけど、先延ばしにしても状況は変わるわけがない。
二人の未来が交わることが、ユノにはどうしても想像できなかった。
「だから、俺とキリヤの思いが通じ合ったところで、ここで学生生活を送っている間だけの関係です。俺は終わりが見えている関係を楽しめるような性格じゃないんです。そういう相手を探すなら他をあたってください」
断るときはできるだけ、はっきりと。冷淡に。
いつだったかサランが話していたことを思い出しながら一生懸命言った。
言いたいことが言えたという安堵と共に、この恋の終わりに胸が引き裂かれそうだった。
それなのに。
目の前の美しい男は、笑ったのだ。
「な……なんで、笑うんですかっ」
ユノは抗議し、彼の腕から抜け出そうとしたが、それは許されなかった。
「すまない。ユノから熱烈な告白が聞けた気がして嬉しくなってしまった」
すまないと言いながらも、彼の青い瞳は嬉しそうに蕩けていた。
「は? 今のどこが告白……っ」
「終わりが見える関係ではなく、ずっと一緒にいたい。そういうことだろう?」
キリヤに指摘され、あ、とユノは驚きの声をあげ、それからみるみる間に顔を真っ赤にした。
「ち……っ違っ……」
「違わないだろう。そして君は僕の最初の質問に答えていない」
「さ……最初の質問?」
彼はユノの耳に甘く囁く。
「僕のことは嫌い?と聞いたはずだ」
そう言うと青い瞳は、真っ直ぐに、真剣にユノを射抜いた。
「……だから……っだめなんですっ」
そう言って青い瞳から逃げるようにぎゅっと目を瞑った。
『嫌い』と建前でもどうしても口にできないことを見抜かれている。
「君の答えが『だめ』なのであれば、僕は諦めない。君にずっと続けていける関係だと納得させてみせる」
キリヤはそう言った後。
ユノはなんと返していいかわからなくなった。何か言わなければと思って、口を開いたが、言葉が出なくて、目を瞑ったまま、息だけを零した。
「ああ! 全く……君は……っ」
そんなユノを見て、キリヤは眉間にしわを寄せたかと思うと。
「……っ」
彼のムスクがひときわ強く香って、そして。
ユノの唇に熱くて柔らかいものが触れた。
大きな手が髪をかき混ぜて、熱くなった頬を撫でた。
「ん……っ」
二、三度押し付けられると、背中に甘い痺れが走った。
ちゅ……と濡れた音がして、唇が離れた。
「は……」
唇が離れた後に吐息がこぼれた。
その吐息は喉が焼けるかと思うほどにこってりと甘かった。
額をこつんと合わされる。
「すまない……君から返事をもらうまでは触れない、と約束したのに。でも君を好きだという男の腕の中で……君の唇がどんなに甘いか知っている男の腕の中で……目を瞑るユノも悪い。そもそも君は無防備すぎるんだ」
だから謝らない、なんて言う少し拗ねたような彼の声は、時おり聞くことができる年相応の青年の声で、胸の奥がぎゅっとなった。
伏せた彼の美しい睫毛が夜風に震えた。
その時だった。
カタン、と石造りのバルコニーに誰かが何かを落としたような音が聞こえた。
はっとして振り返ったが、人影は見当たらなかった。
「イヴァンと踊っている姿を見たら頭に血が上ってしまったが、ここは人目に触れる可能性があるな」
そう言うとキリヤは指を一振りして箒を取り出した。
「ダンスパーティはもう誰が抜けたかなんてわからないだろうから、帰ろう。送るよ」
「一人で帰れますっ」
そう言って彼の腕から抜け出すと。
「うわっ……」
イヴァンとダンスを何曲も踊ったせいか、今のキスで腰に甘い痺れが走ったせいかはわからないが、ユノの体はくらりと揺れた。
「ほら。危ない。いいから、乗って」
そう言った彼の箒に乗せられて、ユノは大広間のバルコニーから飛び立った。
賑やかで華やかなパーティが行われている会場の空は誰もいなかった。
世界に二人だけになってしまったかのような錯覚に陥るくらい。
散りばめられた宝石のような星が美しい夜空を二人で飛んで、寮に帰った。
キリヤの腰に腕を回し、背中に額を押し付けると、大好きな香りで胸がいっぱいになる。
このまま何処かへ連れ去ってほしいとさえも思ってしまうくらいに、彼のことが好きだとユノは思い知る。
だけど、二人の性格から言って、このまま二人だけの世界に逃げ込んだとしても絶対に幸せになれないこともわかっていた。

寮までの飛行は残酷なほどあっという間で、すぐに別れのときはきた。

「僕はユノを諦めないよ……諦められるわけない……」
ユノの寮の前で別れるとき、もう一度ひどく苦しそうに言ってからキリヤは自分の寮の部屋へと帰って行った。
二人の間の距離はどうにもできない。
そう思うのに、彼の言葉が温度が香りが、ユノの体に甘く優しく纏わりついて離れない……
    
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