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3章
【番外編】秋の木漏れ日の中で1キリヤ視点
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※秘密の場所で密会中の一コマ。『告白』の前の出来事※
寒い寒い北の村で真っ青な顔をしていた子供を見付けたときのことを今でも覚えている。
コートは端が焼けているのか歪で、髪は伸びっぱなし。
とても痩せこけていて目を背けたくなるほどかわいそうな子供。
凍てつく寒さの中にいる姿に居ても立っても居られなくて、思わず馬車から降りて声を掛けるとキリヤを見た黒い瞳に光が宿った。
全てが可哀想なのに、瞳が黒曜石のように煌めいていた。
そこから涙が溢れると目が離せないほど美しかった。
可哀想で見窄らしい。
それなのにすごく綺麗だと感じた。
なるほど。
これが天使なのか。
幼いキリヤは自分の出した答えは正解に違いないと思った。
その日天使に初めて出会ったのだ。
「キリヤ様、授業後お時間ありますでしょうか?」
授業が終わるなり、声を掛けてきたのはどこかの貴族の子息。
「すまないが、夕刻には王宮に戻って公務がある。それまで課題を片付けなければならないので時間は無いな」
「それでしたら、是非課題を一緒に……」
断ったにもかかわらず、しつこく誘い続ける者に構っている時間はなく、キリヤは身を翻して大教室を出た。
授業の後僅かに出来た時間。
それが本当に顔を一瞬見るだけしか叶わない時間であっても。
会いたい。
顔が見たい。
こっくりと濃い茶色の廊下を走る。
いつでも落ち着いた振る舞いをするように、厳しく躾けられてきたというのに。
美しい学園自慢の中庭に飛び出し、横切って彼がいつもいる図書館に向けてスピードを上げる。
早く辿り着けばそれだけ彼といられる時間が長い。
一分でも、一秒でも長く居たい。
図書館のエントランスに辿り着き、速歩に切り替える。
この広大な図書館の主とも言える司書のマリア女史は厳しいから、ルールを破ると出入り禁止にされてしまう。
彼の居城と言っても過言じゃないこの場所に、出入り禁止になったらたまらない。
一階の吹き抜けから見上げる光景は壮大だ。
ぎっしりと本が詰まった書架が五階の高さまで聳え立つ。
しかしその光景には目もくれず、図書館の最奥を目指す。
奥まで進んでいくにつれ、人も減ってくる。
そして一番奥。
『妖精の言語』の書架の裏。
秘密の大切な場所。
「いた……」
たまらなく愛おしい人が、今日もペンを握りしめ教科書に齧りついている。
彼の集中力は凄まじくて、キリヤが現れても中々気が付いてくれない。
逆の立場なら、自分はすぐに彼に気が付いてしまうだろうな、と思わず笑ってしまう。
正直彼、ユノは大勢の中にいると目立つような容姿をしていない。
だが、真剣な彼の顔は世界一美しいとキリヤは思っている。
彼の邪魔をしないように、そっと椅子を引いて腰掛ける。
あんまり真剣に教科書を見ているから、教科書にまで妬いてしまいそうだよ。
北部出身者特有のきめ細かい白い肌。
黒い瞳なのに、透明感を感じる不思議な瞳。
鼻はお世辞にも高いとは言えないけれど、キリヤにはとても愛らしく見える。
気付かれないのをはちょっと寂しかったけれど、気付かれないのをいいことに、じっくり味わうように見つめる。
小さな唇。
薄く見えるのに、口付けたら驚くほど柔らかいことをキリヤはもう知っていた。
「はぁ……」
感触を思い出して思わずこぼれ落ちた吐息は自分でも馬鹿みたいに甘ったるいのがわかった。
目眩がするほど柔らかくて甘い感触。
如何なる誘惑にも負けないように鍛えてきた理性なんて、風の前の塵と同じだった。
全身が熱くなって、どくどく、とみっともなく流れる血流の音を聞かれやしないだろうか。
このまま時間の許す限り見つめていたい気持ちと、早く気付いてその瞳にキリヤを映してほしいという気持ち。
几帳面な彼の性格が良く出た文字を綴っていく様子を眺めていると、ピタリと手が止まった。
「……っびっくりしたぁ……! いつからいたんですか?」
気持ちが通じたのか、きらきらと輝くユノの瞳がこちらを向いた。
「今来たばかりだよ」
急いでやってきて息が上がっていたところだとか。
真剣に勉強する君の唇に心拍数を早めていたとか。
そんなことがバレないように、ゆったりと微笑んだ。
寒い寒い北の村で真っ青な顔をしていた子供を見付けたときのことを今でも覚えている。
コートは端が焼けているのか歪で、髪は伸びっぱなし。
とても痩せこけていて目を背けたくなるほどかわいそうな子供。
凍てつく寒さの中にいる姿に居ても立っても居られなくて、思わず馬車から降りて声を掛けるとキリヤを見た黒い瞳に光が宿った。
全てが可哀想なのに、瞳が黒曜石のように煌めいていた。
そこから涙が溢れると目が離せないほど美しかった。
可哀想で見窄らしい。
それなのにすごく綺麗だと感じた。
なるほど。
これが天使なのか。
幼いキリヤは自分の出した答えは正解に違いないと思った。
その日天使に初めて出会ったのだ。
「キリヤ様、授業後お時間ありますでしょうか?」
授業が終わるなり、声を掛けてきたのはどこかの貴族の子息。
「すまないが、夕刻には王宮に戻って公務がある。それまで課題を片付けなければならないので時間は無いな」
「それでしたら、是非課題を一緒に……」
断ったにもかかわらず、しつこく誘い続ける者に構っている時間はなく、キリヤは身を翻して大教室を出た。
授業の後僅かに出来た時間。
それが本当に顔を一瞬見るだけしか叶わない時間であっても。
会いたい。
顔が見たい。
こっくりと濃い茶色の廊下を走る。
いつでも落ち着いた振る舞いをするように、厳しく躾けられてきたというのに。
美しい学園自慢の中庭に飛び出し、横切って彼がいつもいる図書館に向けてスピードを上げる。
早く辿り着けばそれだけ彼といられる時間が長い。
一分でも、一秒でも長く居たい。
図書館のエントランスに辿り着き、速歩に切り替える。
この広大な図書館の主とも言える司書のマリア女史は厳しいから、ルールを破ると出入り禁止にされてしまう。
彼の居城と言っても過言じゃないこの場所に、出入り禁止になったらたまらない。
一階の吹き抜けから見上げる光景は壮大だ。
ぎっしりと本が詰まった書架が五階の高さまで聳え立つ。
しかしその光景には目もくれず、図書館の最奥を目指す。
奥まで進んでいくにつれ、人も減ってくる。
そして一番奥。
『妖精の言語』の書架の裏。
秘密の大切な場所。
「いた……」
たまらなく愛おしい人が、今日もペンを握りしめ教科書に齧りついている。
彼の集中力は凄まじくて、キリヤが現れても中々気が付いてくれない。
逆の立場なら、自分はすぐに彼に気が付いてしまうだろうな、と思わず笑ってしまう。
正直彼、ユノは大勢の中にいると目立つような容姿をしていない。
だが、真剣な彼の顔は世界一美しいとキリヤは思っている。
彼の邪魔をしないように、そっと椅子を引いて腰掛ける。
あんまり真剣に教科書を見ているから、教科書にまで妬いてしまいそうだよ。
北部出身者特有のきめ細かい白い肌。
黒い瞳なのに、透明感を感じる不思議な瞳。
鼻はお世辞にも高いとは言えないけれど、キリヤにはとても愛らしく見える。
気付かれないのをはちょっと寂しかったけれど、気付かれないのをいいことに、じっくり味わうように見つめる。
小さな唇。
薄く見えるのに、口付けたら驚くほど柔らかいことをキリヤはもう知っていた。
「はぁ……」
感触を思い出して思わずこぼれ落ちた吐息は自分でも馬鹿みたいに甘ったるいのがわかった。
目眩がするほど柔らかくて甘い感触。
如何なる誘惑にも負けないように鍛えてきた理性なんて、風の前の塵と同じだった。
全身が熱くなって、どくどく、とみっともなく流れる血流の音を聞かれやしないだろうか。
このまま時間の許す限り見つめていたい気持ちと、早く気付いてその瞳にキリヤを映してほしいという気持ち。
几帳面な彼の性格が良く出た文字を綴っていく様子を眺めていると、ピタリと手が止まった。
「……っびっくりしたぁ……! いつからいたんですか?」
気持ちが通じたのか、きらきらと輝くユノの瞳がこちらを向いた。
「今来たばかりだよ」
急いでやってきて息が上がっていたところだとか。
真剣に勉強する君の唇に心拍数を早めていたとか。
そんなことがバレないように、ゆったりと微笑んだ。
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