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3章

秘密の逢瀬1

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イヴァンにダンスのパートナーに誘われてからしばらく過ぎた放課後、マリア女史に頼まれた書籍を本棚に戻してしまうと、ユノはいつもの『妖精の言語』書架の裏にある自習用の机で教科書を開いていた。
今週は提出する課題が五つもある上に小テストもいくつか控えていた。
それなのに、九月に五年生になってから中々勉強に集中できる時間が取りづらくなっていた。
しかもここのところ、何人かの生徒から交流会のダンスパーティのパートナーに、と声を掛けられていた。
今日も『錬金術』の授業が行われていた階段教室から図書館に移動するときに、フライングレースに出場していた選手の一人からダンスのパートナーにならないかと声を掛けられた。
イヴァンがパートナーに、と誘ってくれなかったら断る理由を探すのにも一苦労だったことだろう。
フライングレースで目立ってしまった話題の人物と、なんて思う人が案外多いことにユノは辟易としていた。
思わず溜息が漏れそうになったが、それどころではないとユノは頭を振って気持ちを切り替えた。
色々と心乱されることが多いからこそ、集中できるときには集中しなければならなかった。
一心不乱に教科書を捲り、羽根ペンを走らせる。
招待状は無事に作り終え、発送も行ったので、イヴァンと相談して今日は生徒会に行くのは一日だけ休みにしようということになったのだ。
閉館時間までしっかり勉強しよう。
そうやってしっかり集中すると課題は大体片付いた。
「一息いれようかな」
気分転換に見ようと思っていたオーディオブック。
イヴァンに勧められたダンスの基本について学べるそれ。
「全く、イヴァンの揶揄い方は趣味が悪い」
ダンスのパートナーにユノを誘ったあと、ユノの指先に口付けて悪戯な笑みを浮かべていたイヴァンのことを思い出してユノはため息を吐きながらオーディオブックに手を伸ばした。
後回しにしてしまっていたが、ダンスの練習もしないと不味いだろう。
何しろユノは正式なダンスが全く踊れないのだから。
オーディオブックを手に取り、顔を上げると眼の前にプラチナ色が広がった。
「あ……」
治癒学の教科書を読んでいたのか、教科書の上に顔を伏せるように眠っているみたいだった。
いつそこに座ったのかも分からなかったので、ユノが動揺するとその気配でプラチナ色の髪は揺れた。
「ん……ようやく気付いたのか。随分集中していたな」
教科書から上げたキリヤの顔は美しかったが、目の下には薄っすらとした隈が残っていた。
「すみません。気が付かなくて」
実はキリヤがこうして図書館で勉強するユノの元にふらりと現れるのは初めてのことではなかった。
毎日ではなかったが、初めて図書館で一緒に過ごしてから、ユノがこの一階の隅っこにある自習エリアに居る時間を把握したらしい彼はやって来て、わずかな時間だが静かに二人で過ごす。
「僕も治癒学の勉強をしなくてはと思ってここに来たんだが、集中するユノを見ながら今日は寝てしまった」
苦笑いをするキリヤのちょっとだけ気まずそうな表情は年相応の青年らしく見えた。
まだ寝起きのとろんとした青い瞳。
動きも気怠そうで、ゆっくりと眩い髪を掻き上げた。
「疲れているんじゃないですか? 無理せず寮に帰って少し休んだ方がいいと思いますよ」
無防備な彼に心臓が跳ね上がってしまったのを隠すように言う。
「戴冠式が近いからな。その準備で昨夜もまた城から戻って来るのが遅くなってしまった。だが治癒学は今年で二年目だろう? それを今年から始めるとなると、やはり去年の知識をきちんと入れないと付いていくのが難しい」
疲れのせいか、いつもより少しのんびりとした彼の声は耳に心地いい。
「そういえば、昨年取らなかったのに、なぜ今年から治癒学を?」
こんなに隈を作るほど忙しいのに、なぜ彼は課題も授業も難しい治癒学の授業を敢えて選択したのだろうか。
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