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3章

隣の席1

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それから数日は実に慌ただしく過ぎた。
フライングレースの疲れも取り切れていない翌日から、イヴァンと共に魔女学校との交流会の招待状を作成のための雑用に追われながら新学期の授業の準備もしなければならなかった。
加えてキリヤとユノの同時優勝で終えたフライングレースは、例年以上に盛り上がったため、王都の新聞の一面に二人のインタビューが載るなど注目を浴びることとなってしまった。
これまではユノは同学年のスタンダードクラスの中でしか知られた存在ではなかった。
それがあっという間にハイクラスや他学年からも注目されるようになってしまった。
校内では至るところから、視線が飛んでくる。
その視線はスタンダードクラスの下級生などからの憧憬を込めたものもあれば、ハイクラスからの疎ましいものを見るようなものもあった。
多くの視線に慣れることは難しかったが、新学年の授業の始まりは、ユノの個人的な事情を考慮してくれるはずもなかった。

「治癒学はユノと二人っきりで受けられるから嬉しいな」
『治癒学発展』の最初の授業に向かうため廊下を歩いていると、サランがニコニコと上機嫌に話した。
「ユノ、サランが調子に乗ってベタベタするのがウザかったらちゃんと俺らに言えよ?」
そんなサランに他の授業に向かうトミーが言った。
低学年の授業はいつも一緒に行動をしているスタンダードクラスの同級生たちも一緒に受けていたが、卒業後の進路により高学年になってからは級友たちと分かれて受ける授業も多かった。
「ユノは僕のことウザいなんて思ってませんー!ねー?」
そう言ってユノと鼻先が触れ合いそうなくらい顔を近づけて、サランはユノに同意を求めた。
「近い。離れろ」
首根っこを掴むようにして、ジェイコブがサランをユノから引き剥がした。
「休み時間終わっちゃいそうだね。みんなも自分の講義がある教室に早く移動しないと」
『治癒学発展』の教室は今話している廊下から近かったが、学園内はとても広いため講義によっては急がなくてはならなかった。
「じゃあ俺ら行くから、昼休みに食堂のいつものとこで、な?」
ユノの言葉に不服そうな顔をしながらも、時計をちらりと見た同級生たちは昼の約束を確認すると自分たちが講義を受ける教室に向かって行った。
フライングレースでいい成績を修めたことを誰よりも喜んでくれたサランや同級生たちだが、ユノへの接し方はこれまでと全く変わらなかった。
それがユノはとても嬉しかった。
「僕たちも早く行こ。治癒学は結構人気だからさ、席なくなって並んで座れなかったら嫌じゃん」
くいくい、とユノのローブの袖口を引っ張るサランと共に『治癒学発展』が行われる教室へと向かった。
「発展はかなり難しいらしいね。サランがいるから心強いよ」
「僕が教えることなんて、そんなにないじゃん。でもユノの優秀なレポートを見ようとして寄ってくる輩はちゃんと僕が追っ払ってやるから安心して」
サランはそう力強く言って、今にも歌い出しそうなほど上機嫌で教室に入って行った。
大きな教室にはスタンダードクラスの高学年の生徒でいっぱいだった。
とても難しい授業のため、最終学年である七年生の生徒までもちらほらいる。
治癒学を学んでおくと、『治癒者』としての仕事に就けるのはもちろん、仕事としなくても身近な人にも使えて便利だ。それに基本的にはハイクラスの生徒たちのような王族や貴族は習わないものなので、彼らのための治癒者になれば生活は安泰だ。
そのような理由からサランのように治癒院の跡取りという者だけでなく、治癒学はスタンダードクラスの高学年に人気の授業であった。
半円型の教室は階段状になっていて、前方中央の教壇に向いている大人数が受講に向いている形だ。
「席、ユノはどの辺りがいい?」
キラキラとした瞳でサランがユノを見上げてくる。
「一番後ろがいいかなぁ」
人に見られることに辟易としていたユノは、後方の端の席を指さした。
「うん。いいね。いいね! 一番後ろで並んで座ると何か二人っきりの世界って感じだよね」
何だかよくわからないことを言いながらもサランは同意してくれたので、教室の一番後ろの席に向かった。
長い年月使用されたせいか大分草臥れている天鵞絨のクッションが敷かれている三人掛けのベンチと長机。
そこを二人で使用している者が多いようだった。
ユノとサランは目当ての一番後ろの席に並んで座った。
長年生徒の勉学を支えてきた濃茶の長机の上に教科書を置き、お気に入りの羽根ペンとインク壺を収納バッグから取り出して準備を整えると、荘厳な鐘の音が鳴り響いた。
授業が始まる合図だ。
『治癒学発展』のカザニコフ教授が前方の扉から入ってくる。
昨年受講した『治癒学基礎』と同じ教授だ。
厳しくて有名な教授だが、しっかりとした知識と魔法を身に付けさせてくれる。
厳しい教授の顔を見ると背が伸びる思いだった。
そのとき。
ユノの隣に誰かが教科書を置いた。
三人掛けに二人で座っているのだから、余裕はある。
だが他に空席もあるのに、何も窮屈に三人で座らなくてもいいのではないか。
瞬間ふわりと香ったムスクの香りに覚えはあるが、まさか彼のはずはないだろう。
この香りを真似る人は多いのだろうか?
そう思ってユノは隣に座ろうとしている者の顔を見上げた。
「……っ?!」
隣に座ろうとしたものの顔を見て、ユノは驚きのあまり叫びそうになった口を自らの手で抑えた。

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