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2章
フライングレース3
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こんなにも早く二位の人物がやってくるのは意外であった。
魔力を使って神殿に来るよりも、復路で鍵を持っている者を狙って奪った方がずっと効率がいいから、参加者は往路では互いの様子を見ながらジリジリ進んでくるものと思っていた。
神殿の外に出て、広い庭から飛び立つ。
ここは見晴らしもよく、学園から神殿が見えるのと同じように学園が臨める。
広い空に色とりどりの小さな点のようなものが見える。
レースの参加者だ。
ユノが神殿から一番に飛び立つ姿は、こちらに向かってきているレース参加者からも見えるだろう。
自分が鍵を持っていると言っているようなものだ。
復路の空中で待ち受ける参加者達が襲ってくる前に雲の中に飛び込まなくてはならない。
スタート地点のシュトレイン塔のテラスの石床を蹴り上げたときと同じ勢いで、しかし今度は斜め上ではなく、真上に飛んだ。
まっすぐ上に飛ぶと雲の中だ。
だが雲に入る直前のことだった。
「……っ」
赤い火の玉が矢のようなスピードでユノめがけて飛んできた。
ユノは上空を目がけていた体勢を正面から火の玉を受け止める姿勢に切り替えた。
ボールをキャッチするときのように、胸のところで手を開く。
すると、そこに吸い込まれるように火の玉が飛んできた。
ユノが掌に魔力を込めると、火の玉は体にはぶつからず、手の間で止まった。
『もしかしてユノ?』
火の玉の中から火の精の声がした。
『はい。ユノです』
『止めてくれてありがとう。ユノのはなしはきいたことあるよ』
火の精たちは遠く離れていても、互いの情報を共有できるという。
『いえ。そちらも俺の姿を見てスピードを緩めてくれましたよね? そうしてくれなかったら俺もけがは免れなかったと思います』
『ユノをこうげきしたら、みんなからきらわれちゃう』
火の精の言葉で会話してから顔を上げる。
火の精から錬成した火の玉を投げてきた人物がユノの視界に入った。
赤い髪の毛と瞳を持つ男。
アンドレアは、ユノが火の玉にぶつからず手の間に留めている様子を遠くから見ても何が起こたのか理解していない様子だった。
手の間に火の玉を留めたままユノは自身の元最大のスピードでアンドレアの元に向かった。
アンドレアと鼻先がぶつかりそうなほど近くまで飛ぶ。
「……っ」
自分の懐まであっという間にユノが飛んでくるとは思いもよらなかったらしく、今度はアンドレアが驚く番だった。
「これはお返ししますね」
甘く囁くように言って、ユノはアンドレアの手に火の玉をそっと返した。
「攻撃対象にぶつける様に投げると、火の精は死んでしまいます。どうか火の精が亡くならないで済む方法での攻撃をお願いします。あと……できれば戦闘はしたくなくて。少しの間止まっていてもらえますでしょうか」
「なっ……何言って……っえっ……」
アンドレアが攻撃を繰り出そうとしたようだったが、ユノはそんな彼の唇にぴたりと人差し指を当てた。
先に彼を動けなくする攻撃魔法を仕掛けたのだ。
「俺も魔力は節約しなくてはならないので、そんなに強い魔法は掛けていません。五分もしたら動けるようにはなると思います」
そっと囁いたユノを、アンドレアは目を見開いて見つめた。
何か言おうと口を開こうとするも、それすらままならない。
そんなアンドレアを残してユノは今度こそ思いっきり上空に飛んだ。
間近で見たアンドレアの赤い目はユノを燃やし尽くそうとでもするように燃えていた。
激しく怒っているのだろうか?
そのまま真上の雲の中に躊躇せずに飛び込んだ。
「ま……じかよ……っ」
絞り出すようなアンドレアの声が聞こえたような気がしたが、ユノは気に掛けていられなかった。
おそらくアンドレアを始めとする他の参加者も飛び込んで来ないだろう。
雲の中まで他の参加者が追いかけてこないのは、進行方向が見えづらいからという理由だけではない。
雲は中心部には上昇気流、そして周りの部分には下降気流が存在するため、雲の中の飛行には激しい乱高下が伴う。
箒に跨ってその乱高下に振り落とされないよう耐えられるのは、魔力をしっかりとコントロールすることと強い体幹が求められる。
頭で考えたとおりに魔力を使うのはとても難しい。
日々知識を積むことを怠らず、訓練を行うことによって、脳でイメージしたとおりに魔力を使えるようになる。
ユノの魔力こそはハイクラスの家柄の者ほどは高くはないが、コントロールは誰よりも長けていた。
「くっ……」
厚い雲の中に飛び込むと、外側から穏やかに見えたが、やはりひどく気流が乱れてユノの箒は激しく上下に揺れた。
ユノの箒にはクルリ村では必需品であった方位磁針が埋め込まれている。
方位磁針が北を示す部分には暗闇で青く光る石があしらわれており、視界が不良でも方位の確認ができる優れものだ。
乱高下する気流に振り回されないように魔力をコントロールしながら、青が指し示す方向に必死で飛んだ。
箒は揺れたが、クルリ村で吹雪のときに、医者を呼びに行ったときほどではなかった。
だからこの中で飛行するのは可能なばずなのに。
「うわぁっ……」
突然箒がコントロールを失い物凄い勢いで上昇した。
「な……な……んでっ……」
箒が全く言うことを利かなくなって、物凄い勢いで上昇した後はそのまま下降気流に巻き込まれ下に落ちていく。
必死に振り返って箒の状態を確認すると、箒の先の部分。いわゆる穂と呼ばれる部分をきつく縛って纏めてある紐が切れていた。箒の穂の部分は雲の中の激しい気流でどこかに飛ばされて、ユノはただの棒にしがみついているだけの状況だ。
いくらユノが魔力を使うのが上手でも、ただの棒では激しい気流が渦巻く雲の中を飛ぶことは不可能であった。
ユノは棒と成り果てた壊れた箒を掴んだまま、どんどん落下していく。
箒の穂は世界で一番強い紐だと言われている『竜の髭』でしっかりと束ねたはずなのに。
ついには雲も抜け、ユノの体はシュトレイン山の中腹の森林に向かって一気に落下していく。
魔力を使って神殿に来るよりも、復路で鍵を持っている者を狙って奪った方がずっと効率がいいから、参加者は往路では互いの様子を見ながらジリジリ進んでくるものと思っていた。
神殿の外に出て、広い庭から飛び立つ。
ここは見晴らしもよく、学園から神殿が見えるのと同じように学園が臨める。
広い空に色とりどりの小さな点のようなものが見える。
レースの参加者だ。
ユノが神殿から一番に飛び立つ姿は、こちらに向かってきているレース参加者からも見えるだろう。
自分が鍵を持っていると言っているようなものだ。
復路の空中で待ち受ける参加者達が襲ってくる前に雲の中に飛び込まなくてはならない。
スタート地点のシュトレイン塔のテラスの石床を蹴り上げたときと同じ勢いで、しかし今度は斜め上ではなく、真上に飛んだ。
まっすぐ上に飛ぶと雲の中だ。
だが雲に入る直前のことだった。
「……っ」
赤い火の玉が矢のようなスピードでユノめがけて飛んできた。
ユノは上空を目がけていた体勢を正面から火の玉を受け止める姿勢に切り替えた。
ボールをキャッチするときのように、胸のところで手を開く。
すると、そこに吸い込まれるように火の玉が飛んできた。
ユノが掌に魔力を込めると、火の玉は体にはぶつからず、手の間で止まった。
『もしかしてユノ?』
火の玉の中から火の精の声がした。
『はい。ユノです』
『止めてくれてありがとう。ユノのはなしはきいたことあるよ』
火の精たちは遠く離れていても、互いの情報を共有できるという。
『いえ。そちらも俺の姿を見てスピードを緩めてくれましたよね? そうしてくれなかったら俺もけがは免れなかったと思います』
『ユノをこうげきしたら、みんなからきらわれちゃう』
火の精の言葉で会話してから顔を上げる。
火の精から錬成した火の玉を投げてきた人物がユノの視界に入った。
赤い髪の毛と瞳を持つ男。
アンドレアは、ユノが火の玉にぶつからず手の間に留めている様子を遠くから見ても何が起こたのか理解していない様子だった。
手の間に火の玉を留めたままユノは自身の元最大のスピードでアンドレアの元に向かった。
アンドレアと鼻先がぶつかりそうなほど近くまで飛ぶ。
「……っ」
自分の懐まであっという間にユノが飛んでくるとは思いもよらなかったらしく、今度はアンドレアが驚く番だった。
「これはお返ししますね」
甘く囁くように言って、ユノはアンドレアの手に火の玉をそっと返した。
「攻撃対象にぶつける様に投げると、火の精は死んでしまいます。どうか火の精が亡くならないで済む方法での攻撃をお願いします。あと……できれば戦闘はしたくなくて。少しの間止まっていてもらえますでしょうか」
「なっ……何言って……っえっ……」
アンドレアが攻撃を繰り出そうとしたようだったが、ユノはそんな彼の唇にぴたりと人差し指を当てた。
先に彼を動けなくする攻撃魔法を仕掛けたのだ。
「俺も魔力は節約しなくてはならないので、そんなに強い魔法は掛けていません。五分もしたら動けるようにはなると思います」
そっと囁いたユノを、アンドレアは目を見開いて見つめた。
何か言おうと口を開こうとするも、それすらままならない。
そんなアンドレアを残してユノは今度こそ思いっきり上空に飛んだ。
間近で見たアンドレアの赤い目はユノを燃やし尽くそうとでもするように燃えていた。
激しく怒っているのだろうか?
そのまま真上の雲の中に躊躇せずに飛び込んだ。
「ま……じかよ……っ」
絞り出すようなアンドレアの声が聞こえたような気がしたが、ユノは気に掛けていられなかった。
おそらくアンドレアを始めとする他の参加者も飛び込んで来ないだろう。
雲の中まで他の参加者が追いかけてこないのは、進行方向が見えづらいからという理由だけではない。
雲は中心部には上昇気流、そして周りの部分には下降気流が存在するため、雲の中の飛行には激しい乱高下が伴う。
箒に跨ってその乱高下に振り落とされないよう耐えられるのは、魔力をしっかりとコントロールすることと強い体幹が求められる。
頭で考えたとおりに魔力を使うのはとても難しい。
日々知識を積むことを怠らず、訓練を行うことによって、脳でイメージしたとおりに魔力を使えるようになる。
ユノの魔力こそはハイクラスの家柄の者ほどは高くはないが、コントロールは誰よりも長けていた。
「くっ……」
厚い雲の中に飛び込むと、外側から穏やかに見えたが、やはりひどく気流が乱れてユノの箒は激しく上下に揺れた。
ユノの箒にはクルリ村では必需品であった方位磁針が埋め込まれている。
方位磁針が北を示す部分には暗闇で青く光る石があしらわれており、視界が不良でも方位の確認ができる優れものだ。
乱高下する気流に振り回されないように魔力をコントロールしながら、青が指し示す方向に必死で飛んだ。
箒は揺れたが、クルリ村で吹雪のときに、医者を呼びに行ったときほどではなかった。
だからこの中で飛行するのは可能なばずなのに。
「うわぁっ……」
突然箒がコントロールを失い物凄い勢いで上昇した。
「な……な……んでっ……」
箒が全く言うことを利かなくなって、物凄い勢いで上昇した後はそのまま下降気流に巻き込まれ下に落ちていく。
必死に振り返って箒の状態を確認すると、箒の先の部分。いわゆる穂と呼ばれる部分をきつく縛って纏めてある紐が切れていた。箒の穂の部分は雲の中の激しい気流でどこかに飛ばされて、ユノはただの棒にしがみついているだけの状況だ。
いくらユノが魔力を使うのが上手でも、ただの棒では激しい気流が渦巻く雲の中を飛ぶことは不可能であった。
ユノは棒と成り果てた壊れた箒を掴んだまま、どんどん落下していく。
箒の穂は世界で一番強い紐だと言われている『竜の髭』でしっかりと束ねたはずなのに。
ついには雲も抜け、ユノの体はシュトレイン山の中腹の森林に向かって一気に落下していく。
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