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1章

火の妖精

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シンプルながらも趣がある木造の扉。
真鍮のドアノブを丁寧に閉めて、施錠の呪文を小さく唱えてから寮の廊下を歩いた。
今日は休日だからか、廊下に人が居ない。
いつもなら気のいいスタンダードクラスの級友で溢れている居心地のよい寮の中を、一人で歩いて行く。
王族や貴族ばかりのハイクラスの生徒で構成されている生徒会に参加することに、ユノとて不安がないわけじゃない。
十四歳になる年にこのシュトレイン国立魔法学園への入学を許可されるが、七年制のこの学園では低学年の三年間、つまり三年生である十六歳まではハイクラスとスタンダードクラスは完全に分かれているために、姿を見かけることさえもない。
四年生になると授業はそれぞれの将来や適正に合わせて自由に選択できることになる。
しかし、それぞれのクラスが選択する授業は何となく決まっている。そのためハイクラスとスタンダードクラスの交流など高学年になっても皆無である。
交流どころか、高学年になるとすれ違うことが増えるため、ハイクラスの生徒からは『平民のくせに』と嘲笑されることも増えるくらいだ。
それでもハイクラスの生徒しかいない生徒会役員の仕事を引き受けたのは、メンバーの中に昔ユノの生まれ育った村で出会った美しいプラチナブロンドの彼がいるから。
彼を数年ぶりに見たのは学園の入学式のときであったが、簡単に声を掛けられるような人物ではなかった。
村で声を掛けてもらった礼を言って、非常に高価で稀有な青い宝石が付いたブローチを返却したいと思い続けていたが、低学年のときは姿を見ることさえも殆どなかった。
高学年になってすれ違うこともあったが、彼は多くの取り巻きに囲まれていて平民のユノが話しかけることなんて到底出来ない。
当時の無知が恐ろしいが、父母を亡くし絶望に打ちひしがれていたユノに声を掛けてくれた美しい少年は、このシュトレイン王国の第二王子であったのだ。
しかもシュトレイン王国の第二王子は、恐ろしい隣国の『黒の魔法使い』から国を守ることができる『光の魔法使い』として産まれ、王を継ぐ第一王子以上に大切にされている存在と言っても過言ではない。
そのような人と懇意になろうなんて少しも思ってはいないが、同じ学校に入学できたという偶然の中、当時は言えなかった礼を言って、微力ながらでも生徒会役員として生徒会長を務める彼の力になれたら、そんな思いだった。
そして彼の存在が、王族や貴族全てが差別主義とは限らないという考え方にユノをさせてくれた。
ユノは部屋を出ると古いがよく磨かれ艶々とした板張りの廊下を端まで歩き、ワンフロア分だけ階段を降りる。するとそこは寮のエントランスだ。
寮棟は学年ごとに分かれている上にハイクラスとスタンダードクラスも分けられている。
だからこのユノがクラス寮はスタンダードクラスの五年生しかいない寮だ。
ハイクラスの寮は外観しか見たことがないが、さながら小さな城のように立派であった。
それと比べると随分粗末で古く見えるが、どこか趣のある古いこの寮をユノはとても気に入っていた。
スタンダードクラス専用のエントランスは質素ではあるが、古い臙脂色の絨毯が敷かれているのも、火の精が優しく燃えているランタンがいくつもぶら下がっているのも、ユノは好きだった。
今は初秋なので火は焼べられてはいなかったが、冬になると暖かく迎えてくれる暖炉があるエントランスにはベンチがいくつも置いてあって、寮母のマルコに消灯時刻を過ぎていると叱られるまで話し込んでしまうこともある居心地のよい場所だ。
『おはよう』
火の精たちにユノはにこやかに火の精の言葉で挨拶する。
『おはよう、ユノ。どこいくの?』
休日なのに朝早くから制服に着替えて出かけようとするユノに火の精たちは優しく揺らめいて聞いた。
『生徒会だよ。今日からなんだ』
ユノは火が弱くなっているランタンに魔法油を注ぎながら応えた。
魔法油をランタンに注ぐ係の者は決まっているが、ユノは通りかかるときに火が弱くなっている子には注いであげることにしている。
この国の最北部のクルリ村出身のユノにとって火の妖精はとても身近で、そしてとても大切な存在だ。
火の精とのコミュニケーションは子供の頃から大切にしているので言葉は覚えた。
『スタンダードのこで、せいとかいにはいるのははじめてだね! がんばって!』
『ありがとう。頑張ってくるね』
火の精たちに挨拶を済ませると、今度は外に出る扉のすぐ横にある小窓の付いた部屋を覗き込んだ。
「マルコさん、おはようございます。生徒会の活動で登校しますね」
「ご苦労さん、ユノ。いってらっしゃい」
生徒の安全や風紀を守る厳しくも優しい寮母のマルコにも挨拶すると、ユノは扉を解錠する呪文を口の中で唱える。
すると、扉は開き外の日差しが飛び込んできた。
ユノは収納バッグを開けて箒を取り出した。
歩くことも好きだが、ユノは箒に乗って空を飛んだ。
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