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「あ、そうだ。これどうぞ」

手渡されたのはショッピングセンターのロゴが入った紙袋だった。中を覗いてみると、昔出張で地方に行ったときに買って気に入っていたご当地のお菓子が入っている。
すごく美味しくてまた食べたいと思っていたのだが、通販もしていないため諦めていた。

「ど、どうしたんだ? これ」
「最寄りの駅ビルのショッピングセンターで地方の催事をやってたんで買ってみました。結構篠原さんも好きそうかなってお裾分けです。口に合うといいんですが」

「……これずっと食べたかったんだ。ありがとう」

北村はよく、俺の好物や気に入ったものを買ってきてくれる。
だが俺は一度も北村に自分の好きな食べ物も飲み物も趣味も何も話したことはない。
それなのに、「篠原さんが好きそうだと思って」と言っていつも俺の大好物をドンピシャで買ってくるから不思議だ。
早くから出世するものの多くは他人が好きそうな物や好む話題を見つけるのが上手いとは言うけれど。

出来るだけ割り切った関係でいようとセックス以外のことはしないようにしているが、貰ったお菓子を自分だけで食べるのも気が引ける。
飲み物を無言で出し、菓子を皿に出して二人分乗せた。

「ありがとうございます。あ、メロンソーダ……」

北村が嬉しそうにはにかんだ。
普通菓子には茶と決まっている。俺はアイスティーだが、北村にはキンキンに冷やしたソーダを出してやった。
クールな容姿の割に、重度の甘党で甘い飲み物が好きという可愛い一面があることは知っている。
甘いケーキを食べながら甘い飲み物を注文するらしい。
これも松倉からの情報だ。俺がさりげなく北村の話題になるように誘導しているせいか、最近松倉と飯に行くときは、高確率で北村の話題が出るようになった。

松倉によると北村は同期の中でも一番の有名人で、真偽不明の噂話が絶えないと言う。
実家が物凄く太い御曹司だという噂から、その筋の家の跡取り息子という噂まで様々だ。
御曹司という噂はまことしやかに囁かれている。スーツを着た北村はいかにも洗練されて都会的で、御曹司という言葉が似合い過ぎる。
それから、これは噂ではなく事実らしいが彼の私服は物凄く〝ヤバイ〟らしい。
どうやばいのかは分からないが、一度見たら忘れられないほどヤバイのだそうだ。

噂話を聞けば聞くほど、ミステリアスな男だ。
だが、一番のミステリーはゲイでもない社内1と言っても過言でもないモテ男がなぜ俺のような平々凡々な社員のセフレをしているのかということだ。
最初は物珍しさからですぐに飽きるだろうと思っていたのだが、なんだかんだもう一年になる。

(変な奴……)

思案に耽る俺を他所に、北村は気持ちのいい飲みっぷりでネオングリーンに輝くメロンソーダを飲み干した。

「……そういえば、催事場の横に、浴衣売り場があったんですけど、すごい混みあってました」
「あー。花火のシーズンだもんな。そういえば来週の金曜日の夜、このアパートの前の河川敷で花火大会があるんだよ。荒川とか隅田川みたいなでっかい花火大会じゃないけどさ。ここのベランダからよく見えるぞ。マジで真ん前」
「すごいですね」

アパートの二階だが、目の前を遮る建物がないため非常に綺麗に見える。
あの景色を、北村にも見せたいと不意に思った。

「その……、もし仕事早く終わったら、そういうことする前に見るか? せっかくだし」

ちょうど金曜日の夜という日程だから、不自然ではないだろうと思いながらもドキドキしながら誘った。
なんとなく、OKしてくれるのではないかと思っていた。
だが北村は途端に困ったように眉根を寄せた。

「すみません。来週はちょうど仕事が遅くなりそうで、会えるかどうかも分からなくて」
「あ、そうだよな。今大型プロジェクトで忙しいんだよな。いやいいよ。たまたま金曜日だったから言ってみただけだから」

慌ててそう言って笑って誤魔化したが、内心少しショックだった。

お互い働き盛りなのだから残業で遅くなることもある。
だが、「セックス以外の約束を断られた」ことになぜか胸がズキッと痛みを覚えたのだ。

おかしな話だ。
自分達はただのセックスフレンド。男同士でただ花火を見てもつまらないに決まっている。
それなのに、どうして誘ってしまったのだろう。

「……すみません。せっかくの機会なのに本当に残念です」
「いや、そんなに残念がるほど大した花火大会じゃないから。……いいからほらもう、シャワー浴びてこいよ。俺、もう浴びたから」

そう促すと、北村は素直に頷き、暑そうにネクタイを緩めながらバスルームへと向かった。
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