上 下
10 / 13

10.

しおりを挟む








敦が帰った後、俺は未だに目の前の男が北村とは思えず、信じられない気持ちで見上げた。

目が合うと、北村は途端に顔を引きつらせて深々と頭を下げる。



「篠崎さんすみません。色々と出過ぎたマネをして……。その上ゴルフクラブを傷つけてしまって……弁償します。しかも、演技とは言え〝歩〟などと呼び捨てにしてしまって」



その恰好で頭を下げられると、自分もまたそっち系の人になった気がする。

だが、北村の表情は俺が知っているいつもの好青年に戻っていたので、ホッと息を吐いた。



「い、いやその……むしろこっちこそゴメン。その、お前は……」



その筋の人だったのか。

などと言えるはずもなく口ごもると、北村はそれを察したのか「違いますよ」と珍しく慌てた様子で言った。



「そんな訳ないじゃないですか。どんな噂が流れてるか知りませんが、俺の実家は太くないし、むしろ田舎の貧乏大家族の末っ子ですよ。高校まで荒れたヤンキー校にいたので、この手の脅しが得意になっただけです。相手より先に、相手の倍ぐらいキレてビビらせるっていうのが吹っ掛けられた喧嘩を買わずに終わらせる一番楽な手段だったんで……まあでも、今回は私怨もあって少しキレすぎましたけど」



そう言いながら、北村はゴルフクラブの先に付いた敦のスマホの破片を忌々しそうに乱雑に拭き取った。



「……ありがとな。助けてくれて。変な事に巻き込んでごめん」

「いえ。こちらこそすみませんでした。明らかにやりすぎました」

「今日来ると思わなかったからびっくりした。……でも、悪い。今日はちょっとその……Hは出来ないかも」



俯きながら言うと、北村はコンビニのビニール袋を掴んで掲げた。



「元々、今日はセックスするために来た訳じゃないですから。花火大会に間に合いそうになかったんで、篠崎さんとこれしようと思って」



中には手持ち花火が入っている。



「え……?」

「篠崎さんと会うときは絶対スーツって決めてたんです。地元じゃフツーの恰好だったんですけど、東京で出来た友達に〝お前私服のセンスやばいぞ〟って言われてたんで……。でもさすがにスーツで花火は出来ないんで。ただ、結果的に今日は私服で来て逆に正解でした。めちゃくちゃビビってましたね」



北村は念書を見下ろしながら苦笑した。それにつられるようにして俺も思わず笑ってしまった。



「あれだけ脅せば、もう来ることはないと思いますが……万が一来たときはすぐに連絡してください。警察よりも早く駆け付けます」



そう言って北村はスタジャンのポケットに手を突っ込むと、中からメモ帳を取り出し、服装と全く似合っていない几帳面な端正な字で連絡先を書いて俺に渡した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

男とラブホに入ろうとしてるのがわんこ属性の親友に見つかった件

水瀬かずか
BL
一夜限りの相手とホテルに入ろうとしていたら、後からきた男女がケンカを始め、その場でその男はふられた。 殴られてこっち向いた男と、うっかりそれをじっと見ていた俺の目が合った。 それは、ずっと好きだけど、忘れなきゃと思っていた親友だった。 俺は親友に、ゲイだと、バレてしまった。 イラストは、すぎちよさまからいただきました。

βの僕、激強αのせいでΩにされた話

ずー子
BL
オメガバース。BL。主人公君はβ→Ω。 αに言い寄られるがβなので相手にせず、Ωの優等生に片想いをしている。それがαにバレて色々あってΩになっちゃう話です。 β(Ω)視点→α視点。アレな感じですが、ちゃんとラブラブエッチです。 他の小説サイトにも登録してます。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

前世から俺の事好きだという犬系イケメンに迫られた結果

はかまる
BL
突然好きですと告白してきた年下の美形の後輩。話を聞くと前世から好きだったと話され「????」状態の平凡男子高校生がなんだかんだと丸め込まれていく話。

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

処理中です...