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金糸の龍の刺繍が入ったジーンズ。同じく金糸で虎の刺繍が入ったスタジャン。

中には真っ赤なシャツを着て、片手にコンビニの袋を下げていた。

いつも細身のスーツを着こなした礼儀正しい若者とは別人としか思えないぐらい印象が違っている。



チンピラのような服装だが、顔が良すぎるせいで安っぽくならず、どちらかというと、もっとヤバい組織に所属している〝その筋の若者〟にも見える。



北村の私服がヤバイというのは、こういうことだったのか。

ひょっとして実家が太いという噂はまさか、そういうことか?



「な、なんだ? こいつ」



敦もさすがに怯んだ様子だ。

北村は俺達を静かに見下ろしていた。暗くてその表情は見えないが、おそらく戸惑っているのだろう。



北村にしてみたら、セフレの家を訪れてみたら、他の男を連れ込んでいたというような状況に思うかもしれない。

元々俺は、SNSで会ったこともないおじさんと寝ようとしていたのだから。

そうでなくても、俺達はただのセックスフレンドという関係だ。

北村に俺を助ける義務はないし、こんなことに巻き込むべきではない。



俺は、敦が動揺している隙をついて自分を組み敷いていた身体から何とか這い出して距離を取った。



「わ、悪い北村。今日はちょっと取り込み中だから、また来週で……」



敦とはこのままファミレスかどこか人の多い所で話し合おう。

そうすればさすがに襲ってくることはないだろうし、冷静に

動画を消して貰って、その後はすぐに引っ越すしかない。

とにかく冷静に、毅然と関係を断ち切らないといけない。



そう考えていたその時だった。



「あ゛ぁ!? てめーなんで、人の恋人に手出してんだよ!」



ドスの聞いた低い声で北村が突然物凄い剣幕で怒鳴った。

腹の底に響くような迫力のある声に敦と共に俺まで竦みあがってしまう。



突然出てきた恋人という言葉にもひどく驚いた。



「き、北村……?」



シン、と一気に室内が静まり返り、敦の手の中にあったスマホの中で流されている動画から漏れる俺の喘ぎ声と「撮らないで」と訴える声だけが小さく響いている。

北村はしばらく唖然とした顔をしてそれを見下ろしていたが、やがて敦の方を視線で人を殺せそうな程の鋭い眼光でギロリと睨んだ。



「……あり得ねえ。良い度胸してんなぁ。殺すぞテメエ」



北村は驚いて逃げようとして慌ててズボンのファスナーを上げている敦の襟首を掴むとガンガンと揺さぶった。



「ひっ……す、すみません」

「すみませんで済んだらサツはいらねえんだよ!」



玄関に散らばっていたゴルフクラブを一つ手に取ると、躊躇いなく敦の頭に向かって振り下ろしたのだ。



「北村! やめ……っ」



止める間もなく、思わず目をギュッとつぶってしまった。



その瞬間、物凄い音がした。

恐る恐る目を開けると、敦の手の中にあったスマホが原型をとどめない程粉々になっていた。

その中に保存されていた俺の痴態の動画も、完全に消滅しただろう。



「チッ、外した。次はてめえの頭がこうなる番だからな」



笑いながらゴルフクラブを頭に乗せられて、敦は今度こそ蒼白になった。



「お、俺は何も知らなかったんだ……っ、こいつに誘われただけで……っ」

「ああ? 歩が浮気なんかする訳ねーだろ」



歩!? と名前で呼び捨てにされたことに驚いたが今はそれどころではない。

荒れ狂う北村を早く止めなければ、敦が殺される。

北村が再びゴルフクラブを振り上げたので、慌てて止めようとしたが、それよりも早く敦がヒッと悲鳴を上げて荷物も置いて逃げ出そうとした。



「待て。まだ質問は終わってねーんだよ。お前歩のあんな動画持ってて何する気だった?」

「それは……」

「テメエと歩の関係を洗いざらい吐け。素直に全部吐いたら、五体満足で家に帰してやってもいい」

「北村。もういい……あとは俺達で話し合うから」

「ダメです。動画のバックアップを持ってるかもしれない」



北村は小声で俺にそう言うと、竦みあがっている敦をその場に正座させた。

俺との関係やなぜ今日急にこのアパートを訪れたのか、先ほどの動画はなんなのか。

時に恫喝をしてビビらせながら、まるで刑事のように尋問をした。



敦は完全に北村をその筋の人だと思っているらしい。

セックスの動画をSNSにUPして脅し、復縁を迫ってレイプしようとしただけではなく、過去に俺の金をだまし取った事まで洗いざらい吐いた。



「動画のバックアップは?」

「ありません……。スマホに入ってたやつで全部です」

「もしバックアップ持ってやがったらマジで殺すからな」



そうして、身分証の類を全て机の上に並べさせ身元と連絡先を確認すると、俺から取った金を全額一カ月以内に振り込むこと。二度と俺に近づかないことを念書を書かせて約束させた。



「全額一カ月以内はちょっと……」

「足りないならサラ金でも闇金でも使って揃えろよ。なんなら俺が紹介してやろうか?」

「い、いえ……」

「北村、金はマジでいいから」



腕を掴んでそう止めると、北村は小声で真剣に言った。



「ダメですよ。篠崎さんが汗水流して貯めた大事な金でしょう」



そうだ。本当に大事な金だ。猛暑の日も極寒の日も靴を何足もダメにするほど歩き回って必死に契約を取った。

敦と一緒に暮らすマンションを買うために。

今思い返してみても、救いようがない馬鹿だ。



「もう全部、忘れたいから……」



視界がぼやけて慌てて俯きながら言うと、北村は少しの沈黙の後に頷き、敦の方に向き直った。



「歩に免じて金は勘弁してやる。でも今後、歩に近づいたり……ああ、それから万が一てめえが嘘をついていてバックアップの動画を持ってたとして、それをネットにUPしたりしたら、その時はマジで仲間呼んで殺しに行くからな」



ゴルフクラブの先で敦の頭を軽く叩きながら笑う北村はどう見てもカタギの人間に見えない。

敦は震えながら何度も頷くと、もう一秒でも早くこの場から逃げ出したいというように慌ててボストンバックを掴んで部屋から逃げて行った。
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