バズる間取り

福澤ゆき

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20.真相・2

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「盗聴器って……」

絢斗はしばらくの間言葉を失って絶句していた。
狗飼は、全て分解して時計から取り出すと、スマホで写真を撮った。

「……絢斗、お前の先輩でこういうアングラに詳しい奴いるだろ? ちょっと性能調べてもらってくれないか。どれぐらいの距離まで届くのか分かれば、この家から半径何百m以内に住んでるかぐらいは分かるから」
「わ、わかった」

自分でも不思議なぐらい冷静だったが、腹の底は怒りと焦りが静かに煮えたぎっていた。

ただ、一つだけ分からないことがある。
若宮が強い警告をしていた理由は分かったが、伊織が霊に「呼ばれた」のではないのであれば、どうして彼はあんなに短期間にやつれ、生気がなくなるまで追い詰められたのだろうか。

狗飼はふと、ベッドの下に伊織の物と思われる台本が、落ちていることに気づいた。
開かれた首を吊った絵が殴り書きされている。そのページには、伊織が自分の台詞に蛍光ペンでラインを引いていたが、明らかにその部分だけが異常な台詞で、フォントもおかしい。この盗聴器の主が差し替えたのだろうか。

『……ごめんなさい、俺はもう終わりです。……これ以上醜くなる前に死にます』

こんなセリフに、マーカーを引いた伊織のことを思うと、犯人に対して吐き気を催すほどの嫌悪感に駆られた。
伊織はこのドラマの出演を、心から喜んで、楽しみにしていたのだ。

「あのさあ、さっきいおりんの寝室行ったとき、気になったことがあって」
「……?」
「これ、枕元にあったんだけど」

絢斗がポケットから、ピルケースを取り出した。
「アイスリープ 1回1錠」と几帳面にテプラシールが貼ってある。おそらく、伊織が貼ったのだろう。

「アイスリープって俺も受験ストレスで一時期不眠になった時飲んでて、内科でも処方してくれるような一番軽い睡眠薬なんだけど、ちょっと変わった形しててさ。トローチのちっちゃい版みたいな。だから、よく覚えてたんだけど、なんかこれは記憶と色が違うなーと思って、ちょっと気になって検索してみたんだけど。……これ、PSっていう今流行りのその……やばいクスリじゃないかって。アイスリープと形が似てて、睡眠薬みたいに強烈に眠くなるから〝アイスリープ〟ってモロに隠語で使われてるらしい」
「………」

絢斗はPSの注意喚起を促すWEBページを見せてきた。

『睡眠薬のような効果を発揮し、非常に強い倦怠感、浮遊感、幻覚、幻聴、憂鬱感、依存性をもたらす危険なドラッグです』

「まさか……」

伊織がドラッグなどやるはずがない。だがもし誰かが、ピルケースの中身を「すり替えて」いたのだとしたら。

でも一体どうやって。ここはマンションの七階だ。そしてこのマンションの鍵はピッキング出来ない防犯レベルの高い鍵だ。

自分以外で、伊織の部屋に出入りしたことがあるのは番組スタッフだろう。
狗飼はふと、ディレクターと思われる男が、伊織にセクハラ紛いの絡み方をしていたことを思い出した。

だが、撮影の際は必ず事務所を通してアポイントメントを取って撮影しており、合い鍵も渡していないと伊織は言っていた。
ドッキリのように見える仕掛けも、全て事前承知の上で行っていると。
とすると、彼らが出入りできたのは撮影の間だけだが、撮影の間に盗聴器をいくつも仕掛けたり、台本を差し替えたり、薬の中身を入れ替えたり、そこまでのことが出来るだろうか。

姿の見えない強い悪意。まるで悪霊のようだ。再び強い視線を感じて、狗飼は頭上に顔を上げた。

「お前はずっとこれを、知らせたかったんだな。だから、三笠さんを、部屋から追い出したがってた」

若宮は何も話さなかった。いや、話せないのだろう。
幽霊は死後何年も時間が経ち、人々から存在を忘れ去られていくうちに、徐々に言葉を忘れていくらしい。
狗飼自身に憑いている女の霊も、昔は人の言葉を話していた。

狗飼に何度も、自分の寂しさや、一緒に死んでほしいと語り掛けていた。それを一切取り合わないで無視しているうちに、彼女は徐々に言葉を話せなくなり、意味不明の言葉の羅列をしたり、繰り返したり、崩壊した言葉を話すようになった。彼女はもうじき、壊れるように消えてしまうだろう。

だから狗飼は、普段、出来るだけ〝彼ら〟を見て見ぬふりをしていた。本当は確かにそこにいるのに、他の人には見えない彼ら。
自分だけが見てしまったら、認識してしまったら、彼らはいつまでもこの世に留まり、自分を認識してくれる存在である狗飼に付きまとい続けるのだ。ずっとそれが嫌で仕方なかった。

だが今、狗飼は全神経を集中させ、若宮を見つめた。今はもう、若宮だけが頼りだ。
彼は姿が見えない時もずっとこの部屋に確かに存在し、ここで静かに伊織の身に降りかかったことの全てを見ていた。唯一全てを知っている。
そして自分は、誰よりも鮮明に幽霊という不確かな存在を見ることが出来る。それを生かさない術はなかった。

「何があった。誰がこんなことをしたんだ? 教えてくれ」
「……、ア…………」
「頼む! お前はちゃんとここに〝いる〟んだ。三笠さんを救えるのは全部を見ていたお前だけなんだ」

若宮は、ほんの一瞬瞼を震わせ、苦しそうに呻き、口を必死に動かして、絞り出すように言った。

「マ、……エ……ノ……ジュ……ニ、ン……タス……ケテ……イオ………タス、ケ……」

伊織を助けて。

それだけを、若宮は繰り返し続けた。

「前の……住人?」

狗飼は、伊織が入居する前に、何人かの人間がここに入居し、そして皆、幽霊を見たからと半月足らずで出て行ったことを思い出した。

最後に入居していたのは、伊織に絡んでいたあの佐伯ディレクターと同じぐらいの、30代前半ぐらいの男だった。不規則な仕事をしているようで、ほとんど顔を合わせたことはなかった。

狗飼は、ハッとして管理会社に電話をかけた。

「あの、704号室の三笠ですが、……一つお聞きしたいことがありまして」

どう考えても声が違うと怪しまれるかと思ったが、特に何か言われることもなく、応対された。

『はい、いかがされました?』
「この部屋って引っ越しの時、鍵交換されてますか?」

このマンションは、トラブル防止のため、入居の際、原則入居者負担で鍵交換を行うことになっている。
狗飼も当然、入居の際は鍵交換を行っていた。
前の住人が合い鍵を密かに作成していたら、退去後も自分の部屋に入れてしまうなど、不用心すぎるからだ。

退去の際に鍵は原則返却するし、合い鍵を作る際も、必ず管理会社に届け出をしなければならないが、隠れて作ろうと思えば作れないことはない。

セキュリティ機能の高い鍵のため、交換には2万円程したが、防犯には代えられない。
伊織は、あの部屋に入居した際、敷金礼金や、その他引っ越しにかかる初期費用は番組側が全て負担してくれたと言っていた。
鍵交換費用も、番組が負担したはずだ。

『いえ、しておりません。テレビの企画で入居されていますよね? 予算の関係で鍵交換は無しにして欲しいと強く交渉されまして。ご存じの通りの物件ですし、企画書や予算書も見せて頂いて、そういう事情ならと……』
「……その交渉をしたのは、佐伯というディレクターですか?」
『いえ、その前の番組ご担当者様の……704号室に住まわれていた四ノ宮様です。退去後も、自分の番組の企画で再びこの部屋を使わせて貰うからと……』
「…………」

四ノ宮という男が伊織とどういう関係だったのかは分からないが、もしその男が合い鍵を作っていたら、何食わぬ顔で出入りすることが出来る。
盗聴器や無言電話で、家にいるかどうかの確認をして、留守の時を狙って侵入していたのか。

この部屋に住んでいたのなら、若宮の霊が出ることも知っているはずだ。

事故物件の企画として入居し、若宮の霊を見ていた伊織は、この部屋で不可解な事や、不気味なことが起こっても、その全てを霊の仕業だと思っていただろう。
伊織の部屋に上がり込み、幽霊の振りをして少しずつ精神的に追い詰めていたのだとしたら気が狂っているとしか思えない。

とにかく、早いところ伊織に、四ノ宮という男について聞かなければならない。

その時、部屋のインターフォンが鳴った。
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