バズる間取り

福澤ゆき

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19.真相・1

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「いおりんのドラマ撮影場所? そんなの調べようがないだろ~~。テレビ局のスタジオ借りてるかもしれないし、ロケで移動するかもしれないし。他にも仕事抱えてたら、別の局のスタジオに移動するかもしれない」

学食のラーメンをすすりながら、絢斗は呆れたように言った。

「それはそうだけど、お前顔広いだろ。あのドラマの主演俳優の追っかけとか出待ちとかやってる女いないか? ロケ地とかチェックしてるかもしれない」

尚も食い下がると、絢斗は「ジェニーズのおっかけなら心辺りあるけど」と首を横に振った。

「何か話があるなら家の前で帰ってくるの待ってれば? あ、今マネージャーの家にいるんだっけ?」
「それが行ってなかったんだよ」

最悪だと狗飼は溜息を吐いた。もっと早く、気づいていればよかった。壁を隔てた向こう側で、伊織はひっそりと衰弱していたのだ。

すれ違ったときの伊織の状態は、もはや普通の状態ではなかった。
首についた痣もそうだが、それ以上に、あの表情。
あの表情は、死に近づき、もうすぐ死の一線を越えてしまう人間の顔だった。
少し前に会ったときも、顔色が悪かった。

あの状態で撮影に行くなんて冗談じゃないと思ったが、止められなかった。

「一刻一秒を争う状態なんだ。帰ってくるのは待ってられない」

ドラマの撮影は長丁場だろうから、どんなに早くても帰りは夜になるだろう。だが、帰宅前に、例えば楽屋で首を吊って、あるいはどこかのビルの屋上から飛び降りて、その一線を越えてしまわないか本気で心配をしていた。

狗飼の表情に、ようやく絢斗も深刻さに気付いたらしく、しばらく押し黙った。やがてラーメンの汁を一気に飲み干し、素早く返却トレーを片付けた。

「テレビ局に入社したOBの先輩がいたわ。撮影中のドラマとは局も違うし報道関係だから無縁かもしれないけど、一応連絡取ってみる」
「頼む」

他にも学内の頼れそうな人を当たってみようと急いで立ち上がりかけたとき、スマホが鳴った。今時珍しい、固定電話の番号からだった。フリーダイヤルでもオフィスの番号でもない、普通の家の番号だ。

「もしもし?」
『……………』

何か風のような、ノイズのような音だけがして、切れてしまった。

「どした?」
「いや……無言電話」

その途端、再び電話がかかってきたが、やはり無言だった。だが、よく聞いていると、ノイズに混じって、聞き覚えのある音が聞こえてくる。

ドン……、ドン……、という一定のリズムで壁を蹴る音。伊織の部屋に取り憑く霊の音だ。
おそらくこれは、伊織の部屋の固定電話からの電話だ

「三笠さん……?」

呼びかけても反応はない。だが、もしかしたらあの部屋の中で、話せないような状況なのかもしれない。
狗飼は弾かれたように立ち上がった。

「え、どこ行くんだ!?」
「三笠さんの部屋!」

大学からマンションまでは徒歩10分程だが、本郷は坂が多い。
息を切らしながら坂道を駆け上がってマンションに辿り着くと、エレベーターに乗るのもまどろっこしく、狗飼は非常階段を駆け上がって7階に辿り着いた。何度も伊織のチャイムを押し鳴らすが、出てくる気配はない。

「三笠さん! 俺です! 狗飼です! 大丈夫ですか!?」

試しにドアノブを回してみたが、当然開かない。仕方ないと、狗飼は隣の自分の部屋に行って鍵を回した。

すると、背後でゼーハーという息を切らした声がして、振り返ると絢斗が汗だくになってヨタヨタと非常階段から歩いてきた。

「絶っ対……っ、はぁ、はぁ……、エレベーターの方が……早くない!?」
「え、お前なんでついてきてんだよ……」
「いや、なんかつい……非常事態っぽかったのでノリで……」

アハハと笑う絢斗に緊張感を乱され、狗飼は溜息を吐いた。

「これから、犯罪行為に手を染めるから、関わらない方がいい。就職に響くから」
「犯罪行為~?」

首を捻る絢斗に説明をしている暇もなく、狗飼は自分の部屋に入ると、ガムテープと非常用の懐中電灯を掴んでべランダに出た。以前、生配信の際に伊織の悲鳴が聞こえた時も、この非常用の仕切り板を壊して助けに行き、管理会社に怒られたばかりだった。
ようやく直したそれを、再びためらいなく蹴り破る。

「な、何やってんだよ」

戸惑う絢斗の声を聞き流し、狗飼は伊織の部屋のベランダの窓の一部にガムテープを貼って囲み、懐中電灯で思い切り叩き割った。

パリンという乾いた静かな音と共に、ガラス戸が割れる。中の状況が分からない以上、大きな音を立てて騒ぎになるのは避けたかった。
その中に手を入れて鍵を回すと、呆然としていた絢斗が狼狽えた声を出した。

「おいおいおい……どうすんだよ。完全に空き巣じゃねーか!」

静かにしろと人差し指を立てて狗飼は室内に入った。リビングのドアの間にぶら下がる二本の足に、一瞬肝が冷えた。だがそれは、伊織ではなく、若宮の霊だった。

「ひっ」

絢斗が、生々しく垂れ下がる若宮の霊に声なき悲鳴を上げた。
霊感というものは伝染するのだろうか。
自分の近くにいると、霊感がない人間も霊が見えたり、見えやすくなったりするらしい。小さい頃はそれで随分周りから避けられたものだ。

絢斗にもはっきりとその姿が見えているのだろう。

「うわきっつ……これ本当に毎日見てたら、体調もメンタルも崩すわ」

オカルトマニアのくせに、直視できないと顔を背けて狗飼の背後に隠れて、絢斗は呻いた。若宮の死体の近くには、椅子が倒れていて、ロープがドアノブにかかっている。
伊織はこの部屋で、首を吊ろうとしたのだろうか。

生々しく残された痕に、絢斗と共に黙り込む。

伊織の姿は、いくら探しても部屋の中にはなかった。

壁にかかった固定電話の横には伊織が書いたと思われる自宅番号のメモの付箋が張られていたが、先ほど狗飼の電話宛にかかってきた番号と一致している。

だが、よく見ると、電話線が抜けていた。無言電話や不気味な電話に悩む伊織が抜いたのだろうか。
いずれにしろ、これでは電話をかけられる状態ではない。

「……電話をかけてきたのはお前か?」

狗飼は、頭上を見上げた。若宮の霊は静かに、だが何か言いたげにそこにいた。
一体、なぜ自分に電話をかけてきたのか。伊織を追い詰め、死後の世界へ呼ぶのが狙いなら、伊織の携帯にかけるはずだ。

「あっ!?」
「……なんだよ」

いきなり素っ頓狂な声を出した絢斗に呆れて振り返る。

「いや、時計が9時になってるからびっくりしてさー」

リビングに置かれた時計が狂っていた。キッチンの時計も止まっているようだ。

「絢斗悪い。寝室の時計見てきてくれないか」
「いいけど、なんで俺?」
「いや、さすがに推しの寝室に俺が入るのはちょっと…」

口籠もりながら言うと、うわっと絢斗は苦笑した。

「ガチすぎて引くわー」
「うるせーよ」

程なくして絢斗は時計を片手に戻ってきた。

「寝室の時計も狂ってたぞ。これって霊に関係あるのか?」
「……家電が壊れるのは霊障によくある。タチの悪い霊が憑いてるときに特に多い」
「マジかよ。なんで?」
「理由は分からないけど、く霊障がある家で、家電が壊れまくるって相談はよく受ける。……ただ、色んな種類の家電が一斉に壊れるということはあっても、特定の物だけって話はあんまり聞かないんだ」

冷蔵庫も空気清浄機も、他の家電は全てきちんと動いているように見えた。エアコンや電子レンジも確認したが正常だ。

「じゃあなんだ。タチの悪い霊じゃないから、とか?」
「いや、むしろ霊障ならまだいいと思ったんだけど……」
「は??」

狗飼は自室に戻り、工具箱を取ってくると、時計を裏返し、電池の入っている内蔵部分を開けた。そして、嫌な予感が的中したことに、思わず低く呻いた。

「何それ」
「盗聴器だ。全部屋の時計に仕掛けられてる」
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