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第6章 逃亡
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雪千代は自室の障子を開けて、廊下の様子をうかがった。
だれもいない。
するりと部屋を出ると、足音を立てずに廊下を進む。
途中、曲がり角の向こうから、ふたりの出仕がこちらに向かって歩いてきた。
それに気づくと、雪千代は空いている部屋の障子の裏に身を潜め、息を殺して彼らが通り過ぎるのを待つ。
出仕らが遠ざかると、彼は音もなく部屋を出て、ふたたび廊下を進んだ。
渡り廊下にくると、懐から草履を取り出し、手すりをまたいで裏庭におりた。
この社は離島にあり、神子が逃げることは前提にないため、紅葉殿は、もっぱら物盗りなどの外部からの侵入者を警戒した警備体制が敷かれている。
雪千代は誰にも見咎められずに、館の敷地の外に出ることができた。
時を同じくして、立浪は、繁みの影から、薪小屋の様子をうかがっていた。
小屋の中には高浜がおり、鶴千代の体を拭いて肌着と寝衣を着替えさせるなど、身のまわりの世話をしている。
やがて、高浜は桶や洗濯物を抱えて、小屋の外に出てきた。
立浪が息をひそめて注視する中、高浜はいつもと変わらぬ様子で、館のほうに戻っていった。
その姿が見えなくなるのを待って、立浪は小屋に忍び込んだ。
「鶴神子様、兄上様の使いの者です」
立浪は鶴千代を衾に包むと、背中に背負い、小屋を後にした。
雪千代は山道を急いだ。
鬱蒼とした足場の悪い道を進むと、突如、視界が開けた。
眼前に広がるのは、冬の日差しを受けて黄金色に輝く海面だった。
いつもは激しい波が容赦なく岩肌を叩き、恐ろしげな唸り声を上げて荒ぶる海が、今日は不気味なほど静まり返っている。
崖の下には、小さな船が繋がれて、ゆらゆらと揺れているのが見えた。
ここまで、あまりにあっけなく来られたことに、雪千代はひそかに拍子抜けした。
駄目で元々、やるだけやってみよう。
たとえ失敗しても、なにもしないで座視しているよりは後悔はないだろう──さような腹積もりでいたが、もしかすると、成功するのではないか。
「神よ、残酷な海の女神よ、これがお前の素顔なのか?」
まるで微笑を浮かべて歓迎しているかのような、あまりに穏やかな海に向かって、雪千代は思わずつぶやいた。
だれもいない。
するりと部屋を出ると、足音を立てずに廊下を進む。
途中、曲がり角の向こうから、ふたりの出仕がこちらに向かって歩いてきた。
それに気づくと、雪千代は空いている部屋の障子の裏に身を潜め、息を殺して彼らが通り過ぎるのを待つ。
出仕らが遠ざかると、彼は音もなく部屋を出て、ふたたび廊下を進んだ。
渡り廊下にくると、懐から草履を取り出し、手すりをまたいで裏庭におりた。
この社は離島にあり、神子が逃げることは前提にないため、紅葉殿は、もっぱら物盗りなどの外部からの侵入者を警戒した警備体制が敷かれている。
雪千代は誰にも見咎められずに、館の敷地の外に出ることができた。
時を同じくして、立浪は、繁みの影から、薪小屋の様子をうかがっていた。
小屋の中には高浜がおり、鶴千代の体を拭いて肌着と寝衣を着替えさせるなど、身のまわりの世話をしている。
やがて、高浜は桶や洗濯物を抱えて、小屋の外に出てきた。
立浪が息をひそめて注視する中、高浜はいつもと変わらぬ様子で、館のほうに戻っていった。
その姿が見えなくなるのを待って、立浪は小屋に忍び込んだ。
「鶴神子様、兄上様の使いの者です」
立浪は鶴千代を衾に包むと、背中に背負い、小屋を後にした。
雪千代は山道を急いだ。
鬱蒼とした足場の悪い道を進むと、突如、視界が開けた。
眼前に広がるのは、冬の日差しを受けて黄金色に輝く海面だった。
いつもは激しい波が容赦なく岩肌を叩き、恐ろしげな唸り声を上げて荒ぶる海が、今日は不気味なほど静まり返っている。
崖の下には、小さな船が繋がれて、ゆらゆらと揺れているのが見えた。
ここまで、あまりにあっけなく来られたことに、雪千代はひそかに拍子抜けした。
駄目で元々、やるだけやってみよう。
たとえ失敗しても、なにもしないで座視しているよりは後悔はないだろう──さような腹積もりでいたが、もしかすると、成功するのではないか。
「神よ、残酷な海の女神よ、これがお前の素顔なのか?」
まるで微笑を浮かべて歓迎しているかのような、あまりに穏やかな海に向かって、雪千代は思わずつぶやいた。
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