百万回転生した勇者

柚木

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首都ヨルセウス

今日でお別れだ……、シス

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 そこまで話し、シスは言葉を切った。

「それで終わりってわけじゃないよな?」

 あまりにも消化不良すぎる。
 それだけなら呪われた刀と言われた理由も、井戸の底に眠っていた理由もわからない。

「少し疲れただけだ」

 そう言いシスはフランから水を貰い喉を潤す。

「でも、魔道具に変化するからってそんなに慌てるものなんでしょうか?」

「七百年前は魔族が勢力を広げ、ハバリトスが表で暴れていた最中だし、魔道具の存在も知られていない。モンスター化は全て悪って時代だよ」

「そうなんだ……、シスは良い剣なのにな……」

 七百年あれば歴史は変わるか。
 日本も七百年前は鎌倉時代くらいだしな。
 あの時代ならまだ妖怪とかも信じられていた時代だし、それを考えればありえない話ではないのか。

「今は良い時代になったんだよ」

 シスはしみじみと昔を思い出し遠くを見ながら残りの水を流し込んだ。

「それじゃあ続きだ」



 私は山小屋の中で退屈な時間を過ごしていた。
 シュリは薪を取りにくるたび、私に手入れをしてくれた。
 その度に「毎日してやれなくてごめんな、閉じ込めてごめんな」と何度も声をかけてくれた。
 そんな暮らしが長い間続いた。
 小さかったトルクが青年になり、シュリと共にやってきた。
 トルクは凛々しく成長し、シュリの髪や髭には白髪が混ざり始めていた。

「この刀、魔力を帯び始めてるね」

「ああ、だからこうしてここにある」

「壊さなくていいの?」

「俺にはこいつもお前も可愛い子供だ。子供を手にかけれるはずがない」

 そうしていつも通りシュリが手入れをしてくれ、トルクはその様子をただじっと見つめていた。
 手入れが終わると二人とも小屋を出て行く。
 それから更に月日が流れ、私はついにアーガス家とは別の人間に見つかってしまった。
 シュリよりも明らかに人相が悪く、格好も薄汚れた連中に私は見つかった。
 そいつらは盗賊で、私はしばらくの間人を切り続けた。
 その度に盗賊達はよく切れる剣だと喜んでいたが、私はちっとも嬉しくなかった。
 そして当然だけど、派手に暴れた盗賊は王国軍に襲われた。
 私を持っていた盗賊の首領は私を放り出し逃げ出し、王国軍はその後を追った。
 その中の一人が私の存在に気付いた。

「この剣、いや、刀か。魔力を帯びているな」

 私を持ちあげた彼が逡巡しているのがわかった。

「魔族になる兆候として王国に報告しないといけないが、破壊するには惜しいほどに美しい」

「兵士様、その刀を見せていただけますか?」

 そこに武器を納品してきたらしいシュリが現れた。
 髪が半分ほど白くなってしまったシュリは私に手を伸ばす。

「鍛冶師か、これはお前が打ったのか?」

「はい。私の最高傑作です」

 久しぶりに会ったシュリの元に私は帰りたいと願った。
 そしておそらく私はその兵士に魔法をかけたんだと思う。
 兵士はそのまま私をシュリに渡し盗賊の後を追って行った。
 その数日後、また山小屋に置かれていた私の元にシュリが息を切らしてやってきた。

「すまない。俺はお前を守ってやることはできなかった。だからお前を人の目の届かない所に隠さないといけない」

 何を言っているのかわからなかったが、私は抱えられ広い湖のほとりに運ばれた。

「今日でお別れだ……、シス」

 シュリはそう言って私を湖に向かって放り投げた。
 私はついに捨てられるんだ。
 そう思ったけど、シュリの顔を見て違うとわかった、初めて名前を呼ばれてわかった。
 皺の増えた顔を更にくしゃくしゃにゆがめて泣いていた。
 膝を着いて顔を覆ったその姿を見て捨てたんじゃないことはわかった。

 ここで待ってればいいんだ。
 ここにいればきっと迎えに来てくれる。
 シス迎えに来たよ、と私を拾いあげてくれる。

 そう信じて私は湖の中に沈んで行った。
 そこからは、外の事はざっくりとしかわからない。
 私が捨てられた水辺に人が集まり集落をつくり、町になった。
 私が今みたいに人型になれるようになり、外に出てみるとすでにトクレスができていた。
 あまりの変わりように驚いて、これ以上変わってしまったらシュリに見つけてもらえないと魔法を使い始めたのはこの辺りからだな。



「その話なら知っています。ハバリトスでは魔族を助けた英雄としておとぎ話がありますね」

「それって魔族に憑りつかれた男の話と一緒かも」

 フランとノノはそれぞれ自分の知っている話を上げた。
 たぶん間違っていない。
 魔族に魅了された可哀想な人間として歴史が残っているのだろう。

「その顔を見る限り、シュリは殺されたんだろうな。そうでなくても七百年も経てば人は死ぬか」

 自分の生みの親が死んだことを悲しむ姿は、とても魔道具とは思えなかった。
 人間と同じ生物の様に見えた。

「その誘惑されたってところが呪われた刀ってところか」

「おそらくな。もしかすると盗賊も私が操ったことにされているかもしれないな」

「それで、お前はどうするつもりだったんだ?」

「大切な人が死んでしまったのなら、花の一つでも添えてやらなければいけないだろ?」

 なるほど、それは確かに必要なことだ。
 親の墓に子供が手を合わせるのは普通の事だ。

「それと感謝だな。私を作り出してくれたこと、子供だと守ってくれたこと私がしてもらった全ての感謝をシュリの子孫に伝えたい」

「そうだな」

 そのためにはどうするべきか。
 何も考えずにまた向かうのは最悪だということは考えるまでもない。

「霊園は見つけたから、墓は探せば見つかると思うが先にそっちに行くか?」

「流石、上から見てただけのことはありますね」

「いや、先に感謝を伝えたい。そうしないと、私に墓の前に立つ資格はないんだと思う」

 シスの視線の先には、接客しているアーガスがいた。
 俺達に向けられたものとは違い、客と談笑しながら商品を見せている。

「とりあえず、墓の場所は調べてくる――」

 俺が霊園に向かおうとした直後、空が急に曇り出した。
 空を見上げると、一羽の鳥が王都を覆っていた。
 巨大な羽を広げ、太陽を遮りながら巨大な鳥は王都上空を旋回し始める。

「サンダーバードか……」

「お兄さん、サンダーバードって、あのサンダーバードですか?」

 ハバリトスにいたノノはやはり名前は知っているらしく、俺のつぶやきにすぐに反応した。

「サンダーバードって何ですか?」

「魔王軍が移動の時に使う乗り物だよ」

 そしてサンダーバードが使われる時、その背には必ず魔王が乗っている。
 そうとは知らない町の住人は、突然訪れた夜に惹かれ家から顔を出す。
 サンダーバードがその巨躯で住人の視線を集めると、その影から無数の何かが降り注ぐ。
 その何かは地鳴りと共に姿を見せる。

「魔族だーー!!」

「うおおぉぉおお!!」

 住人の叫びに答えるように、着地した魔族は雄たけびを上げた。
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