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第2章 カルドランス帝国編 1

入国審査待機列 -1-

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 カルドランス帝国への入国審査を待つ者達の列は、一般人も商人も関係なく一列に統一されているらしく、家族連れや個人で列に並ぶ者達も居れば、幾つかの荷馬車や護衛らしい数パーティごと同じ列に並んでいるのが垣間見えた。

「随分と混み合っているようだな」
「うん? アンタ、もしかしてカルドランスへ行くのは初めてなのかい?」

 半分独り言のように呟いたアーウィンの言葉に商人の護衛をしていた冒険者の1人が、そう言って声をかけてくれた。

「ああ。依頼を受けて入国することになっただけゆえ、伝え聞いた断片的な情報しかこの国のことは知らぬのだよ」
「依頼? ……あー、俺はブランってんだ。 “深緑の風” って言うパーティのリーダーやってる。良かったらその依頼書っての見せてくれないか? あ、いや、依頼の横取りとかそう言うんじゃないから、そこは心配しないでくれ!」

 ブランは、やたら身なりと言葉遣いは良いのに手ぶらでやって来ている目の前の青年が、何処ぞの貴族末子や庶子ではないかと勘繰っていた。
 そう言う手合いは、ギルドにとって扱い辛い冒険者に分類されてしまうので、面倒で割に合わなくて、しかも遠い所まで行かなくてはならない依頼を振ってくる悪質なギルドが存在していたのを知っていた為、ついついお節介心が顔を出してそう申し出たのだ。

「なぁにぃ? まだ依頼中だって言うのに、またリーダーのお節介癖が始まったのぉ?」

 幌を被った最後尾の荷馬車から、気怠げにそう言って顔を出したのは魔法士らしき女性だった。

「ロゼヴェール。いや、ちょっと心配になっただけだよ」
「それをお節介って言うのよ」
「まぁ、依頼書を見せるくらいは問題なかろう」

 何やら言い争いを始めてしまいそうな空気を察したアーウィンが、素早く仲裁混じりの言葉を紡ぎ、2人の視線がこちらに向いたタイミングで小収納の魔法陣が展開し、中から丸めた羊皮紙が1つ取り出された。

「これだ」
「……あ! ああ……」

 目の前で詠唱もなく展開された稀有な魔法に「やっぱりコイツ貴族か何かなんじゃ?」と頭の中で考えながらブランは、差し出された依頼書に手を伸ばす。
 羊皮紙の上辺中央から伸びて、丸めた依頼書を3周している紐を解く。
 依頼書の発行は、ウィムンド王国の港湾王都アティスの冒険者ギルドだった。
 ここならまぁいい。
 自分達が立ち寄った時からギルメンが変わっていないのならば、無茶な依頼を振って来るようなギルマスも受付嬢も存在していない筈だ。
 だが、肝心の依頼者と依頼内容に関しては。
 ブランばかりか、荷馬車から降りてきて横から依頼書を覗き込んでいたロゼヴェールすら頬を引き攣らせていた。
 依頼者は、よりにもよってウィムンド王国の国王。
 これは冒険者にとって、受けたが最後、撤退が許されず、勝って帰るか負けて死ぬかの二択しかギルドからの結果報告が出来なくなることを意味していたし、依頼の内容も “カルドランスに潜伏中のワイバーン襲撃騒動並びに魔物暴走スタンピード騒動の扇動実行犯を捕縛せよ” なんて、何日かかるか知れた物ではなかった。

「アンタ、よくこの依頼、受ける気になったな?」
「もう夕方になるし、国境越えたら1番近くの町で一泊して、そこから聞き込み調査開始ってトコね。達成期間書いてないから何日かかっても構わないんでしょうけど、終わりっこないわよ? こんな依頼」
「いや? 下手人も居所も掴めておるゆえ、この国の国境を行き来するいとまくらいしか時間はかからぬ。間に合うようならアティスの閉門までには戻るつもりだ」
「無茶言うなよ。ウィムンド王国の国境から5日はかかる距離だぞ?」
「国境を越えることさえ出来れば、転移魔法があるゆえな。然程、時は必要ないのだよ」
「…………てんいまほう………」

 魔法士のロゼヴェールばかりか、前衛戦士職のブランですら知っている失伝魔法の名称に口から溢れた音程が真っ平らになってしまったことを二人ともが自覚していた。
 何言ってんだコイツ、とかそんな魔法を簡単に使えるもんかよ、とか瞬間的に突っ込める所は一杯あった筈なのだが、直前で無詠唱収納魔法行使などという離れ業を見せられた所為で、思い浮かんでいた文節のどれもこれもが口まで上ってこないのだ。
 逃げを打つように彷徨わせた視線が依頼書の下方に記載されている依頼受諾者の欄へと落ちた。

「天空国家ヴェルザリス冒険者ギルド所属 SSSトリプルエスクラス冒険者 第3王子 アーウィン・ラナ・ヴェルザリス…………えっ?」
「ちょ、ちょっとアンタ! 依頼書の偽造はヤバ……⁈」
「指名依頼承認 アティス冒険者ギルド ギルドマスター ボルガー。受付発行担当 ミューニャ受付嬢」
「ええっ⁈」

 思わず依頼書の偽造を疑ってしまったロゼヴェールの言葉に被せるような具合でブランから放たれた2人の名前に驚愕一色の表情と声で疑義が投げ返された。

「期待に応えられず申し訳ないが、その記載に虚偽はない。ギルドには国王アドルフィルト陛下からこの依頼に対して国璽の押印も頂いているゆえ、偽造などではない。機会があったら確認してみるがよい。それより、冒険者は情報が命であろう? 良ければ私がウィムンド王国へ来た辺りからこの依頼に至るまで話せる事情を話そうか? まだ待ち時間は長いようだしな?」

 にこやかに提案された申し出にブランとロゼヴェールは、この依頼書が本物であること。
 記されていることが全て事実であることを理解した。
 ならば確かに情報は欲しい。
 デュトロヒノア王国から来たばかりの自分達は、ワイバーンの話しも魔物暴走スタンピードの話しもこうして他国へ潜伏中だという下手人への捕縛命令が下されている話しも全く情報として掴めていなかった。
 万一、知らずに巻き込まれていたなら命すら危うかったかもしれない出来事を “そうなんだー知らなかったーあははー” で笑って受け流して終われる程、冒険者という職業は浅い認識でいることは許されない。
 物語の中ならともかく、現実の冒険者なんて “命あっての物種” なのだから。

「す、すまな……あ、いや、すみません。宜しければ是非、詳細をお伺いいたしたく」
「待って、リーダー! 残りの4人呼んでくるわ! 皆で聞きましょう!」
「お、おう。分かった。すみません。俺……あ、いや。私のパーティに後4人、斥候のマージュとタンクのフリュイ、それに治癒士のシュトレアと弓士のグリゼルダが居て、出来れば皆でお話しを聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「構わぬが、国境近くとはいえ護衛対象を放り出す訳にも行くまい。可能なら私が護衛対象者の近くまで行って話しをするが?」

 先輩冒険者として、初心者に対する親切心を出したことから声をかけた相手が、まさかの他国王族、まさかの指名依頼受諾者、それも聞いたことがないくらいの上位ランク保持者だと知れたことで、すっかり萎縮してしまった2人は、アーウィンの有り難い申し出にただ首を縦に振るのが精一杯になってしまったのだった。




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