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第1章 ウィムンド王国編 1
父と娘
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港湾王都アティスの最西に位置する港、ランバディス港。
この港を拓いた時の王の名を冠する国1番の大きな港で、国の内外を問わず行き来する商船は勿論、軍船の姿も見ることが出来る。
西にある外大陸との玄関口ともなっていて、相応の危険はあるものの貿易を行う商人や冒険者の出入りも存在する。
ここを取り仕切っているのは、海運ギルドと冒険者ギルド、そして騎士団内の1組織である王国海軍の3組織であり、フェリシティアの実家……セギュワール伯爵家は別名「海軍伯」と呼ばれ、海軍長の職を数代に渡り務めていた。
「と、いう訳でこの入国検査用登録魔導具は、お借りして参りますわね、お父様。大丈夫。フリュヒテンゴルト公爵閣下を通してすぐにお返しいたしますので、その後に国へご提出くださいませ」
全開の笑みを湛えてそう言い切った娘にセギュワール伯爵の脳味噌は、漸く再起動を果たした。
「何が、という訳なんだ⁈ 待ちなさい、フェリシティア!」
引き留められた彼女の口から遠慮ゼロの舌打ちが漏れた気がしたのは、果たして伯爵の空耳だったのだろうか。
「何か?」
「何かではない! お前がしようとしていることは……!」
「ご心配なく。ちゃんと理解しておりますわ。わたくしは、事が済んだらアーウィン殿下にご同行を願い出て、彼の方の国へ参りますので後顧の憂いはございません」
自分の犯している罪が、死罪とまではいかずとも身分剥奪の上、国外追放になる可能性は理解していた。
セギュワール伯爵家は、自分のことさえ切り捨てれば最悪の責は逃れられるだろうことも計算済み。
そして家が自分にするだろう扱いは、これまで置かれていた状況とさして変わらないものであることもフェリシティアにとっては織り込み済みの事実であり、それがこの発言に繋がっていた。
「いやいやいやいやいや! だから、お前のしようとしていることは、王家への裏切り行為だとそう言ってるんだぞ⁈」
そもそも家から罪人を出したくないのもあるだろう。
セギュワール伯爵の焦った様子は、娘を案じてのものではなく、家や己の立場が悪くなるからゆえのものであろうとフェリシティアの目には映っていた。
「わたくしは、周辺国から沈没しかけている船紛いの扱いを受けている地を惜しんで殉ずるより、新造船同然に全てが我が国を上回っているのが分かり切っている地へ行くことを選びます。お父様は、黙認してくださるだけで伝説の浮島と呼ばれる程の国への足がかりを得るのです。悪くはないお話しでしょう?」
「………」
自国の王家を沈没しかけている船。
他国の王子を新造船と暗喩して続けられた言葉に娘が本気で国を捨てる心算であることを悟って、セギュワール伯爵はかける言葉を失った。
「ねぇ、お父様。このまま行ったら、わたくしの一生って何なんですの?」
「………」
「わたくしだって伯爵家の子です。家の為、国の為に己が一生を使う覚悟くらいはございましたわ」
それが貴族の義務。
そんなことは分かっている。
前置きのようにそう言って、手にした入国審査の魔導具を胸元に抱え、意を決したような強い瞳を父であるセギュワール伯爵へと向ける。
「でも! それは意味ある使い道をされるという覚悟であって、全く意味なく浪費されることを受け入れたものではございません! わたくしは最早、己が一生を捧げてまで尽くす価値をあの王家にも姫にも見出せません!」
政略とすら言い難い、生贄と表現してもまだそれより意味を見出すことが出来ない己の現状を吐露する言葉に、娘がこれまでどれだけ悔しい思いをしていたのかのを漸く知った。
「あの日……姫様の侍女として……行儀見習いに上がれと言われたあの日から、わたくしの生は我慢と共にありました。我儘な姫達、横暴な王子達、それを見て見ぬフリする陛下と王妃と城の者達!」
「フェリシティア‼︎」
確実に王家や体制への批判と受け取られるだろう言葉の羅列にセギュワール伯爵は、思わず制止をかけたけれど、娘の口が噤まれることはなかった。
「そう時を置かずにリーヴス伯爵家から婚約破棄の申し出がありましたわよね? ……あの時のわたくしには、それが何故なのか分からなかった。いずれ行儀見習いの期間が終われば城から下り、リーヴス伯爵家に嫁ぐのだとばかり……。ショックを受けていたわたくしに嘲るような見下し目線で事実を告げた侍女長の顔は、今でも夢に見る程! 忘れようもございません!」
クレアンティーヌ姫が、今のように婚約や結婚の決まった娘ばかりを狙い撃ちするように城へ上がらせるようになったのはいつからだったろう。
王家の長女である姫君として、自分より先に嫁ぎ先が決まる同年代の令嬢達に嫌がらせするかのような仕打ちをし始めたのは。
「侍女長の言葉が信じられずに、わたくしは、お父様とお母様にお手紙を出しましたわね?」
「………」
「いただいた返事に、わたくしは確信致しましたわ。ああ、全てご存知の上でわたくしを姫への贄に差し出したのだと」
「……フェリシティア」
王家からの命令に等しい打診。
姫の勘気を鎮め、ただ気の済むようにさせてやる為だけのそれに涙を飲んだ令嬢はフェリシティアだけではない。
同じ目に遭うのを恐れ、婚約や結婚を公表しなくなり、身内だけでこそこそと他国で行われる地味婚とそのまま嫁の懐妊、出産まで自国へ戻らない若い夫婦が増えたのも確かその辺りの頃だったと記憶していた。
セギュワール伯爵には、後2人娘がいる。
家を継ぐ息子が娶る妻とて当然、貴族家の娘だろう。
それを考えたら……他家が試して1度も叶わなかった娘の城下りを無駄と知りつつ打診する気にはなれず、他の娘を取られる愚を家長として犯す訳にもいかなかった。
「わたくしは、それから我慢に我慢と我慢を重ねて、全てを抑えつけて、諦めて、絶望して! そんな自分に気づかないフリをして! 忠実な侍女を演じて王家と姫に奉仕してまいりました! それがいかに愚かなことであったのか、ミューニャさんの言葉で目が覚めましたの! わたくしが望んでいること、本当は諦めたくなんかなかったことを全部、全部、思い出したのよ! あんな生活に戻るのは、もう嫌! 完全に義務や責任を全て放棄して、自由の身になりたいとは言わないけれど、せめてこの理不尽な地獄からは解放されたいの! わたくしは、王家と姫にだけ都合のいい、伯爵家から差し出された生贄のままで居たくない!」
目の前で心情を激しく言い放つ娘の姿にもう、何をどう言い繕っても娘が現状を受け入れることはなく、またこれまで通りに生きていくつもりはないのだろうと理解した。
ある程度は己の気持ちを分かってくれたと察したのだろう。
自身を落ちつかせるように深い呼吸を繰り返した娘は、居住まいを正し胸元にある入国審査の魔導具を抱え直すような仕草をして続けた。
「先程お話しした通り、この国はやがて、これまで経験したこともないような厄災に連続で見舞われることになるでしょう。その時、今の貴族達にも軍にも王家にも何も出来はしないわ。ワイバーンにすら苦戦するような、この国じゃあね」
これまでは、それがこの国の常識。
それが当たり前であったものが、話しに聞いた天空国家の王子とやらのお陰で覆ってしまった。
たった1人の力ある者が居れば、彼の魔獣は退けることが可能なのだと。
おまけにいつの間にやら発生して、いつの間にやら鎮圧されていたらしい魔物暴走に加わっていた未知の魔獣によって、この国は竜が連続でやって来るという未来を決定づけられているという。
娘の言う事が真実ならば、他国がこの機を見逃す筈はないだろうという事もセギュワール伯爵には理解出来てしまった。
「わたくしは、アーウィン殿下につくわ。中立の筈の冒険者ギルドがあれだけ肩入れし、民の心をあっという間に掌握し、己が権力や武勇を見栄や威嚇の為だけに無闇矢鱈と振り翳すこともせず、ただ偶然飛ばされただけのこの国の、それも民の為に! 自ら率先して動かれる彼の方の在り方こそが、わたくしの思い描く王族のあるべき姿。貴族家に生を受けた者として、忠誠を誓いたいと心から思える方の姿そのものなのですから!」
つまり娘にとって王家も姫も、もうその対象ではなく、例えバレて国外追放になろうとも一切の後悔も未練もないのだと宣言されて、セギュワール伯爵は失望したような目を娘に向けてしまった。
「……わたくしを現段階で絶縁するのは、悪手だと言わなくてもお父様ならばお分かりになるでしょう? せめて、この国の民の為にと動いてくださっているアーウィン殿下の御為に動いている、わたくし達の邪魔はしないで! 騎士団を統べる団長であられるフリュヒテンゴルト公爵と冒険者ギルドを敵に回すことになりましてよ? 勿論、わたくしが今、お話ししたことも他言無用でお願いいたしますわね?」
どうせこんな話し、誰にした所で信じて貰えず一笑に付されることは目に見えている。
何より自分は娘と違い、その証拠になるような物を何一つ確認できていないのだから。
けれど、丸切りの嘘や出任せであったならこれまで従順に王家と姫に奉仕していた娘が反旗を翻すことなどあるまい。
それだけは分かって不承不承、小さく頷いた。
「……するべき忠告はいたしました。では、お元気で」
まるで暇乞いの挨拶みたいな台詞を残して、フェリシティアは、船で出入国する者の審査に使われる魔導具を手に海軍長室を出て行った。
静かに閉められた扉の音に促されるように自席へ腰を落としたセギュワール伯爵は、大きく息をついて今の気分そのままに額を右手で覆って天を仰いだ。
一気に齎された、己にとっては未確認である情報の多さと心の何処かでは分かっていたが、目を逸らし続けてきた娘の本音と、このままゆけば自国が辿るのであろう1番可能性の高い未来。
「意味ある使い道……か」
己が存在意義に価値を求めたいという気持ちは理解出来る。
貴族家の娘として、使われることに否やはないという娘の覚悟も。
家を存続させる布石として娘を姫の侍女に上げたことは、貴族家の当主として必要な娘の使い道であったと今でも思っている。
だが、同時に。
無駄かそうでないかと言われると無駄ではないと言えるそれも、捨て石かそうでないかと言われると即座にそうではないと言い切れないものがある。
それも確かなことだった。
「本当に竜が何体も街にやって来たのならば、私も腹を括らねばなるまいな」
今現在、選択出来得るものはそれしかないと半ば逃げにも似た思考で結論づける。
その選択のしかたこそが、この国を停滞させている大半の理由であることにも気づかぬままに。
この港を拓いた時の王の名を冠する国1番の大きな港で、国の内外を問わず行き来する商船は勿論、軍船の姿も見ることが出来る。
西にある外大陸との玄関口ともなっていて、相応の危険はあるものの貿易を行う商人や冒険者の出入りも存在する。
ここを取り仕切っているのは、海運ギルドと冒険者ギルド、そして騎士団内の1組織である王国海軍の3組織であり、フェリシティアの実家……セギュワール伯爵家は別名「海軍伯」と呼ばれ、海軍長の職を数代に渡り務めていた。
「と、いう訳でこの入国検査用登録魔導具は、お借りして参りますわね、お父様。大丈夫。フリュヒテンゴルト公爵閣下を通してすぐにお返しいたしますので、その後に国へご提出くださいませ」
全開の笑みを湛えてそう言い切った娘にセギュワール伯爵の脳味噌は、漸く再起動を果たした。
「何が、という訳なんだ⁈ 待ちなさい、フェリシティア!」
引き留められた彼女の口から遠慮ゼロの舌打ちが漏れた気がしたのは、果たして伯爵の空耳だったのだろうか。
「何か?」
「何かではない! お前がしようとしていることは……!」
「ご心配なく。ちゃんと理解しておりますわ。わたくしは、事が済んだらアーウィン殿下にご同行を願い出て、彼の方の国へ参りますので後顧の憂いはございません」
自分の犯している罪が、死罪とまではいかずとも身分剥奪の上、国外追放になる可能性は理解していた。
セギュワール伯爵家は、自分のことさえ切り捨てれば最悪の責は逃れられるだろうことも計算済み。
そして家が自分にするだろう扱いは、これまで置かれていた状況とさして変わらないものであることもフェリシティアにとっては織り込み済みの事実であり、それがこの発言に繋がっていた。
「いやいやいやいやいや! だから、お前のしようとしていることは、王家への裏切り行為だとそう言ってるんだぞ⁈」
そもそも家から罪人を出したくないのもあるだろう。
セギュワール伯爵の焦った様子は、娘を案じてのものではなく、家や己の立場が悪くなるからゆえのものであろうとフェリシティアの目には映っていた。
「わたくしは、周辺国から沈没しかけている船紛いの扱いを受けている地を惜しんで殉ずるより、新造船同然に全てが我が国を上回っているのが分かり切っている地へ行くことを選びます。お父様は、黙認してくださるだけで伝説の浮島と呼ばれる程の国への足がかりを得るのです。悪くはないお話しでしょう?」
「………」
自国の王家を沈没しかけている船。
他国の王子を新造船と暗喩して続けられた言葉に娘が本気で国を捨てる心算であることを悟って、セギュワール伯爵はかける言葉を失った。
「ねぇ、お父様。このまま行ったら、わたくしの一生って何なんですの?」
「………」
「わたくしだって伯爵家の子です。家の為、国の為に己が一生を使う覚悟くらいはございましたわ」
それが貴族の義務。
そんなことは分かっている。
前置きのようにそう言って、手にした入国審査の魔導具を胸元に抱え、意を決したような強い瞳を父であるセギュワール伯爵へと向ける。
「でも! それは意味ある使い道をされるという覚悟であって、全く意味なく浪費されることを受け入れたものではございません! わたくしは最早、己が一生を捧げてまで尽くす価値をあの王家にも姫にも見出せません!」
政略とすら言い難い、生贄と表現してもまだそれより意味を見出すことが出来ない己の現状を吐露する言葉に、娘がこれまでどれだけ悔しい思いをしていたのかのを漸く知った。
「あの日……姫様の侍女として……行儀見習いに上がれと言われたあの日から、わたくしの生は我慢と共にありました。我儘な姫達、横暴な王子達、それを見て見ぬフリする陛下と王妃と城の者達!」
「フェリシティア‼︎」
確実に王家や体制への批判と受け取られるだろう言葉の羅列にセギュワール伯爵は、思わず制止をかけたけれど、娘の口が噤まれることはなかった。
「そう時を置かずにリーヴス伯爵家から婚約破棄の申し出がありましたわよね? ……あの時のわたくしには、それが何故なのか分からなかった。いずれ行儀見習いの期間が終われば城から下り、リーヴス伯爵家に嫁ぐのだとばかり……。ショックを受けていたわたくしに嘲るような見下し目線で事実を告げた侍女長の顔は、今でも夢に見る程! 忘れようもございません!」
クレアンティーヌ姫が、今のように婚約や結婚の決まった娘ばかりを狙い撃ちするように城へ上がらせるようになったのはいつからだったろう。
王家の長女である姫君として、自分より先に嫁ぎ先が決まる同年代の令嬢達に嫌がらせするかのような仕打ちをし始めたのは。
「侍女長の言葉が信じられずに、わたくしは、お父様とお母様にお手紙を出しましたわね?」
「………」
「いただいた返事に、わたくしは確信致しましたわ。ああ、全てご存知の上でわたくしを姫への贄に差し出したのだと」
「……フェリシティア」
王家からの命令に等しい打診。
姫の勘気を鎮め、ただ気の済むようにさせてやる為だけのそれに涙を飲んだ令嬢はフェリシティアだけではない。
同じ目に遭うのを恐れ、婚約や結婚を公表しなくなり、身内だけでこそこそと他国で行われる地味婚とそのまま嫁の懐妊、出産まで自国へ戻らない若い夫婦が増えたのも確かその辺りの頃だったと記憶していた。
セギュワール伯爵には、後2人娘がいる。
家を継ぐ息子が娶る妻とて当然、貴族家の娘だろう。
それを考えたら……他家が試して1度も叶わなかった娘の城下りを無駄と知りつつ打診する気にはなれず、他の娘を取られる愚を家長として犯す訳にもいかなかった。
「わたくしは、それから我慢に我慢と我慢を重ねて、全てを抑えつけて、諦めて、絶望して! そんな自分に気づかないフリをして! 忠実な侍女を演じて王家と姫に奉仕してまいりました! それがいかに愚かなことであったのか、ミューニャさんの言葉で目が覚めましたの! わたくしが望んでいること、本当は諦めたくなんかなかったことを全部、全部、思い出したのよ! あんな生活に戻るのは、もう嫌! 完全に義務や責任を全て放棄して、自由の身になりたいとは言わないけれど、せめてこの理不尽な地獄からは解放されたいの! わたくしは、王家と姫にだけ都合のいい、伯爵家から差し出された生贄のままで居たくない!」
目の前で心情を激しく言い放つ娘の姿にもう、何をどう言い繕っても娘が現状を受け入れることはなく、またこれまで通りに生きていくつもりはないのだろうと理解した。
ある程度は己の気持ちを分かってくれたと察したのだろう。
自身を落ちつかせるように深い呼吸を繰り返した娘は、居住まいを正し胸元にある入国審査の魔導具を抱え直すような仕草をして続けた。
「先程お話しした通り、この国はやがて、これまで経験したこともないような厄災に連続で見舞われることになるでしょう。その時、今の貴族達にも軍にも王家にも何も出来はしないわ。ワイバーンにすら苦戦するような、この国じゃあね」
これまでは、それがこの国の常識。
それが当たり前であったものが、話しに聞いた天空国家の王子とやらのお陰で覆ってしまった。
たった1人の力ある者が居れば、彼の魔獣は退けることが可能なのだと。
おまけにいつの間にやら発生して、いつの間にやら鎮圧されていたらしい魔物暴走に加わっていた未知の魔獣によって、この国は竜が連続でやって来るという未来を決定づけられているという。
娘の言う事が真実ならば、他国がこの機を見逃す筈はないだろうという事もセギュワール伯爵には理解出来てしまった。
「わたくしは、アーウィン殿下につくわ。中立の筈の冒険者ギルドがあれだけ肩入れし、民の心をあっという間に掌握し、己が権力や武勇を見栄や威嚇の為だけに無闇矢鱈と振り翳すこともせず、ただ偶然飛ばされただけのこの国の、それも民の為に! 自ら率先して動かれる彼の方の在り方こそが、わたくしの思い描く王族のあるべき姿。貴族家に生を受けた者として、忠誠を誓いたいと心から思える方の姿そのものなのですから!」
つまり娘にとって王家も姫も、もうその対象ではなく、例えバレて国外追放になろうとも一切の後悔も未練もないのだと宣言されて、セギュワール伯爵は失望したような目を娘に向けてしまった。
「……わたくしを現段階で絶縁するのは、悪手だと言わなくてもお父様ならばお分かりになるでしょう? せめて、この国の民の為にと動いてくださっているアーウィン殿下の御為に動いている、わたくし達の邪魔はしないで! 騎士団を統べる団長であられるフリュヒテンゴルト公爵と冒険者ギルドを敵に回すことになりましてよ? 勿論、わたくしが今、お話ししたことも他言無用でお願いいたしますわね?」
どうせこんな話し、誰にした所で信じて貰えず一笑に付されることは目に見えている。
何より自分は娘と違い、その証拠になるような物を何一つ確認できていないのだから。
けれど、丸切りの嘘や出任せであったならこれまで従順に王家と姫に奉仕していた娘が反旗を翻すことなどあるまい。
それだけは分かって不承不承、小さく頷いた。
「……するべき忠告はいたしました。では、お元気で」
まるで暇乞いの挨拶みたいな台詞を残して、フェリシティアは、船で出入国する者の審査に使われる魔導具を手に海軍長室を出て行った。
静かに閉められた扉の音に促されるように自席へ腰を落としたセギュワール伯爵は、大きく息をついて今の気分そのままに額を右手で覆って天を仰いだ。
一気に齎された、己にとっては未確認である情報の多さと心の何処かでは分かっていたが、目を逸らし続けてきた娘の本音と、このままゆけば自国が辿るのであろう1番可能性の高い未来。
「意味ある使い道……か」
己が存在意義に価値を求めたいという気持ちは理解出来る。
貴族家の娘として、使われることに否やはないという娘の覚悟も。
家を存続させる布石として娘を姫の侍女に上げたことは、貴族家の当主として必要な娘の使い道であったと今でも思っている。
だが、同時に。
無駄かそうでないかと言われると無駄ではないと言えるそれも、捨て石かそうでないかと言われると即座にそうではないと言い切れないものがある。
それも確かなことだった。
「本当に竜が何体も街にやって来たのならば、私も腹を括らねばなるまいな」
今現在、選択出来得るものはそれしかないと半ば逃げにも似た思考で結論づける。
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