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第1章 ウィムンド王国編 1

偶然の実地検証

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 サアッと身体の中に流れ込んで来る何かがあったこと以外、何が変わったような感じもしなかったのだけれど。
 不意に聴覚へと届いた音楽は、耳から聞こえて来ているというよりは、頭の中に直接鳴り響いているようで、しかも何やら危機感を煽られてしまうような速度と音程、短い繰り返しが連続していて。
 すぐに目の前へと説明文が書かれた板と同じようなものが性急に幾つか現れて「警告!」「忌避対象者急速接近中!」「隠形を発動しますか?」「はい」「いいえ」と5種類の文字列が描かれていた。
 一体何が起こったのか分からなくて、アワアワとまごついていると。

「おい、女! 状況はどうなっ……ギッ‼︎」

 唐突にズカズカと彼女に歩み寄り、断りもなしに肩を鷲掴みにした男性騎士が、最後まで口にすることすら叶わなかった短い悲鳴を発して、一瞬にして石畳の上へと昏倒した。

「あ」

 胸元に金剛透石の入った袋を抱え込んだまま、倒れ込んだ男を上から覗き込んで、この顔には見覚えがある、と思ったバリナが唇から1音を漏らした。

「うん? 此奴は、そなたに何ぞしたことのある男なのか?」

 装着させた魔導具の効果が発せれたのだろうと察したアーウィンが、それならばこの男は彼女にとっての忌避対象者の筈だとばかりに確認の文節を口にした。

「あ、はい。お仲間の騎士と一緒に仕事中の私を捕まえて、裸に剥こうとした方の1人です」

 馬鹿正直に彼の行いを暴露したバリナの言葉は、恐らく上位階級者からの質問に反射で事実を告げただけの意味しかなかった筈で、その音程には非難すら含まれていなかった。
だが、内容が内容過ぎて。
 思わずその場に居た者達全ての視線が、侮蔑と嫌悪も露わに昏倒している男性騎士へと向かう。

「普通に言っても論外で最低の行為だが、それを仕事中にだと?」

 アーウィンの言葉に縦へと首を上下運動させた周囲の人々の群れは、次いで彼から問われたことへと意識が向いて、バリナにその目が向け直された。

「はい。通りすがりに今みたいな感じで急に捕まえられて近くの倉庫に連れ込まれまして。女の身体に騎士の鎧は窮屈だろうから俺達が楽にしてやると言われて数人のお仲間に囲まれて、どんどん鎧や服を脱がされていきまして……たまたま倉庫へ何かを取りに来たらしいメイドがその最中に入って来てしまい、即座に大声で悲鳴を上げたので……皆様、逃げて行ってしまいましたけれど……」

 悪因悪果の自業自得。
昏倒している男を見詰める周囲の者達の目の上が、地平線顔負けな具合で真っ平となった背景にこの文字列が見えるかのようだった。

「そうか」

 バリナの説明を聞いたアーウィンも一欠片の感情すらも込められていなさげな視線を男へと向けた後に左手を翻して小収納の魔法陣から取り出した何かを男に向ける。

「ま。性能を保証する実地検証が出来たことだし、よしとするか! 協力を感謝するぞ、見知らぬ強姦未遂騎士殿。私がギルドへ戻った折にでもフリュヒテンゴルト公爵かベントレー子爵辺りにこの件は報告しておくゆえ、楽しみにこの世の沙汰を待つがよい」

 どうせならキッチリ調べられて、お仲間ごと全員逝けばいい、とばかりに向けられた者達の目に応えるような具合で、喋りながら手にした何かを強く指先で1度押したアーウィンは、手元でそれを細かくプチプチと幾度か押して空へと向けるともう1度強く押した。

「最も……今のそなたには、きっと聞こえておらぬだろうがな?」

 アーウィンが手にしている物が、空上の空間に男そっくりの絵姿みたいな物を浮かび上がらせ、この国の言葉で「強姦未遂犯 照会」の文字が彼の姿下に現れた。
 すると上空のどこからか軽快な音楽が流れてきて、最後に「ブー!」という音が鳴って男の姿に重なるような形で現れたのは、真っ赤な大きなバッテン。
次いで、描かれていた文字から「照会」の部分がスーッと消え、代わりに「どん!」という効果音じみた音声と共に赤いバッテンの上に「有罪」の文字が右斜め上がりにデカデカと浮かび上がた。
更に「シュワ」っという擦過音と同時に端へと追記されたのは「同罪科 余罪有」の一文だった。
 にっこり笑んだアーウィンが頷いて、再び手にした物を1度押し、小収納へと仕舞い込むと空上に描かれていた物は全て空気に溶けるように消えていった。

「騎士バリナ。その魔導具は、私が次の新商品として末の妹姫と共に我が国で売り出そうと考えている物の試作品なのだ。事後承諾になって申し訳ないが、そなたにはそのモニターテストを頼みたい」
「もにたーてすと? ですか???」
「うむ」

 聞いたことないけどそれって、どういう意味なんだろう?
あからさまに顔へと上らせた疑問を察してくれたらしいアーウィンが、頷いて追加の説明をする為、口を開いた。

「実際に使ってみて、その使用感や改善点、気づいたことなどを今の説明文のように時折、この辺りの空間へと現れる四角に向かって口にしてくれるだけでよい」

 バリナの傍、何もない空間に指先で四角を描いてそう教え、視線を彼女へと戻す。

「試作品ではあるが、きちんと自動変更アップデートにも対応しておるゆえ、謝礼代わりにその魔導具はそなたに進呈しよう。どうだ? 引き受けてはくれぬか?」
「じどうへんこうあっぷでーと???」
「そなたに渡した魔導具自体を交換しなくとも変更された部分がちゃんと反映されて有効に機能するという意味だ」
「魔導具ってそんなこと出来るんですねぇ」

 騎士の立場に居るとはいえ、魔導具なんて眺めるだけだったバリナにとって、初めて目にしたそれは、見た目も可愛いくて、自分をちゃんと守ってくれる頼もしい代物で、何より他国の王子様直々につけてくれたプレゼントなどという、嬉しいものの塊みたいなものだったので。

「もにたーてすと? でしたっけ? 私でよければお引き受けいたします、アーウィン殿下!」
「うむ。よろしく頼むぞ。そなたの感想や指摘が有益なものであればあるだけ、この商品が正式発売された後には、子供や女達だけに限らず、力によって不当に虐げられている全ての者達が、心安らかに暮らしてゆける手助けができるようになるのだからな」
「はいっ!」

 それが完全に規格外過剰性能オーバースペック品であることを理解出来る者は、この場に誰1人として存在しておらず、バリナを始めとした人々は「盗賊避けや魔物避けに良さそうだ」なんて口々に言い合いながら「幾らぐらいで販売されるんだろう」「この国うちでも販売されるのかな?」などと、のほほん全開な感想を脳裏に思い描いていた。



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