14 / 113
第1章 ウィムンド王国編 1
ミューニャという猫娘
しおりを挟む
彼女の名前はミューニャ。
ここ、ウィムンド王国の港湾王都アティスで冒険者ギルドの受付嬢となってまだ1年経っていない猫獣人の女性だ。
彼女の隣にある受付窓口には、3日前から右往左往していたここのギルドのマスターが、しばしの休憩と彼女の仕事振りを見張る……もとい、確認する為、陣取っていた。
つい先程も街の大通りにある老舗洋裁店、ディムリア商店が見舞われた対ワイバーン戦の余波 ── ブレスの着弾地点の1つ ── で火災の後始末終了の報告を受け終えた所だった。
戻って来た者達の希望もあり、彼等はまだ処理の終わっていない別の火災発生場所へと新たに割り振られ、出かけていく背を見送ったギルドマスターは、騎士団や国へと上げることになる報告書の記載事項を手元で纏めていたのだが。
その最中、隣の窓口から注がれるキラキラオメメ光線の圧に負けてミューニャへと目を向けた。
「何だ?」
問いを投げたギルドマスターに彼女は、好奇心満載のニコニコ笑顔で尻尾の先だけをフリフリと動かしながら、無言のまま右手の人差し指で、ある一点を指差した。
仕方なさげにそちらへと視線を移動させた彼の目に映ったのは1人の青年。
一目で異国の物と分かる白一色の儀礼服に近い上下を着込んだ金髪青瞳の人物は、間違いなく自国の騎士団長を務める公爵と師団長を務める子爵の2人が会議室へと連れ込んだ客だった。
「あれが皆の報告にもあった天空人の王子様だっていうアーウィン殿下ニャ? イケてるオーラがビンビン過ぎて獣人女の間で取り合いが起こりそうニャ!」
あいも変わらぬキラキラオメメで言われたことにギルドマスターが、げんなりとした顔をした。
彼女達、獣人族と魔族の女は人族や妖精族の女より強い男を見極める能力が本能的に高いらしく、冗談抜きで本当に男の取り合いで大騒動を起こすのだ。
特に獣側や魔側の血が強い者や、そちらの血が刺激されやすくなるらしい満月に近い月齢になると痴情の縺れから自警団や騎士団にしょっ引かれるような流血沙汰が普通に発生するようになるのだから本当にシャレにならない。
「ミューニャ? ありゃ、どんなにイケてても他国の王族だからな?」
「ニャー? アタシら猫人族は、一夫多妻だろうが多夫一妻だろうが多夫多妻だろうがドンと来いなんだニャー。あれだけイケてるオーラビンビンなら側室でも妾でも愛人でも何なら種だけくれるだけでも全然OKなのニャ!」
「お前、頼むからそれ本人に面と向かって言ってくれるなよ……?」
これがなければ、受付嬢として何の問題もない娘なのだけれど。
彼がこうして時折、ミューニャの仕事ぶりを確認せざるを得なくなった大元の理由がコレだった。
冒険者なんて大半が男で、自分がイケてるイケてないなんてそんな下らない次元から張り合えるような血の気の多いヤツばかりなのだから。
「大丈夫ニャ! 最初からそれを言う程、ミューニャはデリカシーのない女じゃないのニャ!」
ギルドマスターの言葉にそれだけ答えた彼女は、背を向けるようにくるりと身体の向きを変え、金髪の青年に向かってピョンピョン飛び跳ねながら頭上に上げた両手をブンブンと振りまくった。
「ニャー! アーウィン殿下ニャー! お話終わったのニャー?」
まるで昔からの知り合いみたいに初対面な筈の他国の王子に全力で馴れ馴れしく声をかけたミューニャにギルドマスターは、カウンターに突っ伏して頭を抱えてしまった。
これまで誰かが彼女にイケてる判定をされたことで起こった騒動……解散してしまったパーティがあっただとか、モテ男の自覚のあるヤツが自分のハーレムパーティに彼女を加えると言い出して、他の女達と喧嘩沙汰になったとか、とにかく色んな色んな色んなアレコレが一気に脳裏へと蘇る。
「やぁ。こんにちは、猫獣人のお嬢さん」
「ニャー! アタシ、ここで受付嬢してるミューニャって言うのニャ! 覚えてニャ!」
人好きのする爽やかな笑みを浮かべて答えた青年が、ごく自然な動きで受付窓口へと足を向けるとミューニャが嬉しそうに一声鳴いて序でのように初対面丸出しの自己紹介をブッ込んだ。
きっとこれで彼女の中では、初対面→友達に彼の所属カテゴリーはアップされているのだろう。
流石、抜け目のない猫獣人である。
「そうか。ミューニャ嬢。上の話し合いに関してはまだ続行中なのだが、それより……私のことを何処で?」
「ディムリア洋裁商店の火消しに行ってた冒険者達が “凄く世話になった恩人だ” って報告してくれたのニャ!」
「あの者達か。既にここには居らぬようだが?」
軽くギルド内を見回してそう尋ねたアーウィンにミューニャが頷く。
「皆、まだ全然働けるからって言って他の被害現場へ応援に向かったのニャ」
「他にもブレスの着弾地点が?」
窓口のカウンターテーブルへ左手を乗せるようにして問いかけたアーウィンの相貌が、やや曇ったことに気づいたミューニャの耳が項垂れるように伏せられて、キラキラに輝いていた瞳が力をなくし、元気よく動いていた尻尾の先がシュン、となって下へと落ちた。
「後二ヶ所、酷い火事になってる所があるのニャ……」
「そうか……可能ならば、私も救助を手伝いたい所なのだがな」
憂いを含んだ声でギルドの入口を見返ったアーウィンの左手が、悔しげにカウンターの上で握られたのをミューニャは見逃さなかった。
彼がどれだけの力の持ち主なのかは、報告に来た冒険者達が口々に教えてくれた。
曰く、あの大店が全焼して崩れ落ちるような勢いで燃えていた状態で一瞬にしてその火勢を消し去り、鎮火させ。
巻き込まれた人々を瓦礫の山ごと宙に浮かせ。
その中から種族や貴賎を問わず皆を助け出して、神聖魔法の光球で治癒し。
その人々に何らかの魔法で衣服を与えた。
騎士団に所属しているイズマの話しを冒険者達が又聞きしたという報告では、街を襲って来たワイバーンを討伐したのも彼であるらしいと言われていた。
例え他国の王族だろうが、そんな稀有で有能な人材をこんな所で遊ばせておけるような状況ではないことを受付嬢であるミューニャは、よく理解していた。
「アーウィン殿下。街に来てたワイバーン、1人で討伐したって本当ニャ?」
カウンター上で握り込まれた彼の手を両手でしっかりと包み込むようにして捕まえながらミューニャは問いかけた。
「ああ。亡骸は今も私の収納に丸ごと入っている」
彼女の目が、とても真剣で事の真偽を確かめる為に紡がれただけの質問ではないことを感じながらアーウィンは答えた。
「火事に遭った皆を無償で治してくれたって聞いてるニャ。それも本当ニャ?」
「ああ。他国の者とは言え、私は王族だ。難渋している民をそうと知っていて放っておく訳にはいかぬ」
淀みなく答えてくれたアーウィンに覚悟を決めるような深呼吸を1つしたミューニャが握っていた彼の手を離して、カウンター下から1枚の羊皮紙を取り出した。
それは、冒険者の新規登録をする為の申請書類だった。
「アーウィン殿下は、冒険者ギルドに登録したことってあるニャ?」
「おい、ミューニャ!」
彼女がアーウィンに何を持ちかけるつもりなのか悟って隣にいたギルドマスターは、泡を食って制止しようと口を開いたが、右手を上げてそれを差し止めたのは当のアーウィン自身だった。
「……なるほど。流石は精鋭揃いの冒険者ギルド受付嬢。その手があったか」
ギルドマスターに向けていた右手を翻して小収納の魔法陣を展開したアーウィンは、そこから透明なカードを1枚取り出してミューニャへと差し出した。
「私が国の冒険者ギルドに籍を置いていた頃のギルド証だ。この国の物と仕様が違うかもしれぬが、念の為に読めるか確認してくれぬか?」
「分かったのニャ!」
アーウィンの手から初めて見る透明のギルド証を受け取って受付の読み取り機にかけたミューニャを見やってから彼の目が、ギルドマスターへと向く。
「もし、そなたの目から見て私の冒険者としての経歴と資質に今回の件へ対応する能力が不足していると思わなければ、そなたの名に於いて、他国の王族としてではなく、1冒険者としての私に指名依頼をかけてもらえぬか?」
指名依頼。
その単語だけでギルドマスターは彼の冒険者ランクがB以上であることを理解した。
そもそもワイバーンを単独討伐するような人物だ。
例え王族だという贔屓目があったとしても確実にランクAは取れるだろう。
そこは別にいい。
どちらかというと問題は。
「……何故、それを俺に言う?」
「そなたがこのギルドの責任者であろう?」
「どうしてそう思う?」
「顔に書いてある」
「………」
本気とも冗談とも取れる笑みと口調で言い切られて、ギルドマスターが真意を測りかねているような顔をしていると隣から袖をツンツンと引っ張る牽引を感じた。
「何だ?」
それがミューニャのしていることなのは目を向けずとも分かっていたので、アーウィンから視線を外さぬまま問いかけるが、彼女からは音声の返答は得られず、再び同じように袖を牽引された。
「だから何だ⁈」
仕方なさげにそちらへ目を向けた彼にミューニャは、読み取り機が表示しているギルド証の読み取り結果を指差した。
「ああん?」
見ろ言うことなのだろう。
それだけは分かって、不穏な音声を発しながらそちらへ目を向け直した。
発 行:天空国家ヴェルザリス冒険者ギルド
登録ID:tkw_bg_3rdprc_5128881
名 前:アーウィン・ラナ・ヴェルザリス
種 族:天空人
ランク:SSS
失敗依頼数:0
達成依頼数:21685
達成証明済の討伐依頼は以下の通りです
神代古龍種
渓谷竜ヴォルガニアレガース通常種×1
神代古龍種
腐蝕竜アンザランゲア希少種×3
神代古龍種
空賊竜エリゾンクレミア変異種×1
神代古龍種
深霧竜ナルフェミアウェズリー亜種×1
︙
︙
「⁈」
ランクSSS。
そんなランクはこれまで聞いたことがなかった。
おまけに討伐記録にずらずらと果てしなく並ぶ神代古龍の文字。
古竜は知ってる。
でも神代古龍って?
そんな疑問を抱きかけた目に映る1体目「ヴォルガニアレガース」の呼称。
(まさか……大天災害級最上位の? だが、ヤツは確か火竜の性質持ちで溶岩竜と呼ばれていた筈……待てよおい? この通常種とか希少種とかって何だ?)
アーウィンと読み取り機の記載事項とを見比べるように思わず三度見してしまうと理由を察したのだろう。
彼の面に朗らかな笑みが浮かんだ。
「指名依頼、出してもらえるかね?」
「マスター! 討伐のとこは置いといて! 失敗依頼ゼロで、達成数がこれだけあるなら問題ない筈ニャ!」
「うえっ⁈」
指名依頼書を取り出してペンと共にギルドマスターへと差し出したミューニャの言葉に驚愕と疑問から変な声を上げてしまった。
「……お、おう……問題は、ねぇな」
彼が他国の王族な点を除けば。
だが、これは冒険者ギルドが1冒険者に対して要請する指名依頼書で、既に本人に受ける気が満々なので。
「後で公爵閣下にどやされそうだぜ」
彼に参加してもらう有用性だけは、報告を受けている限り確かなので。
仕方なさげに後ろ頭を盛大に掻いてからギルドマスターは、依頼書の内容を記して受諾責任者欄に己の名を自書するとその羊皮紙をミューニャへ渡した。
「ほらよ」
「はいニャ!」
それを受け取ったミューニャが読み取り機の下へとそれを挟み込むと照射された光が受諾者の欄へ彼の名前とID、そしてランクと依頼達成数を焼き付けた。
ミューニャは、読み取り機から取り出した依頼書と冒険者証をアーウィンへと差し出して深々と頭を下げる。
「アーウィン殿下! 街の皆を助けて! お願いしますニャ!」
「任せておけ。私が依頼を受けるからには失敗など有り得ぬ」
不敵な笑みと共にそれを受け取ったアーウィンは、ハッキリとそう言い切ってギルドの入口へと駆けた。
ダン、と床を蹴る音がして一瞬だけ現れた魔法陣によって宙へと舞った彼の姿はあっと言う間に空の彼方へ見えなくなってしまった。
(飛んでった……つか、どうでもいいが……現場の話し何も聞かねぇで出てったぞ、アイツ。大丈夫なのか?)
普通ならそれこそ有り得ない光景を連続で見せられたギルドマスターの抱いた感想は、どこか間の抜けたものだったのだが、口からそれが漏れ出ることはなかった。
ここ、ウィムンド王国の港湾王都アティスで冒険者ギルドの受付嬢となってまだ1年経っていない猫獣人の女性だ。
彼女の隣にある受付窓口には、3日前から右往左往していたここのギルドのマスターが、しばしの休憩と彼女の仕事振りを見張る……もとい、確認する為、陣取っていた。
つい先程も街の大通りにある老舗洋裁店、ディムリア商店が見舞われた対ワイバーン戦の余波 ── ブレスの着弾地点の1つ ── で火災の後始末終了の報告を受け終えた所だった。
戻って来た者達の希望もあり、彼等はまだ処理の終わっていない別の火災発生場所へと新たに割り振られ、出かけていく背を見送ったギルドマスターは、騎士団や国へと上げることになる報告書の記載事項を手元で纏めていたのだが。
その最中、隣の窓口から注がれるキラキラオメメ光線の圧に負けてミューニャへと目を向けた。
「何だ?」
問いを投げたギルドマスターに彼女は、好奇心満載のニコニコ笑顔で尻尾の先だけをフリフリと動かしながら、無言のまま右手の人差し指で、ある一点を指差した。
仕方なさげにそちらへと視線を移動させた彼の目に映ったのは1人の青年。
一目で異国の物と分かる白一色の儀礼服に近い上下を着込んだ金髪青瞳の人物は、間違いなく自国の騎士団長を務める公爵と師団長を務める子爵の2人が会議室へと連れ込んだ客だった。
「あれが皆の報告にもあった天空人の王子様だっていうアーウィン殿下ニャ? イケてるオーラがビンビン過ぎて獣人女の間で取り合いが起こりそうニャ!」
あいも変わらぬキラキラオメメで言われたことにギルドマスターが、げんなりとした顔をした。
彼女達、獣人族と魔族の女は人族や妖精族の女より強い男を見極める能力が本能的に高いらしく、冗談抜きで本当に男の取り合いで大騒動を起こすのだ。
特に獣側や魔側の血が強い者や、そちらの血が刺激されやすくなるらしい満月に近い月齢になると痴情の縺れから自警団や騎士団にしょっ引かれるような流血沙汰が普通に発生するようになるのだから本当にシャレにならない。
「ミューニャ? ありゃ、どんなにイケてても他国の王族だからな?」
「ニャー? アタシら猫人族は、一夫多妻だろうが多夫一妻だろうが多夫多妻だろうがドンと来いなんだニャー。あれだけイケてるオーラビンビンなら側室でも妾でも愛人でも何なら種だけくれるだけでも全然OKなのニャ!」
「お前、頼むからそれ本人に面と向かって言ってくれるなよ……?」
これがなければ、受付嬢として何の問題もない娘なのだけれど。
彼がこうして時折、ミューニャの仕事ぶりを確認せざるを得なくなった大元の理由がコレだった。
冒険者なんて大半が男で、自分がイケてるイケてないなんてそんな下らない次元から張り合えるような血の気の多いヤツばかりなのだから。
「大丈夫ニャ! 最初からそれを言う程、ミューニャはデリカシーのない女じゃないのニャ!」
ギルドマスターの言葉にそれだけ答えた彼女は、背を向けるようにくるりと身体の向きを変え、金髪の青年に向かってピョンピョン飛び跳ねながら頭上に上げた両手をブンブンと振りまくった。
「ニャー! アーウィン殿下ニャー! お話終わったのニャー?」
まるで昔からの知り合いみたいに初対面な筈の他国の王子に全力で馴れ馴れしく声をかけたミューニャにギルドマスターは、カウンターに突っ伏して頭を抱えてしまった。
これまで誰かが彼女にイケてる判定をされたことで起こった騒動……解散してしまったパーティがあっただとか、モテ男の自覚のあるヤツが自分のハーレムパーティに彼女を加えると言い出して、他の女達と喧嘩沙汰になったとか、とにかく色んな色んな色んなアレコレが一気に脳裏へと蘇る。
「やぁ。こんにちは、猫獣人のお嬢さん」
「ニャー! アタシ、ここで受付嬢してるミューニャって言うのニャ! 覚えてニャ!」
人好きのする爽やかな笑みを浮かべて答えた青年が、ごく自然な動きで受付窓口へと足を向けるとミューニャが嬉しそうに一声鳴いて序でのように初対面丸出しの自己紹介をブッ込んだ。
きっとこれで彼女の中では、初対面→友達に彼の所属カテゴリーはアップされているのだろう。
流石、抜け目のない猫獣人である。
「そうか。ミューニャ嬢。上の話し合いに関してはまだ続行中なのだが、それより……私のことを何処で?」
「ディムリア洋裁商店の火消しに行ってた冒険者達が “凄く世話になった恩人だ” って報告してくれたのニャ!」
「あの者達か。既にここには居らぬようだが?」
軽くギルド内を見回してそう尋ねたアーウィンにミューニャが頷く。
「皆、まだ全然働けるからって言って他の被害現場へ応援に向かったのニャ」
「他にもブレスの着弾地点が?」
窓口のカウンターテーブルへ左手を乗せるようにして問いかけたアーウィンの相貌が、やや曇ったことに気づいたミューニャの耳が項垂れるように伏せられて、キラキラに輝いていた瞳が力をなくし、元気よく動いていた尻尾の先がシュン、となって下へと落ちた。
「後二ヶ所、酷い火事になってる所があるのニャ……」
「そうか……可能ならば、私も救助を手伝いたい所なのだがな」
憂いを含んだ声でギルドの入口を見返ったアーウィンの左手が、悔しげにカウンターの上で握られたのをミューニャは見逃さなかった。
彼がどれだけの力の持ち主なのかは、報告に来た冒険者達が口々に教えてくれた。
曰く、あの大店が全焼して崩れ落ちるような勢いで燃えていた状態で一瞬にしてその火勢を消し去り、鎮火させ。
巻き込まれた人々を瓦礫の山ごと宙に浮かせ。
その中から種族や貴賎を問わず皆を助け出して、神聖魔法の光球で治癒し。
その人々に何らかの魔法で衣服を与えた。
騎士団に所属しているイズマの話しを冒険者達が又聞きしたという報告では、街を襲って来たワイバーンを討伐したのも彼であるらしいと言われていた。
例え他国の王族だろうが、そんな稀有で有能な人材をこんな所で遊ばせておけるような状況ではないことを受付嬢であるミューニャは、よく理解していた。
「アーウィン殿下。街に来てたワイバーン、1人で討伐したって本当ニャ?」
カウンター上で握り込まれた彼の手を両手でしっかりと包み込むようにして捕まえながらミューニャは問いかけた。
「ああ。亡骸は今も私の収納に丸ごと入っている」
彼女の目が、とても真剣で事の真偽を確かめる為に紡がれただけの質問ではないことを感じながらアーウィンは答えた。
「火事に遭った皆を無償で治してくれたって聞いてるニャ。それも本当ニャ?」
「ああ。他国の者とは言え、私は王族だ。難渋している民をそうと知っていて放っておく訳にはいかぬ」
淀みなく答えてくれたアーウィンに覚悟を決めるような深呼吸を1つしたミューニャが握っていた彼の手を離して、カウンター下から1枚の羊皮紙を取り出した。
それは、冒険者の新規登録をする為の申請書類だった。
「アーウィン殿下は、冒険者ギルドに登録したことってあるニャ?」
「おい、ミューニャ!」
彼女がアーウィンに何を持ちかけるつもりなのか悟って隣にいたギルドマスターは、泡を食って制止しようと口を開いたが、右手を上げてそれを差し止めたのは当のアーウィン自身だった。
「……なるほど。流石は精鋭揃いの冒険者ギルド受付嬢。その手があったか」
ギルドマスターに向けていた右手を翻して小収納の魔法陣を展開したアーウィンは、そこから透明なカードを1枚取り出してミューニャへと差し出した。
「私が国の冒険者ギルドに籍を置いていた頃のギルド証だ。この国の物と仕様が違うかもしれぬが、念の為に読めるか確認してくれぬか?」
「分かったのニャ!」
アーウィンの手から初めて見る透明のギルド証を受け取って受付の読み取り機にかけたミューニャを見やってから彼の目が、ギルドマスターへと向く。
「もし、そなたの目から見て私の冒険者としての経歴と資質に今回の件へ対応する能力が不足していると思わなければ、そなたの名に於いて、他国の王族としてではなく、1冒険者としての私に指名依頼をかけてもらえぬか?」
指名依頼。
その単語だけでギルドマスターは彼の冒険者ランクがB以上であることを理解した。
そもそもワイバーンを単独討伐するような人物だ。
例え王族だという贔屓目があったとしても確実にランクAは取れるだろう。
そこは別にいい。
どちらかというと問題は。
「……何故、それを俺に言う?」
「そなたがこのギルドの責任者であろう?」
「どうしてそう思う?」
「顔に書いてある」
「………」
本気とも冗談とも取れる笑みと口調で言い切られて、ギルドマスターが真意を測りかねているような顔をしていると隣から袖をツンツンと引っ張る牽引を感じた。
「何だ?」
それがミューニャのしていることなのは目を向けずとも分かっていたので、アーウィンから視線を外さぬまま問いかけるが、彼女からは音声の返答は得られず、再び同じように袖を牽引された。
「だから何だ⁈」
仕方なさげにそちらへ目を向けた彼にミューニャは、読み取り機が表示しているギルド証の読み取り結果を指差した。
「ああん?」
見ろ言うことなのだろう。
それだけは分かって、不穏な音声を発しながらそちらへ目を向け直した。
発 行:天空国家ヴェルザリス冒険者ギルド
登録ID:tkw_bg_3rdprc_5128881
名 前:アーウィン・ラナ・ヴェルザリス
種 族:天空人
ランク:SSS
失敗依頼数:0
達成依頼数:21685
達成証明済の討伐依頼は以下の通りです
神代古龍種
渓谷竜ヴォルガニアレガース通常種×1
神代古龍種
腐蝕竜アンザランゲア希少種×3
神代古龍種
空賊竜エリゾンクレミア変異種×1
神代古龍種
深霧竜ナルフェミアウェズリー亜種×1
︙
︙
「⁈」
ランクSSS。
そんなランクはこれまで聞いたことがなかった。
おまけに討伐記録にずらずらと果てしなく並ぶ神代古龍の文字。
古竜は知ってる。
でも神代古龍って?
そんな疑問を抱きかけた目に映る1体目「ヴォルガニアレガース」の呼称。
(まさか……大天災害級最上位の? だが、ヤツは確か火竜の性質持ちで溶岩竜と呼ばれていた筈……待てよおい? この通常種とか希少種とかって何だ?)
アーウィンと読み取り機の記載事項とを見比べるように思わず三度見してしまうと理由を察したのだろう。
彼の面に朗らかな笑みが浮かんだ。
「指名依頼、出してもらえるかね?」
「マスター! 討伐のとこは置いといて! 失敗依頼ゼロで、達成数がこれだけあるなら問題ない筈ニャ!」
「うえっ⁈」
指名依頼書を取り出してペンと共にギルドマスターへと差し出したミューニャの言葉に驚愕と疑問から変な声を上げてしまった。
「……お、おう……問題は、ねぇな」
彼が他国の王族な点を除けば。
だが、これは冒険者ギルドが1冒険者に対して要請する指名依頼書で、既に本人に受ける気が満々なので。
「後で公爵閣下にどやされそうだぜ」
彼に参加してもらう有用性だけは、報告を受けている限り確かなので。
仕方なさげに後ろ頭を盛大に掻いてからギルドマスターは、依頼書の内容を記して受諾責任者欄に己の名を自書するとその羊皮紙をミューニャへ渡した。
「ほらよ」
「はいニャ!」
それを受け取ったミューニャが読み取り機の下へとそれを挟み込むと照射された光が受諾者の欄へ彼の名前とID、そしてランクと依頼達成数を焼き付けた。
ミューニャは、読み取り機から取り出した依頼書と冒険者証をアーウィンへと差し出して深々と頭を下げる。
「アーウィン殿下! 街の皆を助けて! お願いしますニャ!」
「任せておけ。私が依頼を受けるからには失敗など有り得ぬ」
不敵な笑みと共にそれを受け取ったアーウィンは、ハッキリとそう言い切ってギルドの入口へと駆けた。
ダン、と床を蹴る音がして一瞬だけ現れた魔法陣によって宙へと舞った彼の姿はあっと言う間に空の彼方へ見えなくなってしまった。
(飛んでった……つか、どうでもいいが……現場の話し何も聞かねぇで出てったぞ、アイツ。大丈夫なのか?)
普通ならそれこそ有り得ない光景を連続で見せられたギルドマスターの抱いた感想は、どこか間の抜けたものだったのだが、口からそれが漏れ出ることはなかった。
0
お気に入りに追加
129
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
気づいたら隠しルートのバッドエンドだった
かぜかおる
ファンタジー
前世でハマった乙女ゲームのヒロインに転生したので、
お気に入りのサポートキャラを攻略します!
ザマァされないように気をつけて気をつけて、両思いっぽくなったし
ライバル令嬢かつ悪役である異母姉を断罪しようとしたけれど・・・
本編完結済順次投稿します。
1話ごとは短め
あと、番外編も投稿予定なのでまだ連載中のままにします。
ざまあはあるけど好き嫌いある結末だと思います。
タグなどもしオススメあったら教えて欲しいです_|\○_オネガイシヤァァァァァス!!
感想もくれるとうれしいな・・・|ョ・ω・`)チロッ・・・
R15保険(ちょっと汚い言葉遣い有りです)
転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
落ちこぼれ盾職人は異世界のゲームチェンジャーとなる ~エルフ♀と同居しました。安定収入も得たのでスローライフを満喫します~
テツみン
ファンタジー
アスタリア大陸では地球から一万人以上の若者が召喚され、召喚人(しょうかんびと)と呼ばれている。
彼らは冒険者や生産者となり、魔族や魔物と戦っていたのだ。
日本からの召喚人で、生産系志望だった虹川ヒロトは女神に勧められるがまま盾職人のスキルを授かった。
しかし、盾を売っても原価割れで、生活はどんどん苦しくなる。
そのうえ、同じ召喚人からも「出遅れ組」、「底辺職人」、「貧乏人」とバカにされる日々。
そんなとき、行き倒れになっていたエルフの女の子、アリシアを助け、自分の工房に泊めてあげる。
彼女は魔法研究所をクビにされ、住み場所もおカネもなかったのだ。
そして、彼女との会話からヒロトはあるアイデアを思いつくと――
これは、落ちこぼれ召喚人のふたりが協力し合い、異世界の成功者となっていく――そんな物語である。
かつてダンジョン配信者として成功することを夢見たダンジョン配信者マネージャー、S級ダンジョンで休暇中に人気配信者に凸られた結果バズる
竜頭蛇
ファンタジー
伊藤淳は都内の某所にあるダンジョン配信者事務所のマネージャーをしており、かつて人気配信者を目指していた時の憧憬を抱えつつも、忙しない日々を送っていた。
ある時、ワーカーホリックになりかねていた淳を心配した社長から休暇を取らせられることになり、特に休日に何もすることがなく、暇になった淳は半年先にあるS級ダンジョン『破滅の扉』の配信プロジェクトの下見をすることで時間を潰すことにする.
モンスターの攻撃を利用していたウォータースライダーを息抜きで満喫していると、日本発のS級ダンジョン配信という箔に目が眩んだ事務所のNO.1配信者最上ヒカリとそのマネージャーの大口大火と鉢合わせする.
その配信で姿を晒すことになった淳は、さまざまな実力者から一目を置かれる様になり、世界に名を轟かす配信者となる.
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
転生したらチートすぎて逆に怖い
至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん
愛されることを望んでいた…
神様のミスで刺されて転生!
運命の番と出会って…?
貰った能力は努力次第でスーパーチート!
番と幸せになるために無双します!
溺愛する家族もだいすき!
恋愛です!
無事1章完結しました!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる