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第1章 ウィムンド王国編 1

ミューニャという猫娘

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 彼女の名前はミューニャ。
ここ、ウィムンド王国の港湾王都アティスで冒険者ギルドの受付嬢となってまだ1年経っていない猫獣人の女性だ。
 彼女の隣にある受付窓口には、3日前から右往左往していたここのギルドのマスターが、しばしの休憩と彼女の仕事振りを見張る……もとい、確認する為、陣取っていた。
 つい先程も街の大通りにある老舗洋裁店、ディムリア商店が見舞われた対ワイバーン戦の余波 ── ブレスの着弾地点の1つ ── で火災の後始末終了の報告を受け終えた所だった。
 戻って来た者達の希望もあり、彼等はまだ処理の終わっていない別の火災発生場所へと新たに割り振られ、出かけていく背を見送ったギルドマスターは、騎士団や国へと上げることになる報告書の記載事項を手元で纏めていたのだが。
その最中、隣の窓口から注がれるキラキラオメメ光線の圧に負けてミューニャへと目を向けた。

「何だ?」

 問いを投げたギルドマスターに彼女は、好奇心満載のニコニコ笑顔で尻尾の先だけをフリフリと動かしながら、無言のまま右手の人差し指で、ある一点を指差した。
 仕方なさげにそちらへと視線を移動させた彼の目に映ったのは1人の青年。
 一目で異国の物と分かる白一色の儀礼服に近い上下を着込んだ金髪青瞳の人物は、間違いなく自国の騎士団長を務める公爵と師団長を務める子爵の2人が会議室へと連れ込んだ客だった。

「あれが皆の報告にもあった天空人の王子様だっていうアーウィン殿下ニャ? イケてるオーラがビンビン過ぎて獣人女の間で取り合いが起こりそうニャ!」

 あいも変わらぬキラキラオメメで言われたことにギルドマスターが、げんなりとした顔をした。
 彼女達、獣人族と魔族の女は人族や妖精族の女より強い男を見極める能力が本能的に高いらしく、冗談抜きで本当に男の取り合いで大騒動を起こすのだ。
 特に獣側や魔側の血が強い者や、そちらの血が刺激されやすくなるらしい満月に近い月齢になると痴情の縺れから自警団や騎士団にしょっ引かれるような流血沙汰が普通に発生するようになるのだから本当にシャレにならない。

「ミューニャ? ありゃ、どんなにイケてても他国の王族だからな?」
「ニャー? アタシら猫人族は、一夫多妻だろうが多夫一妻だろうが多夫多妻だろうがドンと来いなんだニャー。あれだけイケてるオーラビンビンなら側室でも妾でも愛人でも何なら種だけくれるだけでも全然OKなのニャ!」
「お前、頼むからそれ本人に面と向かって言ってくれるなよ……?」

 これがなければ、受付嬢として何の問題もない娘なのだけれど。
 彼がこうして時折、ミューニャの仕事ぶりを確認せざるを得なくなった大元の理由がコレだった。
 冒険者なんて大半が男で、自分がイケてるイケてないなんてそんな下らない次元から張り合えるような血の気の多いヤツばかりなのだから。

「大丈夫ニャ! 最初からそれを言う程、ミューニャはデリカシーのない女じゃないのニャ!」

 ギルドマスターの言葉にそれだけ答えた彼女は、背を向けるようにくるりと身体の向きを変え、金髪の青年に向かってピョンピョン飛び跳ねながら頭上に上げた両手をブンブンと振りまくった。

「ニャー! アーウィン殿下ニャー! お話終わったのニャー?」

 まるで昔からの知り合いみたいに初対面な筈の他国の王子に全力で馴れ馴れしく声をかけたミューニャにギルドマスターは、カウンターに突っ伏して頭を抱えてしまった。
 これまで誰かが彼女にイケてる判定をされたことで起こった騒動……解散してしまったパーティがあっただとか、モテ男の自覚のあるヤツが自分のハーレムパーティに彼女を加えると言い出して、他の女達と喧嘩沙汰になったとか、とにかく色んな色んな色んなアレコレが一気に脳裏へと蘇る。

「やぁ。こんにちは、猫獣人のお嬢さん」
「ニャー! アタシ、ここで受付嬢してるミューニャって言うのニャ! 覚えてニャ!」

 人好きのする爽やかな笑みを浮かべて答えた青年が、ごく自然な動きで受付窓口へと足を向けるとミューニャが嬉しそうに一声鳴いて序でのように初対面丸出しの自己紹介をブッ込んだ。
 きっとこれで彼女の中では、初対面→友達に彼の所属カテゴリーはアップされているのだろう。
流石、抜け目のない猫獣人である。

「そうか。ミューニャ嬢。上の話し合いに関してはまだ続行中なのだが、それより……私のことを何処で?」
「ディムリア洋裁商店の火消しに行ってた冒険者達が “凄く世話になった恩人だ” って報告してくれたのニャ!」
「あの者達か。既にここには居らぬようだが?」

 軽くギルド内を見回してそう尋ねたアーウィンにミューニャが頷く。

「皆、まだ全然働けるからって言って他の被害現場へ応援に向かったのニャ」
「他にもブレスの着弾地点が?」

 窓口のカウンターテーブルへ左手を乗せるようにして問いかけたアーウィンの相貌が、やや曇ったことに気づいたミューニャの耳が項垂れるように伏せられて、キラキラに輝いていた瞳が力をなくし、元気よく動いていた尻尾の先がシュン、となって下へと落ちた。

「後二ヶ所、酷い火事になってる所があるのニャ……」
「そうか……可能ならば、私も救助を手伝いたい所なのだがな」

 憂いを含んだ声でギルドの入口を見返ったアーウィンの左手が、悔しげにカウンターの上で握られたのをミューニャは見逃さなかった。
 彼がどれだけの力の持ち主なのかは、報告に来た冒険者達が口々に教えてくれた。
 曰く、あの大店が全焼して崩れ落ちるような勢いで燃えていた状態で一瞬にしてその火勢を消し去り、鎮火させ。
巻き込まれた人々を瓦礫の山ごと宙に浮かせ。
その中から種族や貴賎を問わず皆を助け出して、神聖魔法の光球で治癒し。
その人々に何らかの魔法で衣服を与えた。
 騎士団に所属しているイズマの話しを冒険者達が又聞きしたという報告では、街を襲って来たワイバーンを討伐したのも彼であるらしいと言われていた。
 例え他国の王族だろうが、そんな稀有で有能な人材をこんな所で遊ばせておけるような状況ではないことを受付嬢であるミューニャは、よく理解していた。

「アーウィン殿下。街に来てたワイバーン、1人で討伐したって本当ニャ?」

 カウンター上で握り込まれた彼の手を両手でしっかりと包み込むようにして捕まえながらミューニャは問いかけた。

「ああ。亡骸は今も私の収納に丸ごと入っている」

 彼女の目が、とても真剣で事の真偽を確かめる為に紡がれただけの質問ではないことを感じながらアーウィンは答えた。

「火事に遭った皆を無償で治してくれたって聞いてるニャ。それも本当ニャ?」
「ああ。他国の者とは言え、私は王族だ。難渋している民をそうと知っていて放っておく訳にはいかぬ」

 淀みなく答えてくれたアーウィンに覚悟を決めるような深呼吸を1つしたミューニャが握っていた彼の手を離して、カウンター下から1枚の羊皮紙を取り出した。
それは、冒険者の新規登録をする為の申請書類だった。

「アーウィン殿下は、冒険者ギルドに登録したことってあるニャ?」
「おい、ミューニャ!」

 彼女がアーウィンに何を持ちかけるつもりなのか悟って隣にいたギルドマスターは、泡を食って制止しようと口を開いたが、右手を上げてそれを差し止めたのは当のアーウィン自身だった。

「……なるほど。流石は精鋭揃いの冒険者ギルド受付嬢。その手があったか」

 ギルドマスターに向けていた右手を翻して小収納の魔法陣を展開したアーウィンは、そこから透明なカードを1枚取り出してミューニャへと差し出した。

「私が国の冒険者ギルドに籍を置いていた頃のギルド証だ。この国の物と仕様が違うかもしれぬが、念の為に読めるか確認してくれぬか?」
「分かったのニャ!」

 アーウィンの手から初めて見る透明のギルド証を受け取って受付の読み取り機にかけたミューニャを見やってから彼の目が、ギルドマスターへと向く。

「もし、そなたの目から見て私の冒険者としての経歴と資質に今回の件へ対応する能力が不足していると思わなければ、そなたの名に於いて、他国の王族としてではなく、1冒険者としての私に指名依頼をかけてもらえぬか?」

 指名依頼。
 その単語だけでギルドマスターは彼の冒険者ランクがB以上であることを理解した。
そもそもワイバーンを単独討伐するような人物だ。
 例え王族だという贔屓目があったとしても確実にランクAは取れるだろう。
そこは別にいい。
どちらかというと問題は。

「……何故、それを俺に言う?」
「そなたがこのギルドの責任者であろう?」
「どうしてそう思う?」
「顔に書いてある」
「………」

 本気とも冗談とも取れる笑みと口調で言い切られて、ギルドマスターが真意を測りかねているような顔をしていると隣から袖をツンツンと引っ張る牽引を感じた。

「何だ?」

 それがミューニャのしていることなのは目を向けずとも分かっていたので、アーウィンから視線を外さぬまま問いかけるが、彼女からは音声の返答は得られず、再び同じように袖を牽引された。

「だから何だ⁈」

 仕方なさげにそちらへ目を向けた彼にミューニャは、読み取り機が表示しているギルド証の読み取り結果を指差した。

「ああん?」

 見ろ言うことなのだろう。
それだけは分かって、不穏な音声を発しながらそちらへ目を向け直した。

 発 行:天空国家ヴェルザリス冒険者ギルド
 登録ID:tkw_bg_3rdprc_5128881
 名 前:アーウィン・ラナ・ヴェルザリス
 種 族:天空人
 ランク:SSS
 失敗依頼数:0
 達成依頼数:21685
 達成証明済の討伐依頼は以下の通りです
  神代古龍種
   渓谷竜ヴォルガニアレガース通常種×1
  神代古龍種
   腐蝕竜アンザランゲア希少種×3
  神代古龍種
   空賊竜エリゾンクレミア変異種×1
  神代古龍種
   深霧竜ナルフェミアウェズリー亜種×1
  ︙
  ︙

「⁈」

 ランクSSSトリプルエス
そんなランクはこれまで聞いたことがなかった。
 おまけに討伐記録にずらずらと果てしなく並ぶ神代古龍の文字。
古竜は知ってる。
でも神代古龍って?
そんな疑問を抱きかけた目に映る1体目「ヴォルガニアレガース」の呼称。

(まさか……大天災害級最上位の? だが、ヤツは確か火竜の性質持ちで溶岩竜と呼ばれていた筈……待てよおい? この通常種とか希少種とかって何だ?)

 アーウィンと読み取り機の記載事項とを見比べるように思わず三度見してしまうと理由を察したのだろう。
彼のおもてに朗らかな笑みが浮かんだ。

「指名依頼、出してもらえるかね?」
「マスター! 討伐のとこは置いといて! 失敗依頼ゼロで、達成数がこれだけあるなら問題ない筈ニャ!」
「うえっ⁈」

 指名依頼書を取り出してペンと共にギルドマスターへと差し出したミューニャの言葉に驚愕と疑問から変な声を上げてしまった。

「……お、おう……問題は、ねぇな」

 彼が他国の王族な点を除けば。
だが、これは冒険者ギルドが1冒険者に対して要請する指名依頼書で、既に本人に受ける気が満々なので。

「後で公爵閣下にどやされそうだぜ」

 彼に参加してもらう有用性だけは、報告を受けている限り確かなので。
仕方なさげに後ろ頭を盛大に掻いてからギルドマスターは、依頼書の内容を記して受諾責任者欄に己の名を自書するとその羊皮紙をミューニャへ渡した。

「ほらよ」
「はいニャ!」

 それを受け取ったミューニャが読み取り機の下へとそれを挟み込むと照射された光が受諾者の欄へ彼の名前とID、そしてランクと依頼達成数を焼き付けた。
 ミューニャは、読み取り機から取り出した依頼書と冒険者証をアーウィンへと差し出して深々と頭を下げる。

「アーウィン殿下! 街の皆を助けて! お願いしますニャ!」
「任せておけ。私が依頼を受けるからには失敗など有り得ぬ」

 不敵な笑みと共にそれを受け取ったアーウィンは、ハッキリとそう言い切ってギルドの入口へと駆けた。
 ダン、と床を蹴る音がして一瞬だけ現れた魔法陣によって宙へと舞った彼の姿はあっと言う間に空の彼方へ見えなくなってしまった。

(飛んでった……つか、どうでもいいが……現場の話し何も聞かねぇで出てったぞ、アイツ。大丈夫なのか?)

 普通ならそれこそ有り得ない光景を連続で見せられたギルドマスターの抱いた感想は、どこか間の抜けたものだったのだが、口からそれが漏れ出ることはなかった。




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