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第8章 クストディオ皇国編

召喚勇者の正式承認

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「ただいまー! ……って、あれ? アニキまだ捕まってんの?」
「逆よ。解放されたのがアンタだけなの」

 連れて行かれた時とは雲泥の差。
元気いっぱい明るく帰ってきたエルリッヒに立ち上がりながらカノンが答え、彼が座る為の新しい椅子を何処からともなく出現させた。

「ふうん……そういや、俺と一緒に連れてかれたアストレイ サンも途中から見なくなったもんな」
「途中から?」
「うん」

 思い出したように言うエルリッヒへ、リジェンダが確認するように短く問いかけてきて、彼は首肯を返した。

「俺達、九界精霊界ってトコを順番に回って最上位精霊と縁を結べってガラ サンって人…人? …に、言われたんだけど。俺は光と蛇牙の精霊界で上位精霊によしみってのがあったから早く済んじゃってさ。火、水、土、風、辺りまでは一緒だったんだけど、光から別行動になったんだ」
「それにしても早く終わったのね。ちょっと意外だわ……はい、どうぞ」

 思い出しながらだったり、途中に自分で言いながら疑問だったりしたのか歯切れが悪くなったりしながらザックリと説明をしたエルリッヒにカノンが椅子とお茶を勧めた。

「サンキュ、お姉サン! 喉、カラッカラだったんだよねー」

 カノンの名が分からなかったからなのか、端的に「お姉さん」と呼んで着席したエルリッヒは、手にしたカップが適温なのを確認して、一口飲んで、大丈夫だと確認したらゴクゴクと喉を鳴らしながら嚥下していった。

「ここへ戻されたってことは、九界精霊界全部周り終えたのよね?」
「うん。何か最上位精霊とか見るだけでテンション上がって好き放題話しかけてたら割りかし皆すぐに力貸してくれるって言ってくれてさ。ガラ サンって人には指さして大爆笑されたし、アストレイ サンにも『アンタ実はサディウスの殿下ちゃんと同じ生き物だったのね』とか呆れられたけど、俺的には楽し過ぎて、あっと言う間に周り終えちゃった印象」

 黒薔薇女豹の5人はサディウスの第1王子ムスキアヌのことは噂程度でしか知らなかったので、アストレイの言う同じ生き物、という言葉が指し示す意味は分からなかったけれど、何となくエルリッヒと言う少年のブルーに対する態度を見ている所為か、彼が人懐こいワンコ属性を遺憾無く発揮して、下心やおべっかゼロで精霊達をアゲまくったのならば、この短時間制覇も理解出来る気がして苦笑いを浮かべた。

「ブルーゼイじゃないけど、アンタはホントに生まれてくる世界間違えたわね。それとも1回ぐらい、文明的な意味で魔法がマトモに発展してない世界に生まれてみろ的なカルマでも発生してたのかしら」

 物見の谷の記録書も彼の歴史砂も特段目を通していなかったカノンは、そう言って空になったエルリッヒのカップに再び茶を注いでやった。

「カルマかー…分かんないけど、それはあるかもしんないねー」
「何よ、心当たりがあるの?」
「んー。今にして思えばって感じなんだけどさ、俺多分、前世で気がつかない内に周りのヤツ見下してたんじゃねぇのかなって思うんだよね。当時はさ、別に1人でいるの苦じゃねぇし、誰かに自分のことを分かって欲しいとか思ってねぇから俺のことは放っといてくれてていいって思ってたつもりだったんだけどさ? それって要するに伝える努力も分かってもらう努力も放棄してるってことじゃん? なのに、どうせ分かる訳ないから言うだけ無駄とか決めつけてたんだ。逆だよな。分かんなくて当たり前じゃん? だって自分から分かってもらう為のこと何もしてねぇんだからさ」

 カノンにカルマの心当たりと問われて、その意味を問うこともなくエルリッヒはそれに関係していそうなことを話し始めた。

「そんなヤツが1人で何か訳分かんねぇことしてるの見て、からかってやろってチョッカイ出してた連中がさ、どんどんエスカレートしてってイジメに変わるのなんか時間いらねぇよ。ガキなんだもん。自分達が楽しければそれでいいんだもん、ガキなんか」

 そこに常識も良識も相手への思いやりもない。
ただ「つまんない」が「楽しい」に変わる、その刺激に味を占めて、退屈を感じる度に繰り返す。
やってる側の意識なんてその程度なんだと、その時の自分には分からなかった。
だからこそ、より、状況が悪化していったのだ。

「ってことがさ? 女神姫サマとアニキ達に会えて、色々教わったり、一緒に何かやったりしてて、ホントに、唐突に、ストンと分かっちゃったんだよね。壁作ってるつもりで隙作ってて、諦めたフリして分かってくれないならいい、俺は俺で好きにやるってイジケて変な方向でヤケになって。下に見られるのが嫌で、バカにされるのが嫌で……きっと、自分で自分を追い詰めてた部分もあったんだと思う。どうすればよかったんだろう、とか何がいけなかったんだろう、なんて。考えてるつもりで本質見てなかったから考えてないのも同然だったしさ」

 相手に求めていることなんて、自分のことを放っといて欲しい、無関心でいて欲しい、とただそれだけだと思っていたけれど、それは彼等に対して無言のまま優しさを要求するくらい難しかったのだと。
 ストレスだの鬱憤だのマウンティングだの、当てはまる言葉は色々あったのだろうけれど、そっとしておいてくれなかった…無視スルーしてくれなかった時点で、彼等の自分に対する認識と扱いは、もう固定されてしまっていたのだと、いつまで経ってもそのことに気づくことが出来なかった。
 その内、飽きてどっか行ってくれないか。
標的ターゲットを自分以外に変えてくれないか。
そんな後ろ向きなことばかり考えていたから、自分の逃げ所が妄想の中にしかなくなってしまったのだから。

「正直言って、その状況から引っこ抜いてくれたジャハルナラーには、感謝してんだ、俺。例えそれが俺を殺して他所で利用する為だったんだとしても。だって、ここに連れて来られて、女神姫サマとアニキ達に会えなかったら、きっと俺は何回転生したって、ずっとこんな気づきなんか得られなくて、そのカルマかもしれないもんも昇華し切れないまんまさ、同じような生き方繰り返してたんじゃねぇのかなって思うから」
「だからって自分を殺したヤツにまで感謝ってどうなのさ?」
「あはっ、もうそれは結果論って思うことにしたんだ」

 エルリッヒの話しに、そこだけは腑に落ちないとばかりに突っ込んだラリリアにも彼は笑ってそう答えた。

「……女神姫サマやアニキ達に会う為に必要なことだったんだって思うことにした。そしたらさ? 嘘とか強がりとかじゃなくて、ホントどうでもよくなったんだよね。恨みもなければ怒りもない。それならいいじゃん、って、そんな結論になっちゃったんだよ。だから、もし俺にカルマがあったなら、その辺りの理解? みたいのが、必要だったのかなって?」

 静かに笑う少年にその場の者達は思う。
相応しい出会いがあれば、人は、こうも変われるものなんだと。
 つい数時間前に礼拝堂で居丈高な悪の塊みたいな姿を晒していたのが嘘みたいだった。

「そう。なら、一応教えておくわね。エルリッヒ、アンタは勇者召喚陣を利用してジャハルナラーに利用された魂の最後の生き残りよ」
「え」
「生きなさい。生きることが出来なかった人達の為にもね」

 カノンに言われた言葉にエルリッヒの視線が下へと落ちる。
何を思ってか、開いている自分の右手、その掌をじっと見詰めて。

「うん」

 右手をぎゅっと握り締めながら目を閉じて、短い是を紡いだ。

「俺個人の感謝は感謝として。アイツがやってることは、神さまとしてじゃなくても、やっちゃダメなことなんだって思うから。今の俺には、それが分かるから」

 閉じていた目を開いて、エルリッヒは真っ直ぐにカノンを見据える。

「止めるよ。女神姫サマやアニキ達に協力して、俺の出来ること全部やって、絶対に!」

 その答えにカノンの右手が彼の額へと伸びて、ポン、と軽く何かを押し付けた。
 彼女が手を退けた額に残るのは「承認ミュウアファーカー」の文字。

「はい、合格。今の気持ち忘れないように頑張んなさい、新米勇者」
「え。俺、まだ勇者枠なの⁈」
「アンタもか」

 黒薔薇女豹に続き、本人からすら溢れ出た台詞にカノンが目の上を平らにして言い募る。

「だって俺、勇者として召喚された時は即殺されちまって、この身体でもエルリッヒでもなかったんだけど⁈」
「その身体に転生する時、アンタの魂は地獄界を通ってないから魂にリセットがかかってないのよ。だからアンタはまだ召喚勇者なままの扱いなの」
「あのさ。チラチラ思ってたんだけど、魔法といい転生や魂の扱いといい、結構厳密にアレコレ約束事みたいのって決まってるもんなんだね」
「当たり前じゃない。機械にだってあるでしょ? 何かしらのエネルギー源ないと動かないとか、パーツの組み上げ間違うと入れるべきとこに収まらないとか、動かすヤツがヘボだと十全に機能を発揮出来ないとか。おんなじよ! 法則とか共通のルールとか全くなかったら統制が取れないし、理解の共有ができないじゃないの!」
「ああ……そう言われりゃそうか」

 視線を上へと投げながらカノンの言葉に納得したエルリッヒが、やっと2杯目の茶に口をつけた。
 カノンはそれを眺めながら部屋端で続くキャルとブルーの話しを始めとして、彼以外、未だ誰1人として解放されない現状に、そっと息をついた。

(普通は惑星勇者より召喚勇者の方が世界観差異とか認識差異なんかもあって梃子摺てこずるもんなんだけど、今回は通常と逆だったわね。フィリアもスグァラリアルも戻ってこないし、ブルーゼイはアレだし。……これは長引きそうね)

 果てさて、『ここ』では時間の概念などあってないようなものだからいくらだって使ってもらって構わないけれど、小言と承認が終わって全員揃って出られるのはいつのことになるのだろう。
 口には出さずにそんなことを考えながら、カノンは手元のカップを傾けた。





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