ただ、笑顔が見たくて。

越子

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四、辰巳と平次

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 陽射しが眩しい初夏の木漏れ日に、辰巳はマタギ仲間の平次と渓流で釣りをしていた。

 平次は、辰巳と同い年で気の知れた仲だった。

「お前、次男だっけ?」

 気が強そうな顔をした平次が、欠伸をしながら聞いてきた。魚がなかなか釣れず暇を潰したいのだろう。辰巳もぼんやりと川を眺めながら「そうだ」と答えると、

「俺もだ。家督じゃないから気楽だよな。でも、兄貴が継いだら家を出ないとな。お前、縁談の話はきているんだろ?」

「ああ。断った」

「はぁ!? お前、何考えてんだ? もったいねえ」

 平次が驚くのも無理はない。

 辰巳は男前な容姿の上、マタギの腕が良いと評判だったが、彼の驕らない姿勢に女性たちからも評判が良かった。

「俺がお前だったら、女房の一人や二人貰うのになぁ」

 平次はニヤついた顔で辰巳を横目で見ている。辰巳は彼を一瞥すると

「お前、よくもそんな戯言を」

 と言って微笑した。平次は彼の曇った笑顔に「……昔みたいにカラッと笑えよ」と、寂しそうに呟いた。

 力を持て余した魚がバチャンと、どこかで飛び跳ねた。

「人を思いっきり殴ったら、俺、変われっかな」

 辰巳の鈍い言葉は、爽やかな水の音に混ざって流れた。

 聞き取れたのか、聞き取れなかったのか、平次は黙ったままだった。

 高く昇った陽が傾き始めた頃、二人は家路についていた。

「お前は、アイツを殴れねぇよ」

 突然、平次が答えた。

「殴れたらお前、四年前にハナの前で親父さんを殴っているだろ」

 ――ハナが身売りされた日、ハナと彼女の父親の後ろ姿を、辰巳は黙って見送ることしか出来なかった。

「お前、見ていたのか?」

 辰巳が平次の方へ勢いよく顔を向けると、

「ずっと見ていたよ。お前がハナしか見ていなったんだよ」

 何年、友人やってんだよ、と平次は呆れたように目を眇めた。

「変わりてぇなら人を殴るよりも、未練を捨てろ」

 じゃあな、と言って平次の影は小さくなっていった。

 辰巳は空っぽの魚籠を抱え、案山子のように立ったままだった。
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