無色の男と、半端モノ

越子

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二、鬼と人

救出

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 ハクたちが鬼を退治している間の、洞窟内でのこと。

 ルリ姫の意識が戻った時には辺りは静まり返っていた。

(私は気を失っていたの?)

 ルリ姫が最後に覚えているのは鬼の咆号叫び声と賊の悲鳴叫び声。硬くなった身体が痛くて、彼女は上半身を動かすと、ガタっと何かが外れる音がした。

(これは板? 天井が広くなったわ)

 どうやらルリ姫は、洞窟の一番隅にある木箱の中にひっそりと隠されていたみたいだ。警戒しながら顔を出すと、最初に見えたのは暗闇の中で人の形を成さない塊だった。彼女は思わず両手で口を押さえるが恐怖で声が出ない。

(早く、早く逃げなきゃ。逃げなきゃ……)

 ルリ姫の頭の中ではこの場から逃げ出しているが、身体が固まってしまい、この場から動くことが出来ない。

 一人でブルブル震えていると、獣のような唸り声が聞こえた。いつの間にかルリ姫の居る少し先に、大きな熊がヨダレまみれで彼女を見ている。

 蒼白になったルリ姫の口から、力いっぱいの絶望の声が響き渡った。


   ◇ ◇ ◇


 今、唸り声をあげている熊とルリ姫は、数メートル先で向かい合っている。今にも彼女に向かって動き出しそうな熊。そして、動けないルリ姫。

 じりじりとした時間の後、見定めたかのように熊がルリ姫に向かって飛びかかってきた。

(もうダメ!)

 ルリ姫は思いっきり目を瞑り、身を縮こませる。

「……?」

(どこも痛くない?)

 不思議に思い、ルリ姫はそっと目を開けると、そこには倒れている熊と、彼女と同じ歳くらいの青年の姿があった。その青年は長い黒髪を一つに結い上げている。

「……あなたが熊を?」

「ああ。危ないからこいつを殴って寝かせた」

 恐る恐るルリ姫が尋ねると、青年はあっけらかんと答えた。よく見ると確かに熊は白目をむいたまま呼吸をしている。

「お嬢さん、立てる?」

 青年が手を差し伸べる。

「身体が、上手く動かないわ」

 ルリ姫がそう言うと、青年は屈み込み、彼女を抱き寄せてから持ち上げ、ひょいっと立った。すると、ルリ姫と青年の顔が近くなった。

(綺麗な青緑色の瞳……)

 ルリ姫は青年に見惚れて、そして気付いてしまった――彼の額に二本のツノがあることに。

「あなた、鬼なの?」

「ああ。そうだ」

 またしても鬼の青年はあっけらかんと答える。ルリ姫は驚いたが、不思議と怖くない。それどころか彼から温かさを覚えた。
 鬼の青年に抱き抱えられてルリ姫は洞窟の出口まで辿り着いた。

「ところで、お嬢さんは……」

「お嬢さんじゃない。私は姫よ。ルリ姫よ」

「ハハッ! そっか! じゃあ、これはお姫様抱っこだな!」

 外の光が眩しい。違う、彼の笑顔が眩しいのかもしれないと、ルリ姫は思った。

 ルリ姫は彼から目が離せない。だが――。

「姫様」

 ハクがルリ姫を呼ぶと、彼女はすぐさまハクの方を振り向いた。

「ハクさん!」

「おいおい、アンタ、どうして助けに入らなかった?」

「鬼の匂いはなかった。だから君だけで充分だ」

「はいはい。そうですか」と言い捨て、鬼の青年であるセツはふと辺りを見回した。

「……あれ? 二匹の鬼たちが居ない」

「ああ。それらは今、術式を使って退治屋の屋敷に転移させた」

 何故? とでも言うようなセツの表情に「特異性を持つ鬼は研究材料として使う」と、ハクが説明した。それを聞いたセツは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

 ハクはセツに抱き抱えられたルリ姫を見ると、視線を伏せて静かに深く息を吐いた。

(あの時、洞窟を破壊せずに済んで良かった……)

 ハクは視線を上げ直し「ところで君は、いつまでその姿でいるんだ?」と聞くと、セツは困ったように目を眇めた。

「おいおい。アンタ、無茶を言うな。サイコロのようにコロコロ変われないよ。明日まではこの姿だ」

 ルリ姫は彼らの不可解な会話をただただ呆然と聞いている。何よりも一番不可解なのは……。

(なぜハクさんは鬼と普通に話をしているの?)

 それもそのはず。ハクはどんな鬼でも問答無用に退治をすることで有名であり、鬼と会話をするなど皆無だった。

 気になるルリ姫だったが、ハクとセツの会話を割くことが出来なかった。

「姫様、どうぞこちらへ」

 ハクがそう言うと、ルリ姫の前に両手を差し伸べた。彼女は嬉々としてそれを受け入れ、セツからハクへと身体を渡した。今度はハクが彼女を抱き抱え「私はこれから城へ向かい、姫様を送り届けてくる」と言って踵を返した。

「待った待った! ちょっと待ってよ! 俺にかけた術解いてよ!」

 セツが慌てて引き止める。

 ハクが無言のままセツの前に戻ると、ルリ姫の上半身を支えながら腕を伸ばし、セツの額に目掛けて人差し指をトンっと触れた。

「ようやく解放されたぁ!」

 セツは万歳をして喜び、無表情のハクは再び踵を返し城へ向かった。
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