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二、鬼と人
共闘(2)
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太い木の枝に立ち、漆黒の横笛を口元に寄せ付けると、セツの身体は変化していった。それはまるで黒猫が黒豹になるかのように、若い女性が鬼の青年になった。額には二本のツノが生えている。セツは青緑色の双眸を光らせ笛を奏でた。
「鬼ども、洞窟から出て来い! そして、この場から去れ!」
しかし、実際に洞窟から出て来たのは三匹のみで、去ったのも三匹だ。後から二匹の鬼が出てきたが去る気配はない。セツは舌打ちをした。
「お前ら、人を喰ったな!」
それならば、と違う旋律を奏でようとした時、セツは突然現れたハクに手首を掴まれた。
「セツ、君は鬼なのか?」
セツは顔を伏せたまま、応えない。
「……ッつ!?」
強く掴まれたセツの手首に痛みが走った。このままでは笛を落としかねない。
「……人を喰った鬼には俺の笛は効かない。俺の言う事を聞いてくれない」
降参だ。とでも言うようにセツが口を開いた。
「なぁ、俺よりも先にあの鬼どもを退治してくれよ」
だが、まだセツの手首はしっかりとハクに掴まれたままだ。
◇ ◇ ◇
ハクはセツの手首を掴み、逡巡していた。
(君は、一体何をしている?)
『……人を喰った鬼には俺の笛は効かない。俺の言う事を聞いてくれない』
(私は、一体何をしている?)
『なぁ、俺よりも先にあの鬼どもを退治してくれよ』
(君は、何を言っている?!)
今、鬼のセツを退治出来るはずなのに――。
(私は、この匂いを消せない……)
強く掴んでいたセツの手首を離すと、ハクは再び二匹の鬼の前に姿を現した。
◇ ◇ ◇
ハクが鬼たちの前に姿を現すと同時に先程とは違う旋律が響き渡る。最初の軽快な旋律に反して、今度は荒々しく激しい。まるで嵐を呼んでいるかのようだ。
「おい、人の兄さん。この俺たちをたった一人で退治するつもりか?」
「一人ではない」
ハクは鬼たちに向かって抜刀した。が、鬼に届く前に刀の動きが止まった。
「この姿では切れないよなぁ」
撤退したはずの退治屋の姿をした二人が、刀の先でニヤついている。
「俺の能力は接触した鬼や人に化けることだ。人を喰ってみたら、俺が触れた鬼も数分間だけだが、俺と同じように化けられるようになった」
一級の退治屋が得意げに言うと、
「コイツとは別に、この俺様の能力はこれだ!」
もう一人、二級の退治屋が力みだした。彼は次第に鬼の姿に戻っていく。すると突然、空が暗く轟き出し、ハクをめがけて太く熱い光が落ちてきた――雷だ。
ハクは間一髪で避けきることが出来たが、他の退治屋だったらそうはいかなかっただろう。どうやらこの鬼は雷を操れるようだ。それも二億ボルト以上のかなり強力な雷だった。
「ハハッ。なるほど。人を喰うと、鬼の特異能力が上がるっていうことか」
どこからか声がする。
「ハク! アンタは雷を相手してくれ!」
ハクは鬼に向かって再び抜刀した。
「笛の音といい、さっきからお前は一体何なんだ!?」
一級の退治屋が声のするどこかに向かって叫ぶ。
「俺は、鬼だよ!」
笛の音が止んだ。
「来い! カズキ!」
セツが叫ぶと同時に、赤髪の鬼が木の陰から飛び出し、一級の退治屋に向かって襲い掛かった。
――全ては一瞬だった。
ハクの抜刀は紫電一閃、雷が落ちる前に鬼の胴体が真っ二つになっていた。
一級の退治屋に化けた鬼は、突然現れた赤髪の鬼によって倒された。
全て終わったと思っていた。が、セツがハッと気付く。
「カズキ、去れ!」
赤髪の鬼が振り向くと、冷たく光る刀が目の前に振り落とされる。その鬼は寸での差で身を避け、この場を去った。
「何故、鬼を逃がす?」
チンッ、と刀を鞘に納め、透き通るような青白い瞳が一本の木を見上げてセツを責める。
「カズキは俺の大事な鬼だ!」
木から飛び降り、青緑色の瞳がハクを睨む。
「それはそうと退治屋さん。次はこの鬼を退治するのか?」
暫しの沈黙。ようやくハクが口を開こうとした時、
「いやああああぁぁぁぁぁっ!」
洞窟の中から女性の絶叫が聞こえた。
「鬼ども、洞窟から出て来い! そして、この場から去れ!」
しかし、実際に洞窟から出て来たのは三匹のみで、去ったのも三匹だ。後から二匹の鬼が出てきたが去る気配はない。セツは舌打ちをした。
「お前ら、人を喰ったな!」
それならば、と違う旋律を奏でようとした時、セツは突然現れたハクに手首を掴まれた。
「セツ、君は鬼なのか?」
セツは顔を伏せたまま、応えない。
「……ッつ!?」
強く掴まれたセツの手首に痛みが走った。このままでは笛を落としかねない。
「……人を喰った鬼には俺の笛は効かない。俺の言う事を聞いてくれない」
降参だ。とでも言うようにセツが口を開いた。
「なぁ、俺よりも先にあの鬼どもを退治してくれよ」
だが、まだセツの手首はしっかりとハクに掴まれたままだ。
◇ ◇ ◇
ハクはセツの手首を掴み、逡巡していた。
(君は、一体何をしている?)
『……人を喰った鬼には俺の笛は効かない。俺の言う事を聞いてくれない』
(私は、一体何をしている?)
『なぁ、俺よりも先にあの鬼どもを退治してくれよ』
(君は、何を言っている?!)
今、鬼のセツを退治出来るはずなのに――。
(私は、この匂いを消せない……)
強く掴んでいたセツの手首を離すと、ハクは再び二匹の鬼の前に姿を現した。
◇ ◇ ◇
ハクが鬼たちの前に姿を現すと同時に先程とは違う旋律が響き渡る。最初の軽快な旋律に反して、今度は荒々しく激しい。まるで嵐を呼んでいるかのようだ。
「おい、人の兄さん。この俺たちをたった一人で退治するつもりか?」
「一人ではない」
ハクは鬼たちに向かって抜刀した。が、鬼に届く前に刀の動きが止まった。
「この姿では切れないよなぁ」
撤退したはずの退治屋の姿をした二人が、刀の先でニヤついている。
「俺の能力は接触した鬼や人に化けることだ。人を喰ってみたら、俺が触れた鬼も数分間だけだが、俺と同じように化けられるようになった」
一級の退治屋が得意げに言うと、
「コイツとは別に、この俺様の能力はこれだ!」
もう一人、二級の退治屋が力みだした。彼は次第に鬼の姿に戻っていく。すると突然、空が暗く轟き出し、ハクをめがけて太く熱い光が落ちてきた――雷だ。
ハクは間一髪で避けきることが出来たが、他の退治屋だったらそうはいかなかっただろう。どうやらこの鬼は雷を操れるようだ。それも二億ボルト以上のかなり強力な雷だった。
「ハハッ。なるほど。人を喰うと、鬼の特異能力が上がるっていうことか」
どこからか声がする。
「ハク! アンタは雷を相手してくれ!」
ハクは鬼に向かって再び抜刀した。
「笛の音といい、さっきからお前は一体何なんだ!?」
一級の退治屋が声のするどこかに向かって叫ぶ。
「俺は、鬼だよ!」
笛の音が止んだ。
「来い! カズキ!」
セツが叫ぶと同時に、赤髪の鬼が木の陰から飛び出し、一級の退治屋に向かって襲い掛かった。
――全ては一瞬だった。
ハクの抜刀は紫電一閃、雷が落ちる前に鬼の胴体が真っ二つになっていた。
一級の退治屋に化けた鬼は、突然現れた赤髪の鬼によって倒された。
全て終わったと思っていた。が、セツがハッと気付く。
「カズキ、去れ!」
赤髪の鬼が振り向くと、冷たく光る刀が目の前に振り落とされる。その鬼は寸での差で身を避け、この場を去った。
「何故、鬼を逃がす?」
チンッ、と刀を鞘に納め、透き通るような青白い瞳が一本の木を見上げてセツを責める。
「カズキは俺の大事な鬼だ!」
木から飛び降り、青緑色の瞳がハクを睨む。
「それはそうと退治屋さん。次はこの鬼を退治するのか?」
暫しの沈黙。ようやくハクが口を開こうとした時、
「いやああああぁぁぁぁぁっ!」
洞窟の中から女性の絶叫が聞こえた。
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