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眠る男

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“ だれっ!? これ──ッ ”

 壁にもたれながら、足を放り出して床に直接、座っている──。

 具合が悪くて倒れているようにしか見えないが、慌てて近付くと寝息が聞こえた。

「これって寝ているの……?」

「スー、スー‥」

「えー?どういう状況……?」

 彼の横に腰を下ろして眠っていることを確認する。

 それでも心配なミレイは、床の上で眠るその男の姿をまじまじと見詰めた。

 顔は俯いているから見えないけれど、職員の服装ではない。

 ここの生徒の中では若い方だと思う。

 でも自分よりは年上で、長い足を見る限り背も高そうだ。

“ ふわふわな金髪…… ”

 顔の代わりにミレイが観察したのは彼の髪の毛。

 はっきり言って、男の髪は手入れの手の字も知らないような状態だった。

 不潔なわけではないのだが、中途半端な場所から髪がぴょんぴょんと飛び出している。

 それでも……一本一本がまるで絹糸のような細さと柔らかさだから、もっさりという印象にはならなかった。

 角度によっては銀色にも見える、色素の薄い金髪だった。

スー、スー、スー

“ 気持ち良さそうな寝息ね…… ”

 閉館間際だが声をかけられない。

 そもそもここは立ち入り禁止なんだから、彼を見つけるこの状況からして可笑しい。


 どうしたものか。


「‥‥‥」


「──…、あれ…」


 寝息、止まった…?


「……何か、用?」


「…っ…ぅ」


 目の前の彼が、身体を動かさずに第一声を発した。


 その一声は、予想に反する低音だった。

「べつに用とかは無いんですけど…っ」

「……じゃあ、消えなよ」

「でも…」

「──…」

 彼はやっと顔を上げてくれた。

 長い前髪の隙間──茶色い瞳の目が覗く。

 きりっとした眉毛のせいだろうか。

 その目から受ける印象は鋭く、冷たいものだった。

「……」

「…ぇ…と」

 視線をバチりと合わされたのだが、男はそのまま動きもしなければ喋りもしない。

 用件があるならさっさと伝えろ
 そうでないなら、今すぐ消えろ

 そんなテレパシーを送ってくる。

 しかしミレイとしては一度話しかけてしまった以上、何も言わずにほったらかしにはできない。

“ でも用件なんて無いし ”

 とりあえず何か会話を……

「何してたんですか?」

 寝てたのよ、見ればわかるじゃない

「……」

「ここ……閲覧禁止区域ですよ?」

 ちょっ、自分だって入ってる癖に

 なに墓穴ほってるのよわたし!

「……」

「わたしは…っ…探し物があって、こっそりこの部屋に来たんですけど……!!」

「…………」

「……っ」

 まだ無言。

 お願いだから……何か喋ってほしい……!



「…あんたさ」



 あ、喋った



「──…ウザい、ね」



 かと思えば、何て失礼な人だろう。

「うざいなんて……わたしはただ、こんな所に寝転がってるから心配して……!!」

「……それがウザいと言っている」

「…む」

「頭……悪いの?」

 男はにこりとも笑わない。

 だから彼の言葉は冗談ではなくて本気で言っているのだと伝わってくる。

 しかしこうも一方的に暴言を吐かれたら、さすがのミレイもムカついてしまう。

「ウザいも何も、ここは図書館……しかも立ち入り禁止の場所でしょう!見るからに怪しい人を見たらほうっておけません」

「俺は、寝ているだけだ」

「……うそ。どうしてわざわざこの部屋で」

「誰も来ないからな」

 くって掛かる彼女を相手にせず、大きくあくびをすると再び目を閉じる──。

「待って!…ちょっ、寝ないで下さい」

「……っ…ン、なんで?」

 それを遮ったミレイを、男は気だるげに見上げた。

「なんでって、それは…──」

 もうすぐ図書館は閉まるし電気だって消える。

 それに鍵を閉められたら朝まで出られなくなることを説明しても、彼にはてんで響かなかった。

「……何が困るの」

「だって外に出られなくなるんですよ!? 」

「出る必要は……とくに無い」

 そう言って、構うことなく寝ようとする。

“ 駄目だこの人、話が通じない! ”

 そもそも彼は生徒なのだろうか。それなら寮に戻ればいいのに……。

 本当にここで一晩すごす気なのかな?

 布団もないし、あんな壁に寄りかかった姿勢で、自分だったら身体が痛くなりそう。

“ 何を言っても無駄、かなぁ。この人のことはそっとしておいて、早く資料を探した方が良さそう ”

「─…ふぅ」

 ミレイは諦めて腰をあげた。

「……もういいです。わたしだって、あなたの相手をしている暇なんてないもの」

 聞いているのかわからないが、一言、捨て台詞を残しておく。

 ミレイは棚にざっと目を通し、目的の資料が収まっていそうな場所を探した。

 ここじゃないのかな

 あっち側に──


「──…?」


 ふと、その時

 誰かがこちらに走ってくる音が聞こえた。


 それは部屋の外から…。

 廊下を駆ける数人の足音。

 そして足音の主達は、すぐにミレイがいる部屋に入ってきた。

「ここは閲覧禁止だぞ!」

「侵入者がいるのはわかっているんだ」

「何処に隠れている!? 早く出てきなさい!」

 ……まさか

「…っ…どうしよう…!!」

 ミレイはしまったと凍り付いた。

 侵入者を捕まえるために、LGAの教官達が駆け込んできたのだ。

 出入り口には見張りがつき

 中の人間が逃げられないようにされている。

 ミレイがいるのは一番奥だが……見付かるのは時間の問題だ。

 ガードが甘いだなんてそんな筈がなかった。LGAのセキュリティを軽んじた、これは彼女のミスだった。

「…ッ…うるさ…」

 急に騒がしくなったこの状況で、横たわる彼も目を開ける。

「まさか あんた……わざわざセキュリティシステムを作動させて入ってきたのか……?」

「シ……システムを作動…‥!?」

 呆れ顔でそう問われても、どの時点で自分がシステムに引っ掛かったかなんて彼女はわからない。

「──…ハァ、面倒臭い……」

「いたぞ!」

「二人だな」

 男が溜め息をついたのと、教官達が本棚の間にいる二人を見付けたのはほぼ同時──。

 そして二人は部屋から連れ出された。




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