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紅茶の時間
しおりを挟むそしてその日──
キームンという紅茶と生チョコレートをお供に、二人はしばらくの会話を楽しんだ。
「それで同じクラスの男の子達が…」
「へぇ…、それで?」
会話というより、スミヤが彼女の話に相づちを打っているといった方が正しいだろう。
彼は聞き上手だ。
ミレイが中学、高校の時の話……
LGA受験日の話……
読書が趣味だという彼女の、お気に入りの本の話……
そして自分が児童施設で育ったということも。
ガードマンだった母が依頼者を守り任務中に死んでしまったことも、全部、話していた。
「任務中に?」
「……はい。依頼者を狙った銃弾が母に当たって……それで……」
それは14年前の出来事だった。
死んだ母はまだ30歳。
当時、フリーのガードマンだった彼女は、殺害予告を受けたとある著名人に依頼を受け警護していた。
「それは辛かったろうね」
「……すっごく、泣きましたよ。いっぱい泣いて……泣いて。でももう乗り越えました」
しんみりとした空気になってしまった。
同情するスミヤに、ミレイは笑顔を見せる。
「ごめんなさい、こんな話まで。わたし母のことはめったに人に話さないんですけど。スミヤさんなら聞いてくれるかなって」
「うん、僕のことは気にしなくていい。悲しい過去を打ち明けたくもなるさ」
気を使う彼女だが、スミヤは変わらずの態度で接してくれる。
この包容力だろうか……
つい、たくさん喋ってしまう原因は。
「実は僕の母親もずっと前に死んでいるんだ。君のお母様とは違って病気でだけれど、ね」
「え……!? スミヤさん達のお母さんが?」
「──…そう。だから僕なら、君の悲しさも少しくらい分かち合えると思うよ?」
……そうか、だからこの家には自分以外に女はいないと言われたのだ。
本来なら家にいる筈の母親が、彼等にはもういないのならば。
「…でも、不思議だな。聞いてもいいかい?」
「何でもどうぞ」
「君はそんなふうにお母様を亡くして、ボディーガードがいかに危険な仕事かを知っただろう?なのに、こうしてここでガードマンを目指している」
スミヤの疑問はもっともだ。
任務中に命を落とした母……
その娘が、国内最難関のガードマン養成校に来たのだから。
普通は避けるものだろう?
「はい、でもわたしは母みたいな立派なガードマンになりたいんです。もちろん怖いけど」
「……怖くても?」
「それでも……憧れなんです」
昔の事は、はっきりと覚えていない。
そんな記憶の中でさえ……母の姿は鮮明に、そしてくっきりと彩られている。
あんな大人に、あんな女性になりたい。
大好きだった母の志を受け継ぎたい。
「──…それに、ここに来た理由はもうひとつあります」
「ん?」
「恩人に会って、お礼を言いたいんです」
「恩人……か」
ミレイはさらに話を続けた。
3年前の、あの出来事──。
知らない男達に連れ去られそうになった自分と、そこに現れた青年の話を。
彼に助けてもらったことや
彼が残したジャケットにLGAの銀バッジが付いていたこと。
それをスミヤに伝えると、彼は興味深そうに聞いてくれた。
「子供の誘拐はよくある事だが、LGAの生徒が学園の外に出て、依頼者以外の人間を護衛するなんて聞いたことないね」
「偶然通りかかったにしては、都合が良すぎると思って」
「……そうだろう。顔は見ていないのかい?」
「はい……逆光で……。周りを囲まれていたし」
そうだ、あの時。
青年の顔を見ようと前に出たところで、彼女は背後からスタンガンで気絶させられた。
青年と言葉を交わすどころか顔も知らない。
ほんの1分……いや数十秒
それだけの出会いだ。
それでも忘れられない。
恋に落ちたとか、そういうのじゃないんだ。
ただもう一度会いたいだけ。
「会いたい…ねぇ」
「無理でしょうか…?」
健気で可愛らしい理由だと、スミヤは思った。
「銀バッジの所持者ならだいぶしぼられる。見つけ出すのは不可能じゃないよ。ただ……──すでにここを卒業している可能性は考えなかったの?」
3年前なら、その可能性が濃厚だ。
「でも、手がかりくらいなら掴めるかも」
「なるほどね」
しかしミレイの決心は揺らがない。
これにはスミヤも感心して、放っておくわけにもいかなくなった。
「卒業生の情報は外に漏れないよう管理されているからね。リストくらいなら……あるいは……中央図書館へ行けば調べられるかもしれないよ」
「図書館ですね……明日行ってみます!」
「ハハッ、気が早いね」
少しずつでも自分の目的に近づいている──それが彼女は嬉しいのだろう。
「でも」
「……?」
「──…でもあまり、……僕の前でその男の話はしてほしくないかも」
「スミヤさん?」
「嫉妬しちゃうから」
ドキッ...
テーブルから立ち上がった彼と目が合う──
そして、さりげなくウインクを飛ばされた。
“ 怒らせた…? ”
……違う、そうじゃない。
“ 嫉妬しちゃうから、って……え?どういう意味なの? ”
彼の意図はわからないが、変に胸が熱くなる。
「……じゃあそろそろ、お互い部屋に戻ろうか」
「…っ…は、はい」
深い意味はないのかな?
彼はいたって自然なふるまいを崩さないので、ミレイはひとりで動揺していた。
「あ!カップはわたしが洗います」
「んーん、付き合ってくれただけで嬉しかったよ。君は先に戻っていいから」
「でも…っ」
「おやすみ」
また、必殺のウインク。
これ以上 一緒にいると心臓がもちそうになかったので、ミレイは先にダイニングから出て行った。
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