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雨の鎮魂歌
雨の鎮魂歌_2
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─ザッ
その後森を抜け出た二人の前に円形状の断崖絶壁が現れたのは、ちょうど夜の涼しさが顔を覗かせた頃合いだった。
見下ろした其処では、数多の狼達が各々の寝床から抜け出してうごめいていた。
「──?」
「様子が、変ね……?」
下で異変が起きた事はセレナの目にもわかる。
焦げ茶、灰、白、黒…
色を問わない様々な狼が歩き回り、一様に何かを探しているようであった。
時おり小さく鳴いている…。
セレナの位置からは豆粒のような大きさの彼等だが、そんな狼達から張られた弦のような緊迫感が伝わるのも確かだ。
「何かあったのかしら……」
「此処からでは知りえん」
いったい何が起こっているのか、降りなければわからない。
「目を閉じろ」
「えっ…」
「それから、歯を食い縛れ」
彼の身体がフワリと傾く。
「──舌を噛み切らぬようにな」
「わか…っ…!!」
その声を合図に、セレナは彼の首に腕を回した。
ローは彼女を庇いマントで包み、崖の凹凸を経由しながら
「…ッ──…!! 」
最後に、祭壇の頂上へ降り立った。
「……ハァ……ハァ」
恐る恐る目を開けたセレナは唇を震わせながら息を吐く。
ローが彼女を抱えたまま祭壇を降りると、下段にたどり着いた彼の周囲に狼が集まりだした。
グルルッ、グル・・・・
「……」
「何?何か言っているの?」
ローは狼達の唸り声に耳を傾ける。
やはりセレナには信じ難いが、彼は獣の声を聞き取り、意思の疎通ができるのだ。
そして狼達がローに告げる。
「ロー……?」
「──子供が消えた」
彼等はそう言っていた。
「……」
ローは眉を潜めた。
「こ、子供って…っ、狼……の?」
ローの言葉を受けて問いかけたセレナを、彼は腕から下ろして立たせる。
無対流の空気の重さ──。
彼の横顔は喜怒哀楽を殺していた。
「母親が寝ている隙に巣から抜け出したか…」
「それで……皆で、探しているの……?」
「我等は子供を群れ全体で育てる。狩りに向かう親と、巣に残る親とに分かれてな…。
居なくなれば群れで捜すのも当然の───…ッッ」
「──?」
ここで唐突に、彼の言葉が途切れた。
ほぼ同時に狼達の動きも止まった。
その異様な光景は、ただならぬ状況であることをセレナに突き付ける。
“ どうした…の… ”
彼女は止まったローの腕を掴んで、声には出さず目だけで問いかけた。
しかし彼はスッとその視線をかわし、聖地の出口である洞窟を見つめる──。
「……音がした」
「音って……?」
「お前達が好んで使う、火を吹く武器だ」
彼の尖った耳が動いていた。
周囲の草木の全てが此の瞬刻だけざわめき、闇を裂いた爆発音に動揺している。
「火を吹く武器、それ…っ、まさか銃のこと……!?」
意味を理解したセレナは青ざめた。
対するローは変わらずの無の表情でただ……音のした方向を見据えていた。
そして彼女の問いに答えることなくその方向へと足を向けた。
ローの身体が離れていく。
「──あっ…待って、行かないで!」
「……」
セレナは、彼の腕を持つ手に力をこめた。
この状況での銃声が意味するもの……。彼女にもわかっている。
その場にローが行けば何が起こるのかという事も。
「…だ…だって…ッ、行ったらあなたは…!!」
「──私が何をすると言うのだ」
「誤魔化さないでっ…」
声を張り上げたセレナ。
不意に冷たい、湿った風が吹き込み、辺りの草と一緒にローの銀髪を巻き上げた。
「行っては駄目……!!」
セレナは彼を止めねばならない。切迫した彼女のこの衝動は、もしかしたら、自分が人間である故の義務かもしれない。
……だが
「……離すがいい」
どうしても、どうしても……
ローの顔を見てしまえば、その衝動すら灰になる。
すがり付く彼女の手は、呆気なく振り払われた。
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